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ep016

時は戻って現在。


シェアハウスでの男女6人共同生活。

輝く摩天楼にひっそりと佇むシェアハウス。

ビルの屋上には不釣り合いな戸建てが

ぼんやり闇夜の中で孤立している。


たとえ夜遅くに騒いだとしても

周りのビル群との距離があるため

おそらく迷惑にはならないだろう。


だからなのか、シェアハウスには

広いウッドデッキが備え付けられている。

解放感には事欠かない。


だが今は少々風が吹きさらし

虚ろな空間と化している。


どうぞBBQでも楽しんでください、と

言わんばかりのパラソルやテーブル、椅子が置かれているが

今は放っておかれた ただのオブジェだ。



「はぁ…」



そんなオブジェには目もくれず

ぼーっと夜空を見るでもなく見ているのが

ため息まじりの夢仲魔理だ。


せっかくの男女共同生活が始まろうというのに

あの影山という男。

彼の自己紹介には心底参った。


サキュバスである彼女にとって

ダークハンターとは何という組み合わせだろうか。

まるでヘビとカエル、アリとアリクイだ。


「はぁぁぁ」


再び長めのため息をついたところで

さらに浮かない顔をした人物が

やって来る。


「あ…」

「霧矢さん」


ヴァンパイアの久結霧矢だ。

この数時間で目の下のクマが

さらに濃くなったように見える。


ひとりたそがれていた魔理を見て

申し訳なさそうな笑みを浮かべた。


「ごめん、邪魔だったかな」

「え、なんでですか。一緒に景色見ましょうよ。

 そして何なら無茶苦茶しましょうよ」

「文脈がおかしいよ?」


男子相手に無茶苦茶しませんかと提案する女子に

引くでもなくノータイムで対応できる程度には

彼は彼女に慣れてきていた。


恋愛マニュアル本「モップレ」に書かれた通りに

決め台詞を吐いた魔理からすれば、霧矢に文脈を

指摘されたことにキョトンとしてしまう。


え、男子ならルンルンになるんじゃないの?と。



そうか、無茶苦茶をモジャモジャと聞き間違えたんだな、

まったくどうしようもない耳を持っておいでだ。

そう考えた魔理は気持ちを切り替えて

再び夜空を見つめる。


霧矢も魔理の横に並んで闇の向こう側を

見つめてみた。

彼にとってもダークハンター影山の存在は

寝耳に水。そして憂慮すべき事態だ。


「すごい景色ですよね、ここ」

「そうだね。高所恐怖症の人がいたら

 大変だろうな」

「ですね」



なんでもない会話。


ただ間を埋めるだけの言葉の羅列。


しばしそのくすぐったい時間を感じ

霧矢は先ほどの魔理の浮かない表情を思い出した。


「…なんか、落ち込んでた?」

「え?」

「さっき」

「いやぁ、そんなことはないんですけど…」

「そう?」


そんなことありそうな魔理に

どこまで深堀して会話しようかと

逡巡してしまう霧矢。


何か落ち込むことがあったのだろうか。


自分と違って彼女は普通の人間だ。

ダークハンターという職業や、

闇の住人の存在を聞いたとて

興味がわくことはあっても

落ち込むことはないだろう。


だとすると他に何かあるのだろうか…

霧矢は次の言葉を出せずにいた。



一方。

魔理も落ち込んでいたと思われては

少々都合が悪い。


ダークハンターに動揺するサキュバス…

そんな姿は微塵も見せてはならないのだ。


ゆえに彼女は慌てて会話を取り繕う。


「んー…まぁ、こういう共同生活って

 初めてだから…ちょっと緊張しちゃってる

 かもですなぁ」

「そっか。確かにね」


普通の人間だろうが闇の住人だろうが

共同生活への不安は同じ。

良い落としどころを見つけた両者。


「霧矢さんは緊張してなさそうですね」

「そんなことないよ。僕もドキドキしてる。

 なんたってまるでタイプの違う男子2人と

 同じ屋根の下で…というか同じ部屋で寝る

 だなんて…おいおい想像してみろ」

「?」


彼の中で共同生活への不安は一瞬で消し飛んだ。


その代わり男子との約束された勝利の日々、

もとい男子との密着Daysが彼の胸を躍らせた。


「こんなとんでもないことあるか…?

