ep004
清があっけらかんとキッチンの奥の方を指さした。
リビングとつながっているダイニングキッチンだが
ライトは点いていないため若干の暗がりができている。
その暗がりに溶け込むように
床に体を丸めて潜んでいる「何か」がいた。
そしてその「何か」はゆらりと立ち上がり
静かに声を発した。
「こんばんは…」
「うわぁ!?」
ギョッとして声を上げる魔理、瑠衣、霧矢。
「な、なんかいる!」
その声を発した「何か」は、長身の女子だった。
サラリと長い黒髪で、前髪は左目が隠れてしまうほど。
唇の下にセクシーぼくろを携えた、まさにお姉さん系美女。
「すみません驚かせて…ていうか…
実は一番最初からいましたけど…」
「え…?」
澄んだ声でゆったり話す彼女の名は、
井戸柳たま子、22歳。
異様に影が薄く、時に人から見えなくなってしまうほど。
ゆえに誰も彼女の存在に気づいていなかった。
実は魔理よりも先にシェアハウスに到着しており
じっと暗がりに潜んでいたのだ。
「あの…ずっとそこにいたんですか?」
「えぇ。ずぅぅっと、見ていましたよ…」
「う、うわぁ…」
ドン引きしてしまう一同。
そして彼女もまた、裏世界の住人だった。
「ほんと、こんな私が…うらめしや」
そう、何らかの思念・怨念をこの世に残してしまっている、
幽霊なのである。
実体を持った幽霊であるため、最も人間に近い存在かもしれない。
とはいえ霊感が強いどころか、霊感しかないため
あらゆる場所にいる幽霊、怨霊、地縛霊などが見えている。
時に実際の人間だと思って話しかけてしまうことも。
普通の人間から見れば大きめのひとりごとを言っている状態だ。
逆のパターンで、相手は普通の人間なのに地縛霊だと勘違いして
話しかけてしまうこともあるという。
「あなた…渦巻くほどの怨念ですね…」
「…は?」
「現世に執着しないで…成仏しなさい」
「こわ…なにこの女!」
などという会話を路上で行ってしまうこともあり
非常にアブナイ女子でもあるのだ。
* * *
シェアハウスには男子部屋と女子部屋があり
それぞれ男子3人、女子3人がそこを寝室にする構造だ。
ベッドが3台あり、プライベートスペースはないものの
各々が作業をするくらいの広さとテーブルも用意されていた。
一旦男女に分かれて荷物を置き、再びリビングに集合することに。
「あたし先に行ってるね」
意外にも一番に準備を終わらせ、
リビングに戻ってきたのは瑠衣だった。
(お、よかった。まだ来てないみたい)
そこへわらわらと男子チームの霧矢と清がやって来る。
「あれ?瑠衣さんひとりですか?」
「そだよー」
「準備早くない?女子って荷物多いイメージだったけど」
「あぁ、あたしそういうのパパッとやっちゃうんだよね」
事実、読者モデルとして活動している瑠衣は
短い撮影時間に追われることも多いため
準備は早い方だった。
だがそれよりも、まだ来ていない最後の男子が
誰もいないリビングに来てしまうと悪いな…
という思いもあっての行動だったのだ。
そう、ギャルは気を遣う人種なのである。
キッチンのカウンター周りに置かれたスツールに座って
会話を始める瑠衣、霧矢、清の3人。
すると魔理とたま子が女子部屋から出てくるが
なぜかたま子は困った様子。
どうやら魔理がウザ絡みをしているようだった。
「それにしてもセクスィーですなぁ…」
「え…?」
「何ですかそのスタイルの良さ。化け物ですか?
ドスケベモンスターと呼んでいいですか?
呼びますね?」
「しょ、初対面で凄いですね…」
「誉め言葉ですよ、旦那」
「旦那?」
男子にモテるためのアンテナを張っている魔理は
たま子のセクシーさに惹きつけられていた。
サキュバス的には不甲斐ないのだが。
やれやれと2人の様子を見ている霧矢と瑠衣。
一方、清は瞳をキラキラと輝かせていた。
「これで女子は揃ったよね?マジで全員可愛くない?
