ep020
そもそもなぜモテたいのか?
モテないよりはモテた方がいい。
それは誰もが思うところかもしれない。
だが魔理にとってそれは
生きる意味でもあるのだ。
男子のエネルギーをごっそり奪ってこないと
一人前のサキュバスになれない。
そう。
サキュバスの中でも名家に生まれた魔理、
もといマリオッタ・ミュー・アルシオンは
その血筋に恥じない夢魔になる必要がある。
なんせ姉は至高の夢魔と名高い存在であり
妹のポンコツっぷりが露呈してしまっては
裏世界において立つ瀬がない。
大好きな姉のためにも
裏世界の均衡のためにも
男子のエネルギーをごっそり奪う。
これは至上命題なのだ。
ゆえに人間の男子にモテるため
シェアハウスにやってきたわけだが
今のところポンコツのまま。
男子のエネルギーを奪うためには
モテた方が都合が良い。
それだけ機会が増えるからなのに
どうにも上手くいかない。
さらにここへきて影山狩宇、
ダークハンターであるこの男の存在が
非常に危うい日常を生み出していた。
やけに感覚が鋭いのだ。
ただ男子にモテたいと言っただけで
サキュバスの可能性に言及するとは。
到底23歳の男子とは思えない思考回路である。
最低でも40年は生きていないと
熟成されない洞察力。
さて鋭く突かれた方の魔理はというと…
もちろん正体がバレるわけにはいかない。
本当の理由を言うわけにもいかない。
なので「ただのモテたい女子」一辺倒で
この場は切り抜けるしかないのだ。
先ほど飲んだササイダーにより耐えているげっぷも
彼女にシンプルな思考しか許さなかった。
「いやまぁなんと言いますか…じょ、
女子たるもの一度はモテたいと言いますか。
シェアハウスにいる以上はこう…
男子を骨抜きにしないとっていうか
むしろ骨ごといっちゃえっていうか」
「魚食べる時の話みたいになってるけど」
骨ごと食べられる小魚を想起させる話に
思わずツッコんでしまう瑠衣だが
魔理が途中で「じょ、女子たるもの」と言ったあたりで
げっぷをうまく誤魔化したことも見逃さなかった。
女子たるもの、
男子にバレずにげっぷする機会は意外と多い。
瑠衣も例にもれず経験者だ。
とはいえ男子もバカではない。
女子がげっぷを隠す行為を
割と高確率で見極めていることも付け加えておく。
ただし、この影山狩宇という男は
全く気付いてなかったわけだが。
「はっはっは。相変わらず君は人の話に
ツッコミを入れるね瑠衣さん」
「だって魔理モの話、変なんだもん」
「ふむ。これこそがモテ要素だ」
「は?魔理モの話が?」
「いや、君のツッコミがさ」
「…?」
突然の瑠衣への高評価。
ふたりの女子は影山の言葉にキョトンとしてしまう。
「やはり男女において会話は重要だ。
盛り上がる方が当然楽しい。楽しい人とは
一緒にいたい…そうならないかね?」
「そりゃそうだ」
「ツッコミというのはいわば会話の潤滑油。
そんな楽しい時間を作ってくれる存在を…
人はモテると言う」
「なるほどー!」
影山のプチ講義に魔理は手を叩いて納得する。
瑠衣も褒められたようで嬉しくなってしまう。
仕事帰りに買ってきた夕食の材料を
広げながら魔理にニヒルな笑みを投げる影山。
「ツッコミを覚えるといい。幸いなことに
すぐ近くにマスターがいるんだからな」
ハッとして瑠衣を見る魔理。
「え…」
魔理からの羨望のまなざしを受け
瑠衣は思わず身体をのけぞってしまう。
「えぇぇぇ、あたしぃ?」
「お願いします、マ・ス・ター」
* * *
夕食も終わり、各々がシェアハウス内で
くつろぎを楽しむ時間がやってきた。
ひとりで過ごす者もいれば
複数人で共同生活の旨味を味わう者もいる。
影山は明日の仕事のため自室に戻り
清は未だに帰宅していなかった。
ダイニングカウンターでコーヒーを飲むのは
霧矢とたま子のふたりだ。
「ちょっと苦かったですか?」
「いえ、僕苦いの好きですから」
なんだかいい雰囲気である。
思惑はどうあれ恋愛を求める男女にとって
ちょっとした時間に交わす会話が
ふたりの距離を縮めることもあるのだが…
このシェアハウスにおいて
それは難易度が高かったようだ。
リビングのソファに隠れながら
ふたりの様子を見ている魔理と瑠衣。
影山の助言通り、師弟関係を結んでいた。
「レッスン1。ノリツッコミ」
「イエス、マスター」
瑠衣の言葉に敬礼で返す魔理。
コソコソしながらも
ツッコミアカデミーが開講した。
「会話が楽しくなるのが目的なら
ノリツッコミほどピッタリな
ことはない」
「イエス、マスター」
「ちょっとイイ感じのあのふたりの
間に入って…」
「イエス、マスター」
「ちょ、聞いてんの?」
魔理は瑠衣の説明に食い気味で入って来る。
イエス、マスターという文言が気に入ったのだろうか。
「だってほら早く行かないと霧矢さん
どっか行っちゃいますよ?」
いや、なんてことはない。
瑠衣の説明がダルくてさっさと
動きたかっただけのようだ。
「はいはい。じゃ行っといで」
瑠衣に促され、魔理はすっくと立ちあがり
悠然とダイニングカウンターへと向かう。
どこか勇壮なその後ろ姿に
思わず全身に力が入ってしまう瑠衣だったが
ノリツッコミしに行くだけだよな…と
一瞬で現実を取り戻した。
いよいよ勝負の時。
魔理は談笑する霧矢とたま子の向かい側に立った。
カウンタースツールに座るでもなく
仁王立ちだ。
まさに会話ストッパー。
霧矢もたま子も、魔理の異様な雰囲気に
楽しげな会話を中断し困惑している。
果たして彼女はマスター瑠衣をも納得させる
ノリツッコミを決めることができるのだろうか…?
読んで頂き、ありがとうございます!
これが共同生活…
これが師弟関係…!
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