ep006
しばらくの間たま子がカメラ女子か否かで時間が溶けた後。
瑠衣がたまりかねて口を挟む。
「はいはい、次ね次!次あたし!
えっと大噛美瑠衣、歳は21!
てか敬語とかナシでいいよね?」
ギャルならではの距離の詰め方のひとつに
敬語を使わない、というものがある。
場合によっては目上の人に対しても
失礼な物言いでため口をきくパターンもあるが
瑠衣に関してはその辺りの程度はわきまえている。
現に読者モデルとして雑誌編集者やカメラマンと
仕事の現場で話す時には敬語を使っていた。
中にはため口キャラが発展して悪口キャラに、
そして分別がつかなくなり大炎上してしまう…
そんなタレントもごくまれに存在するという。
そういう意味では瑠衣はむしろ
わきまえているキャラだと言えた。
ただ今回のようにシェアハウスで暮らしていく仲間としては
多少の年齢差を超えていい関係性を持ちたい、
それもなるべく早く…!
という、瑠衣なりのお近づきのしるしというわけだ。
「あ、俺もそれ賛成」
「賛成でーす」
「うん」
「承知しました」
「私も構わないぞ」
賛成しておきつつ頑なに敬語を使っているのは
魔理とたま子。
このふたりに関しては性格上、敬語がデフォルトである。
「おっけ。じゃ敬語ナシでいくね」
「仕事は何をしているんだい?それとも学生さんかな?」
「いや、読モやってるから一応、社会人?」
ほほう、と頷く影山。
年齢としては瑠衣と2つしか違わないのだが
明らかに20年以上先輩の上司という雰囲気である。
すると読モという響きに清が人一倍反応する。
「読モなんだ?すっげー!芸能人じゃん」
「いやいや全然。どっちかっていうと素人寄りだし」
「そうなんだ!じゃ付き合おうよ!」
「いや早いのよ。じゃ付き合おうの『じゃ』が
何も繋がってないのよ」
苦笑しながら様子を見ている霧矢だが
確かにこのシェアハウスに男女が集まったからには
恋愛展開待ったなしだな…と気を引き締めていた。
と、ここで魔理があることに気づく。
「そっか、モデルさんなら霧矢さんに
撮ってもらえるんじゃないですか?」
「そうじゃん!意外とウチら近しい仕事だったね」
「うん。一緒の現場になったら楽しいかもね」
趣味嗜好の相性で恋愛関係に発展しやすいのは定番だが
なるほど仕事の流れで男女が近づくこともままあるな、と
霧矢は考えを巡らす。
だがそうなってしまうと彼にとってはいささか厄介。
女子の血を吸う必要はあるものの、恋愛関係になるなんて
まっぴらごめんのヴァンパイアなのだ。
「おいおい~、もうカップル誕生かよぉ」
清が残念がるのを見て「ばか、ちげぇよ」と
思わずキャラにないセリフを声に出すところだった霧矢は
何とかぶんぶんと首を横に振るのに留めた。
「別にカメラマンと読モで仕事が近いだけだし」
笑いながらポンポンと清の肩を叩く瑠衣。
その行為を見逃さなかった魔理は、すばやく
恋愛マニュアル本のモップレを盗み見し
『ボディタッチはモテ女子におけるボクシングの左ジャブ』
という項目をチェックしていた。
ボクシングで言えば左ジャブを制する者は
世界を制す、とも言われている。
(瑠衣さん…なかなかの恋愛強者ですな)
ポンコツサキュバスの不敵な笑みは誰にも知られることなく、
清が霧矢に対抗するように前に出る。
「俺だって読モと近しい仕事してるからね」
「へぇ、何してるの?」
「一応、プロのヒモやってます」
先ほどの「一応、プロのカメラマンやってます」という
霧矢の言い方を真似る清。
だが瑠衣が即座にツッコミを入れる。
「いやゲロ遠いわ!てかプロのヒモって何?
