ep018
階段を上がりきらないところから
顔だけ覗かせている影山は
しばし黙っていた。
瑠衣と清、たま子の3人も
その異常な光景に動けずいたが
よくよく考えてみると
なぜこの人は顔の上半分だけ出して
止まっているのだろう?と
じわじわ面白くもなっていた。
たまらず瑠衣と清が声をかける。
「ど、どうしたん?」
「なんで怒ってんの?いや怒ってんのそれ?
あ、笑ってるっぽいなぁ」
顔だけ覗かせている影山の糸目が
確かに傍から見れば笑っているようにも見える。
が、
「怒っている」
「う…」
怒っているそうだ。
すると奥の方のベッドに腰かけていた
たま子がおずおずと進み出てくる。
「すみません、私のせいで
邪気がたまってしまったんですね…」
ふわっと芳醇な香りを漂わせながら
四つん這いになり、首をすっと下げる。
長い髪が流れることでうなじがあらわになる。
「どうぞこの首をお刎ねください」
「いちいち残酷すぎない!?
共同生活してて斬首って
聞いたことないんだけど!」
たま子の美しい所作と異常な言葉に
瑠衣も我慢の限界だ。
「もう消えてしまったぞ」
たま子や瑠衣のやり取りには
一切反応せずに影山は呟く。
そして階段を上がりきり
ようやく3人と同じ高さの床に立った。
「え?消えたって…」
「一瞬で、消し去ってしまった」
ゴクリと生唾を飲む清。
同じく緊張感に包まれる瑠衣とたま子。
ダークハンターの口から
消し去ったという言葉。
これが意味することは。
瑠衣とたま子がかすれたような声を発する。
「まさか…魔理モと霧矢くんを…跡形もなく…」
「亡き者にしてしまった…?」
あまりにも早すぎる。
ダークハンターとはこれほどまでに無慈悲だとは。
が。
影山は顔をくしゃくしゃにして叫んだ。
「せっかくみんなのために焼いた紅茶クッキーを!
あのふたりがあっという間に平らげてしまった!」
影山の意外な言葉と表情に
目を丸くする3人。
もし瑠衣が彼らの目を見てしまったら
変身してしまうほどの丸さだ。
そしてようやく我に返る。
「いや何の話!?」
「もう…すでに紅茶クッキーはふたりの
胃袋の中に…消え去ってしまったんだ…」
ガクリと膝から崩れ落ちる影山。
これほどの落胆を分かりやすく表現する男は
彼を除いて他にいまい。
「そ、それで怒ってたわけ…?
今はそれ怒ってるの?
いや今度こそ笑ってるっぽい?」
「悲しんでいる」
「そっか…」
影山の糸目から表情を読み解くことが
まるでできない清。
影山はガックリと腰を落とした状態で
頭を抱えてしまう。
「君たちにも食べて欲しかったんだ…
あんな上手にクッキーが焼けることなど
そうそう無いというのに…!」
「何度も言うけど…
キャラが掴みづらすぎなんだよなぁ」
すっと立ち上がり
うなだれる影山に差し伸べられる手…もとい
いわゆる萌え袖。
たま子である。
「影山さん、元気を出して。
ほら、昔から言うじゃないですか。
やまない雨はないじゃない。
焼けないクッキーもないじゃない」
「聞いたことないわ」
すかさずツッコミを入れる瑠衣。
影山は顔を上げてたま子を見つめる。
「あぁ、私もそれは聞いたことがある」
「あんのかい」
すかさずツッコミを入れる瑠衣。
すぐに元気に…というわけにはいかないが
ゆっくり身体を起こす影山の表情は
少し晴れやかになっていた。
「取り乱してすまなかった。そうだな…
もう一度、私が焼けばいいだけのことだ。
なぁに、すぐ焼けるさ」
優しく頷くたま子。
影山の糸目もしっかり細くなっている。
「…なんの話を聞かされてるんだろ、あたし達」
「ま、結果オーライじゃない?」
* * *
その夜、深い時間。
再び大量の紅茶クッキーを焼いた影山は
住人全員に振る舞うことに成功した。
「ほーらみんな!またクッキーが焼けたぞぉ~」
「やったぁ!ホッホー!」
「ちょ、あんたまだ食べんの?」
嬉々として謎のダンスを踊る魔理に
呆れてしまう瑠衣だが
しっかり彼女も食べる気だ。
「何度でも食べたくなる魔力があるんだよ、
この紅茶クッキーには。たまらないなぁもう」
霧矢も珍しくテンションが上がっている。
「でもクッキー足りますかね?
ちゃんと11人分あります?」
「ちょっと!地縛霊もカウントするの
やめてよ~!」
怖がりの清がたま子の言葉に耳をふさぐ。
計算では地縛霊は5人いることになるからだ。
カードゲームで楽しんでいた彼らは
その手を止めてダイニングに集まってくる。
紅茶クッキーの甘美な香りに
誰もがにんまりしてしまう。
「いただきまーす!」
まだまだ夜はこれからなのだ。
読んで頂き、ありがとうございます!
緊張感がありながらも
素っ頓狂な日常が流れていきます。
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