ね、霧やん」
「霧やん…?あ、うん、そうだね」
早速あだ名をつけるスピードがギャルと同等、
いやそれ以上の速さ。
ポンポンと会話を重ねていく清は、瑠衣との波長が合うようだった。
「てか男子もイケてると思うよ」
「マジかよ、じゃ付き合おうよ」
「いや早いな」
そのやり取りにくすっと笑う霧矢。
ふと入り口のドアの方を見つめ、ひとりごつ。
「残すは男子ひとりか…次で男子も揃うわけだ。
気になるなぁ男子、だんし。一体どんな人が…」
と、またもやタイミングよくドアチャイムが鳴り響く。
「噂をすれば!」
そわそわしながら入り口の前に並ぶ一同。
ドアの向こうで荷物を下ろす音が聞こえる。
玄関から室内に上がり込んだであろうところで
「失礼」
という声が。
「うわ、かつてないダンディボイス!」
「だね!結構年上かな?」
その短い声に様々な想像が湧き上がる。
今までの男子陣とは明らかに違う重低音ボイス。
そしてガチャリとドアノブが回り
ゆっくりリビングに入って来る最後の男子。
見えるのはゴツめのワークブーツ、汚れたジーンズ、
レザージャケット、褐色の肌。
顔を見る前にその出で立ちを見た彼らは
一気に緊張してしまう。
が、
目線を上げて顔を見た時に違和感を覚えた。
ワイルドな恰好とは裏腹に、ぴっちりとした横分けヘアー。
仏のように優しく一本線のような糸目。
そして丁寧な口調でお辞儀する。
「お邪魔します」
「いやキャラが掴みづらい!」
「え」
思わず全力でツッコんでしまった瑠衣だが
そこにいた誰もが同意見だったろう。
怖そうな服装なのに、ぴっちりなヘアースタイル。
髭をたくわえて重低音ボイスなのに、目じりに笑い皺ができている。
ほっとして和む一同。
「なんか恰好がすごいワイルドだから怖い人かなーとか思ったけど
全然マルって感じでしたぁ」
「顔だけ見たら優しい近所のおっちゃん、って感じだもんね!」
魔理と清がせきを切ったように話しかける。
そしてたま子が核心を突いた。
「ほんと、素敵な笑顔。どれくらいお年が離れてますかね」
「こないだ、23になりました」
「いやゲロ若い!マジで!?」
そう、最後の住人の名は、影山狩宇。
どう見ても40代後半の彼だが、まごうことなき23歳なのである。
思わず失礼モードを発動してしまう魔理が
影山に軽く言い寄っていく。
「サバ読んでたりはしないですよねぇ?」
「当然。共同生活をするからには隠し事をするなんて言語道断。
全てさらけ出さないと…ね?」
何気なく話した影山の言葉にドキッとしてしまう魔理。
軽く聞いたつもりが自らの首を絞めてしまうことになるとは。
「あ、あは…もっちろんですよぉ…」
この時、ドキッとしたのは魔理だけではなかった。
霧矢も、瑠衣も、清も、たま子も。
全員が影山の言葉に同じような引きつった笑顔になってしまった。
全てさらけ出す…とても無理な話だ。
ここは共同生活を送るシェアハウスなのだ。
果たして自分の正体を隠し通すことはできるのだろうか。
思えば危険な生活が始まるのかもしれない。
ワンミスが命取りとも言える、そんな生活だ。
何かが起こる…それは間違いのない予感としてあった。
そして正体がバレた時、
全てが明らかになってしまった時、
その時のことを考え、魔理は再びこう思った。
「世界の終わりは…もう見たくない」
それぞれが目をそらし、引きつった笑みが消えようとする頃。
人知れず影山の糸目が開き、燃えるような赤い瞳が現れる。
「さて…始めるとするか」
言葉には出さず、自らの心に言い聞かせる影山。
どう見ても彼も同じく人外の者、裏世界の住人のように感じるが…
正真正銘、彼は人間である。
このシェアハウスにおいて唯一の人間、影山狩宇。
だが、彼にも大いなる謎が隠されていたのだった…。
読んで頂き、ありがとうございます!
いよいよ男女6人が揃いました。
一体どんな共同生活が始まるのでしょうか…?
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