ep005
シックでオシャレなインテリア。
窓から望む夜景はまさに光の海。
いよいよ集まった男女6人は
L字型のソファやスツールに腰かけ
改めて自己紹介をすることになった。
先陣を切るのはサキュバスの彼女。
「えっと…じゃあ自己紹介始めますね。
夢仲魔理、です」
にっこりと名を名乗る。
そして、少しの間があり…
「はい」
と言って次の人に自己紹介を促す魔理。
「え、終わり?」
「はい」
思わず瑠衣が魔理に確認をする。
「いやもっとあるじゃん?自己紹介なんだから…
歳とか趣味とか?」
「そうそう。あとほら、趣味とか?」
「いや今言ったし」
清の天然発言にツッコミの速度も上がる瑠衣だが
ここでまさかの人物が口を開く。
「井戸柳たま子、22歳。仕事は…」
「え、え、次いっちゃう?」
たま子が勝手に自己紹介を始めてしまった。
そして影山がダンディボイスを被せてくる。
「はっはっは。私のひとつ下か。じゃあ
やっぱり私が一番の年上かな?」
「ちょちょ、ストップ、ストーップ!」
慌てて止める瑠衣。
いきなり収集がつかなくなる状況に
驚きと苛立ちが混ざり合う。
「いや自由か!自己紹介始まんないよ、こんなんじゃ!」
それまで静観していた霧矢が瑠衣に同調する。
「そうだね、これから共同生活をしていくにあたって
もう少し協調性を持った方がいいかもね」
いきなり喧嘩にならないように優しい口調で微笑む霧矢に
「ん、確かに」
と清も腕を組んで納得する。
魔理は申し訳なさそうに手をスリスリと合わせている。
「うぅ…すみません。私がトップバッターらしからぬ自己紹介を
しちゃったばっかりに…。
決してお腹がすいたからササッと済ませちゃえ、
えーい済ませちゃえ済ませちゃえ!って思ったからじゃ
ありませんから」
「こんな本心ダダ漏れることある?」
普通なら魔理のセリフはジョークと捉えられるところだが
そのまっすぐな瞳に瑠衣は
「こいつマジだ…マジで言ってる」
と本心であったことを見抜いた。
そう、魔理は本気でお腹がすいていたのだ。
すると肩を落として涙を浮かべてしまうのがたま子である。
「それを言うなら私が先走ったことが全ての始まり…
裁くならこの愚かな女をお諫めください」
と言うなり座ったままガバッと腰を曲げる。
重ための髪がバサッと垂れ下がり
彼女のうなじが露わになる。
まるで刀で首を落としてくれと言わんばかりの行為。
「いや重いよ!?武士なの!?」
初対面の人に諫めてほしいと願う女子の恐ろしさに
そこそこ引いてしまう瑠衣だったが
再びダンディボイスがリビングに響き渡る。
「はっはっは、凄いな君は!
全部拾ってツッコミを入れるんだね」
「はぁ?」
スツールから立ち上がり全員に背を向けながら
距離を取る影山。
「いいだろう。そっちがその気なら私も…」
振り向きざまに瑠衣を指さし、決め台詞。
「ボケ続けようじゃないか!」
「いや協調性は!?」
まともな大人だと思っていた影山すらどうかしている。
気づけばソファから立ち上がり大声を出していることに
瑠衣は若干の気恥ずかしさを感じてしまった。
するとゆっくりソファから立ち上がるのは、霧矢である。
「ほらほら、みんな一旦落ち着いて?
