ep007
「ブログの内容はすごく気になるけど
とりあえず自己紹介、最後までいきません?」
そう言って場の空気を変えたのは霧矢である。
何か見てはいけないものを見てしまったような、
触れてはいけないものに触れてしまったような。
おしとやかで流麗な見た目からは想像もできない
たま子のブログ。
瑠衣が感じたように、このシェアハウスに集いし者たちは
誰一人まともな人間がいないらしい。
そもそも全員が人外の者である時点で
まともではないのだが。
そんな中、自己紹介最後に残された人物こそ
唯一の人間。
唯一の希望の光なのかもしれない。
霧矢に促され、全員が影山に注目する。
「ほう。そのブログを掘り下げずに
先に進めるとは…なかなかどうして
器が大きい!」
「そ、そうですかね」
いちいち20代前半の言いぐさとは思えないが
すでに影山の雰囲気に誰もが慣れつつあった。
「まぁ良しとしよう。えー、影山狩宇、23歳。
趣味は料理・洗濯・家事全般」
ダンディボイスで彩られる趣味の3連コンボに
女子陣が色めき立つ。
「めっちゃ家庭的な人じゃないですか!」
「男の人の料理って超ポイント高いよね!」
「わかるー」
魔理と瑠衣がキャッキャと盛り上がる横で
さらっと同意したのは霧矢であった。
彼にとって家庭的な男子というのは
まさに理想。
刺激は少ないかもしれないが
心の平穏を与えてくれるパートナーがいてくれたら…
そんな夢想にふけってしまう。
続けて瑠衣が質問を投げかける。
「もしかして仕事はシェフとか?」
「私立探偵だ」
「キャラ掴みづらいなぁ~」
身を乗り出した瑠衣がツッコミながら
天を仰いで萎えていく。
その逆にテンションを上げたのは清だ。
「探偵ってすごくない?殺人事件とか
解決しちゃうアレ!?」
探偵といえば殺人事件。
一気に非日常の世界へざわめくところだが…
「いやいや。せいぜい軽い浮気調査とか
猫ちゃんの捜索とか、あるいは
美味しいレシピの提案から
バジルの使い方まで…」
「やっぱシェフじゃん!」
後半はどう考えてもシェフのそれである。
だが頑なにシェフではないらしい。
「あの…」
おずおずと手を上げて会話に紛れ込むのは
幽霊、井戸柳たま子。
「浮気って…クロの場合とシロの場合と
どっちが多いんでしょうか?」
クロであれば浮気確定。
シロであれば依頼人の思い過ごし。
実際のところどちらが多いのか。
それは探偵に対してありきたりな質問だった。
気になると言えば気になる程度の質問。
だが、たま子の瞳は人知れず
緊張の色を宿していた。
彼女にとってその質問が
とても意味のあるものであることを
物語るような、そんな色。
「まぁクロだね。圧倒的に」
「そうなんですね…」
明らかな落胆。
それを悟られまいとするたま子の微笑。
それはかつて浮気をされたことのある者にしか
出せない乾いた笑みだった。
うつむき、重ための髪が
たま子の表情を隠してしまう。
空気が重たくなりそうなところで
空気を読まないポンコツサキュバスが
ニヤリと顔を歪ませる。
「浮気調査かぁ。じゃあエロい現場とか
たくさん見てるってことじゃないですか。
とんだスケベダルマですね」
「スケベダルマ…!