ヒモにプロとかあんの?」
「女子に養ってもらうプロ。つまりプロのヒモ!」
回答になっているのか、なっていないのか分からない言い回しで
清はすくっとソファから立ち上がる。
「桜来清、21歳。まだ誰のものでもありませんっ」
「なにそのキャッチフレーズ」
呆れる瑠衣とは裏腹に、目の奥を光らせたのは霧矢だ。
「まだ誰のものでもない…?」
ぼそっと呟き、その若干レトロなキャッチフレーズが放つ
甘美な香りに酔いしれた。
「それにしても、自らヒモであることを宣言するとは驚きだな」
「ヒモかぁ~、ちょいキツイなぁ~」
影山と瑠衣が清に対して意見を交わしていると
「最初はみんなそう言うんだよ。でもね、
俺脱いだらスゴイんだからね。心も身体も」
「なん…だと…!」
清の言葉にひとりハッとしてしまう霧矢。
もうドキドキが止まらない。
「まぁカワイイ顔してるし、好きな女子はいるかもだけどぉ」
「うん、すぐに虜になるよ!」
「それはアツいな…胸板的な意味で」
ポジティブな清の笑顔と言葉に
興奮を隠しきれず呟き続ける霧矢。
「さっきから何ぶつぶつ言ってるんですか?自己紹介ですか?」
「え?…あ、いや…」
心で思ったこともつい口に出してしまう霧矢に
魔理がまっすぐ疑問をぶつけた。
「自己紹介なら、よそでやってくださいね?」
「あ、うん。……ん?」
魔理は魔理ですっとんきょうなことを伝えている。
なぜなら今は自己紹介タイムだからだ。
それなのにまるでカレー屋に来てカレーを注文した客に
「そんなもの注文するならよそに行っとくれ」と言う
店主のような口ぶりだから意味不明。
「はいはい、じゃあ次!……あれ?」
瑠衣が仕切って順番を回そうとする。
だがそこで違和感に気づく。
「あれ…誰かいなくなってます?」
「確かに、もうひとりいたような…」
魔理と影山がひとり少なくなったソファの上を見回す。
すると…
「こちらです」
と、なぜかキッチンの奥にぼんやりと立っている
たま子が声をかける。
「うわぁ!?」
「い、いつの間にそんなとこ行ったの?」
「つい先ほど…端っこの方が落ち着くなぁと思って…」
「協調性の件は?」
ひとしきりの疑問や疑念を一身に受けたたま子は
再びソファスペースに戻って来る。
その所作は流れるようで美しい。
だが、その行動原理は何一つ理解できない。
人が喋っている間に距離を取って
端っこからぼんやり見ていたのだ。
まさに幽霊。
いや幽霊でも失礼な部類に入るかもしれない。
そんな周囲の目も気にせず、たま子は自己紹介を始める。
「改めまして、井戸柳たま子、22歳。
Web制作とかブログとかやってます。
あとはいわゆる、カメラ女子です」
「やっぱそうなんだ」
霧矢が棒読みで応える。
「さっきのくだりは何だったん…」
「あ、私ブログ見たいです」
呆れる瑠衣と意に介せず目を輝かせる魔理。
すでにこの構図もお馴染みのものとなっていた。
「ブログですか?えー、んー…
ちょっと恥ずかしいな…」
「やだー、見たいですー」
「んー…じゃあ、ちょっとだけ」
食い下がる魔理を可愛く感じて
根負けしてしまうたま子。
スマホを取り出し、ブラウザを立ち上げる。
「えっとね。こういうブログ」
そこには真っ黒な背景におどろおどろしい赤文字で
『呪いのあるある大浴場』というタイトルが。
「いや何があった!?」
「ものすごい闇を感じるね…」
まさかのデザインに驚愕する一同。
それもそのはず。
タイトルもさることながら、真っ黒な背景の中心には
血で赤く染まった古い扉が開いており
間違いなくホラー要素しかない。
だがその枠外を見てみると…
『かわいい雑貨・カフェ巡りブログ』
『おいでませ たま子の湯』
と書かれているのだ。
このギャップ。
何を伝えたいのか分からない。
世界観が意味不明。
このトップページを見て
誰がかわいい雑貨を想像するだろう。
誰が素敵なカフェ巡りを堪能できるだろう。
そもそも「湯」の要素がひとつもない。
ギギギ…と今にも血塗られた扉の開く音が
脳内に響いてきそうなデザイン。
その向こうにある漆黒の闇に吸い込まれたら最後。
もう生きて出てこれる保証はない。
そんな雰囲気を醸し出しているのだ。
「ちょっと整理が追い付かないな。
呪いとあるあると、この大浴場っていうのが…」
影山がおそるおそる質問を投げかける。
「私、お風呂が好きで」
にっこりと微笑むたま子に
「そ、そうか…」
と無理やり納得するしかない影山だった。
いそいそとスマホをしまうたま子を見ながら
瑠衣はひとつのことに気づいてしまう。
(今のところ、まとな奴ひとりもいないね!!)
読んで頂き、ありがとうございます!
異様な住人の様子がだんだん明らかに…
残すは唯一の人間、影山のみ!
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