協調性持っていこうよ、もう」
やれやれという表情でおもむろに入り口のドアへと向かう。
その挙動を理解できず、キョトンとしながら声をかける魔理。
「え…どこ行くんですか?」
まさか嫌気がさして出て行ってしまうのか。
…無理もない。
ただ自己紹介をしよう。
そう言って始めたものの、ここまで場が荒れるとは。
血色も悪く、どこか病弱そうな雰囲気のある彼には
少々この大声でやり合う空間はキツかったのかもしれない。
まずいことしちゃったかな…
そう自分の言動に後悔しつつも
振り返って何かを言おうとする霧矢の言葉に注力する瑠衣。
「あ、お腹すいたからコンビニでも行こうかと思って」
全く悪びれることもなく彼は微笑んだ。
そうか。
そうだったんだ。
ここにまともな奴はひとりもいない。
なんせ自分で言った言葉の真逆の行動を取っているのだ。
瑠衣は天を仰ぎながらドサッとソファに座り込む。
「協調性とは」
* * *
ソファの前には濃い茶色のローテーブルが置かれている。
天板にガラスが敷かれており、高級感がある。
そこに各々の飲み物が並べられており
自己紹介の前に、まさかの小休止が挟み込まれた。
何も始まっていないのに、だ。
言うなれば舞台を観劇しに行った際、役者の顔が一切出ず
幕が上がる前に「これより10分間の休憩です」と
アナウンスが入るかのような異様な状況。
世の共同生活史上、初めての展開だろう。
だがようやく落ち着きを取り戻した彼らは
再び自己紹介を始めるに至った。
「改めまして、夢仲魔理、20歳です。
普段は牛丼屋でバイトしてるんですけど
どちらかと言えばMかなって感じです」
「急に性癖ぶち込んできたん」
始まったはいいが、自己紹介史上これも初めてだろう。
性癖から紹介するというのは。
魔理は何もおかしなところはない、という表情で
「いやぁ、男子ってSの人の方が多いのかなって」
と瑠衣に説明する。
だがここで清が異論を唱えた。
「そんなことねーよ?だって俺はドMだからねっ」
得意げに自分の胸をトントンと拳で叩く姿に
顔を紅潮させながら咳き込む霧矢。
「ぼっ!ごほごほっ!ちょ…おま…
マジ…勘弁してよ…」
「…?」
「ウホォ…」
謎の咳き込みから思わず「ウホ」が飛び出た霧矢。
男子大好きヴァンパイアである彼は
清からの爆弾発言に動揺を隠せない。
だがひとりだけ盛り上がる姿に5人の男女の視線が刺さる。
その視線に耐えかねて慌てて取り繕う霧矢。
「あ…ほらほら、そんな有益情報はとりあえず置いておいて。
一旦、自己紹介まわすよ?」
「そだね」
どこの何が有益情報だったのか理解が追い付かない5人だったが
自己紹介の流れを進めたい気持ちが勝り
誰も霧矢にツッコミを入れなかった。
「えー、久結霧矢、22歳です。
一応プロのカメラマンやってます」
「まぁすごい、そうなんですね」
たま子の顔がパッと明るくなる。
「実は私もカメラ大好きなんです」
霧矢にとっては仕事だが、共通の趣味ともいえる話題に
嬉しくなってしまう。
「あ、カメラ女子ってやつですか」
「いえ、井戸柳たま子です」
「あ、うん。名前は分かってますけど、
いわゆるカメラ女子ってやつですよね?」
「いえ、井戸柳たま子です」
そうじゃない。
そうじゃないだろう。
名前を聞いたわけでもないし
たとえ何らかの理由でカメラ女子と名乗りたくなくても
その返答はおかしいだろう。
「いや、うん。名前は、うん。
そうじゃなくてカメラ女子なんですよね?」
「いいえ?」
まだ言うのか…?
そして彼女は口を開く。
透き通るような声で、ゆっくりと。
「井戸柳、たま子です」
その微笑みは本当に美しく
並みの男子なら一発で恋に落ちるであろう。
だが久結霧矢という男は。
300年生きたヴァンパイアである彼は。
「あ、ですよね。それは知ってて。うん。
じゃなくて、カメラ女子ですよね?絶対に」
「いえいえ。井戸柳たま子なんです」
「カメラ女子でしょ?」
「井戸柳たま子でしょ」
もはや口調も変わってきている両者。
この問答はあと3往復行われた…。
読んで頂き、ありがとうございます!
進まない自己紹介…噛み合わない会話…
これからもっと狂っていきます!
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