いや別に私がスケベなことないだろう」
改めて言うが、魔理と影山は初対面である。
初対面だろうが年上だろうが
おかまいなし。
瑠衣のギャル的な距離の詰め方や
清のような人懐っこさとも種類が違う。
ひとことで言えば「失礼」。
美少女ルックから飛び出す
天然な礼を失ったその言動は
どこか憎めない魔理の魅力となっていく。
話を聞きながら、かつ半分聞き流しながら
霧矢は影山の持ってきた荷物に目を移した。
「そういえば結構な大荷物でしたよね。
探偵道具とか見てみたいですね」
確かに大抵の人はLLサイズのスーツケースひとつと
手荷物程度の荷物量。
ところが影山は複数の物々しい鞄を持ち込んでいた。
職業が私立探偵ならばそれら鞄の中身が
探偵道具である可能性は高い。
「いいだろう。特別だぞ」
そう言って立ち上がり、大きな鞄をいくつか
キッチンカウンターへと運ぶ影山。
他の5人もワクワクしながら
カウンターを挟んで影山の前に並ぶ。
「では、いいかな?」
全員が頷くと、影山はひとつひとつ
丁寧にカウンターに物を置いていく。
「まずはフォーク。そしてスプーン。
さらには…フライパンだ」
「シェフ!」
瑠衣の簡潔なツッコミが表す通り
探偵道具らしさは微塵もない、
銀色のカトラリーと調理道具。
焦げ目のつきにくい材質の
フライパンは完全にシェフ仕様である。
「もう~、わざとやってるんですか影山さん」
「はは。楽しい人ですね」
たま子と霧矢が笑って空気が和む。
「おっと」
続けて何かを鞄から取り出そうと屈む影山だが
ゴトッと何かを床に落としてしまう。
重たそうな金属音に反応する清。
落とした物の予想は簡単だった。
「はいはい。次はどうせ中華鍋でしょ~?」
同じ物を想像していた住人たちも
私立探偵という名のシェフが
中華鍋を手に立ち上がる姿を笑顔で待っていた。
すると。
「しまったな。これを見せるつもりは
なかったんだが」
そう言って影山が手にしていたものは
丸いフォルムの中華鍋などではなく。
禍々しい形状をした剣だった。
「っ!?」
驚き、一斉に身を引く5人の住人。
無理もない。
尖った意匠の柄、使い込まれた握り、
ガードの用途を超えた殺傷能力のあるつば、
鈍く光を反射する剣身。
掠れた黒曜石のような素材感が
暗黒を感じさせる。
どう見ても普通ではない。
どう考えても異様である。
剣というよりそれは、邪悪そのものだ。
一気に緊張感が張り詰めるシェアハウス。
とりわけ霧矢と魔理は恐怖すら感じている。
「それって…」
「なん…ですか…?」
絞りだすような声で影山に問う。
「…隠し事は無しだと言ったのは私だからね。
正直に話そう」
住人に背を向けたまま、
ゆっくりと彼は語りだす。
「信じないかもしれないが、この世界には
存在してはいけない者たちがいるんだ。
妖怪、モンスター、悪霊…」
信じる信じないも何も、
今ここにいる5人の住人がそうなのだ。
妖怪でありモンスターであり悪霊なのだ。
何も反応せず、バツが悪い表情を
必死に抑えることしかできない。
さらに影山が続ける。
「そんな闇の住人を始末する裏世界の暗殺者を
ダークハンターという」
ダークハンター。
その響きに影山以外の住人、つまり
始末されるべき闇の住人たちが
ビクッと身体を硬直させる。
しまった!反応してしまったか?
誰もがそう感じたが、誰もが反応していたので
お互いに気づくことはなかった。
まさか人外であるという正体を隠しているのが
自分だけでなく影山以外の全員だなんて
思いもよらない。
もちろん人外の者という立場上、
影山が何者であれ正体を隠すという
行為自体に変わりはない。
万が一バレてしまっても
どうにかして窮地は脱すれば良いのだ。
何ならそういう経験は今までもしてきていた。
だが。
今回ばかりはそうはいかない。
バレたらそれは「死」に繋がる。
相手は天敵・ダークハンターだったのだ。
ずっと背を向けていた影山が
すっと振り返る。
仏のようで、優しいようで。
良き家庭人と思われていた彼の糸目が
ゆっくりと開かれる。
「私立探偵というのは表向きの仕事でね。
ダークハンターこそが、私の本当の仕事なんだ」
初めて見る彼の瞳は
漆黒の中に深紅の炎が揺らいでいた。
読んで頂き、ありがとうございます!
ようやく全員の自己紹介が終わりました…
と同時に危険な共同生活の始まりの予感!
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