ep002
するどい眼差しを見せる魔理。
その瞳から何かを探ろうと見つめる霧矢。
質問に正直に答えろ、だと?
まだ出会って数分しか経っていないというのに
これほど緊張感のある立ち振る舞い…
霧矢の鼓動も早鐘を打ち始める。
一番恐れているのは正体がバレること。
確かに今までも何度かこういう展開は経験している。
人間界、つまり表世界で人間の女子とコンタクトをとった際、
吸血鬼であることがバレてしまったのだ。
こうなったらもう終わり。
悲鳴を上げられる前に嚙みつくしかない。
血を吸ってTHE・ENDだ。
その時も今夜のように月が綺麗だった。
終わってしまうのか?
せっかく勇気を振り絞ってシェアハウスにやってきたのに
いきなり終了するというのか?
自分に落ち度はなかったと思うが
まだまだ未熟だったんだな…と苦い表情を浮かべる霧矢。
自分のせいだ、と噛みつく体制に入ろうとしたその時。
「…ん?」
霧矢の目に飛び込んできたのは
魔理が後ろ手に隠している書物だった。
恋愛マニュアル本、モットドッグプレス。
通称モップレ。
先ほどもコソコソと魔理が読んでいた本だ。
ハッキリ言って時代錯誤も甚だしい内容で
彼女の言動は狂ってしまっている。
これはまさか…
すんでのところで噛みつく体制を踏みとどまる霧矢。
と同時に魔理が口を開いた。
「霧矢さん、ご飯にする?お風呂にする?それとも…」
それとも私?
そう、これも前時代的な男子が喜ぶセリフである。
すかさず霧矢は無表情で言葉を返す。
「コーヒーにします」
「こっ、コーヒー風呂!?
いきなりビターテイストですな…!」
「いや人の話聞いてる!?」
全く会話の噛み合わない魔理にイラっとする霧矢。
そして全く正体がバレていないことに安心もする。
大丈夫だ。
たぶんこの子は何て言うか…アレなんだ。
アレな子だから大丈夫だ。
要はポンコツなんだろう。
ほっとした霧矢は魔理という存在を「安全」にカテゴライズした。
魔理の方はといえば、まるで無理難題を押し付けてくる
お客さんに困惑する店員のような表情になっている。
「コーヒー風呂だと…ちょっとお時間頂戴しますけど…」
「いや風呂にしないで。ていうか言ってないから」
「え?」
ふぅ、と髪をかき上げる霧矢。
「僕、遠くから来たからさ。ずっと寝てないんだよね…。
だからコーヒーでも飲んで目を覚まそうかなって」
「そういうことですか…あ、じゃあ私淹れますよ」
「…ありがとう」
意外と社交的な部分もあるのか、と感じた霧矢だったが…
「あ、霧矢さん寝てないって言いました?」
「言ったけど…?」
「今夜はいい夢が見れそうですな…」
にやりと笑う魔理にすぐさま前言撤回。
どんよりした目つきになる霧矢はぼそっと呟く。
「次の住人は男子でありますように」
そそくさとキッチンに向かいワクワクしながら魔理も呟く。
「次の住人も男子でありますように」
するとタイミングよくドアチャイムが鳴り
次の住人がシェアハウスにやってくる。
「来た!」
ほぼ同時にリビングの入り口に駆けつけ待ち受ける魔理と霧矢。
そしてガチャリとドアが開きリビングに入ってきたのは…
「ちっすー!」
少し吊り目ながらパッチリとした大きな瞳。
オレンジ色の髪が無造作に跳ね、
ケモミミのような結び目があるスレンダー女子だった。
「女子かよぉ!」
うっかり同時に肩を落とす魔理と霧矢。
「えぇっ!なにそのリアクション!ゲロ失礼なんだけど!」
このチャラい感じの女子の名は大噛美瑠衣、21歳。
マイナーギャル雑誌の読者モデルとして、そこそこの人気である。
思わず本音を声に出してしまったことに気づき
慌てて取り繕う魔理と霧矢。
「いやいや冗談ですよ、旦那」
「旦那?」
「あはは、いやぁ僕たちもさっき来たとこなんです」
「そうなんだ、超ビックリしたぁ。
いきなりこの世の終わりみたいな顔されてさぁ、
マジイラっときたわー」
そう言いながら明るい口調で話す瑠衣にほっとする魔理。
シェアハウスで共同生活をしていく以上、
同性の住人と仲良くできるかは重要事項だ。
「いやぁやっぱり女子が増えると楽しいし、
マルって感じです!」
と言いながら、魔理は手で丸を作るお得意のポーズ。
しかし。
その丸い形状を見た瞬間、瑠衣の瞳が赤く光を放つ。
そして…
「がるるぅ!」
リビングに響く瑠衣の唸り声。
まるで人間らしからぬ、まさに咆哮。
ビックリして身構える魔理と霧矢。
「えっ」
「えっ」
一瞬だけ赤く光った瞳は元の落ち着いたピンク色に戻り
瑠衣もハッとして正気を取り戻す。
「え、なに?え、なにがぁ?」
誤魔化すようにその場を取り繕う瑠衣に
驚きと疑念のまなざしを向ける魔理と霧矢。
「いや今…がるるって…」
「は?」
「うん、がるるって言ってた」
「はぁ?がるる?なにそれウケるー!
ほよよ?みたいなやつ?」
「いや、がるるです」
「えぇ~?」
「がるるです」
「・・・」
疑念のまなざしに耐え切れず、
あえて明るく笑いながら距離を取る瑠衣。
「マジウケる~、流行らそっか、それ!」
そう、この大噛美瑠衣、その名の通り
実は狼女なのだ。
たとえ満月じゃなくとも丸いものを見ることで
じわじわと狼に変身してしまうのが彼女の悩み。
変身しきってしまうと
狂暴な性格になってしまうことも困りものだが
それ以上に毛むくじゃらになってしまうことが
彼女にとってのコンプレックスだった。
「あっぶな~。毛ぇ生えるまではいかなかったよね?
いきなり変身して嫌われるとかマジありえないから」
コソコソと自分の手足を触って確かめる瑠衣だが
いきなり変身したら最後。
普通の人間相手なら嫌われる程度では
済まないことに気づいていないようだ。
そぉーっとふたりの方に振り返る瑠衣。
ぎこちなく会釈し、苦笑いを浮かべる3人。
正体を隠したサキュバスとヴァンパイア、狼女の作り笑い。
それぞれどこか変な住人が集まっているなと感じている。
ゆえに慎重になってしまう。
気を引き締めてしまう。
なぜなら3人は同じくこう考えていたからだ。
「もし自分が人間じゃないことがバレたりしたら
世界は終わる…!」
大げさなのか真実なのか。
裏世界の住人である彼らがお互いの素性を知ってしまったら
一体どうなってしまうのか。
この時はまだ「その日」が来てしまうことなど
想像すらできなかったのだ。
人外の男女6人、共同生活。
残り3人。
まだまだ波乱の予感である…!
読んで頂き、ありがとうございます!
どんどんおかしなキャラクターが登場してきます!
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