 いーや、ないね!まったく、想像しただけで

 鼻血が…あぁいや血はマズイ!血は大事にしないと」

「また長文の独り言でどうしたんですか?」

「えっ?」


そう、彼はモノローグというものを知らない。

独白というものを知らない。

心に思ったことは呟いてしまうタイプ。


ぶつぶつと熱を帯びながら独り言をキメていた。


「えっと…まぁその…ほんのりドキドキはしてるよ」


魔理の氷河を思わせるツッコミは

ようやく霧矢に平静さを取り戻させた。


「ふぅ」

「まぁ確かに清くんと影山さんって

 全然タイプ違いますもんね」

「わかるー」

「清くんは元気いっぱいの少年タイプで」

「わかるー」


魔理の分析に対して

首がもげるほどの頷きを見せる霧矢。


「そんで影山さんは…その…」


言い淀む魔理に霧矢の頷きモーションが

ピタリと止まる。


「…?」


あえて霧矢と視線を交わらせず

中空を見ながら話しだす魔理。



「なんかほら、変な剣?

 みたいなの持ってましたよね」


あの剣に触れるのか!

ドキッとしてしまう霧矢。


あの剣がまさかダークハンターの手に

渡っていたとは全くの予想外だったのだ。


「え、あ、うん」


明らかに受け答えがしどろもどろ。

これでは変に思われてしまう…

そう危惧する霧矢に気づかず

魔理は相変わらず視線を合わせていない。


「あれ何だったんだろう~?

 は、初めて見ましたよ、あんな剣んん」


魔理も魔理で棒読みの極み。


それどころか、もはや視線を外しすぎて

霧矢とは逆を向いてしまっている有様。


「そ、そうだねぇ、うん。僕も初めて見たよ。

 初見さんってやつかな、はは」


霧矢も誤魔化すように顔をそむけ

とうとう魔理に背を向ける格好になる。


この2人、一体誰と話しているのか。



「いやぁなんだっけ?闇の住人を

 始末するとかなんとか…

 まったくなんか変な趣味でもあるのかな?」

「うわあ、変な趣味とか、やっぱりあの人

 スケベダルマかもしれませんよ?

 妖怪スケベダルマ」

「あは、あはっはは。へ、変な趣味は

 ある程度許容範囲だけどさ、

 あの剣はないかなぁ!」

「ですよねぇ!」

「ないない!ないわ~!」


「君たち!」

「っ!?」



唐突に響き渡る声。


かつてないダンディボイス。

影山狩宇である。


背を向けて会話する2人の男女と

いつの間にかウッドデッキに現れた

糸目の男。


言葉を飲んで影山の動向を探る魔理と霧矢。


影山もなぜか動かない。


言いようのない緊張感が充満したところで

魔理が耐え切れず口を開く。


「な、なんでしょうか…」


すると影山も表情を変えずに呟く。


「…焼いたよ」

「え…」

「早速だが、焼かせてもらった」


心臓が早鐘を打つ。

魔理と霧矢は自分の鼓動のリズムを

相手に悟られまいと静かに呼吸を整える。


早速、焼いた…?


何を…?


誰を…?



相手はダークハンターだ。

実は自分たちの正体を見破って

すでに攻撃を開始していたのかもしれない。


いや、そうなると自分以外にも

闇の住人がいたことになる。

そんなことがあり得るのだろうか?


だが彼は確かに言ったのだ。

焼いた、と。


つまり…


「まさか…火あぶりの刑で…」

「他のみんなを…消し炭に…」


可能性はある。


そもそもダークハンターが

このシェアハウスにいること自体

おかしな話だ。


やはりすでに狩りは始まっていたのだ…!


ぐっと身構える魔理と霧矢。


「影山さん…あなたは…一線を越えた…!」

「一線を越えた?」

「えぇ…超えてはならない一線を…!」

「はっはっは!」


糸目を細くして高笑いの影山。

虚を突かれた霧矢と魔理は目を丸くする。


「確かに一線を越えてしまったなぁ。

 こんな闇夜に私は行動を起こした」

「…!」

「だが…悪いのは闇夜の方だと思わんか?

 この…闇の夜が」

「くっ…」


表の世界ではその限りではないにしろ

闇の住人はその名の通り

夜に行動することが多い。


影山の言葉から読み解けるのは

やはり闇の住人狩り…!


魔理も恐怖を感じつつ

精一杯の言葉を投げる。


「てことは…ホントに…

 やったってこと…?」

「あぁ、そうさ」


思わず霧矢も前に進み出る。


「あんたは…やった…

 やったんだなぁ!?」

「あぁやったさ!

 紅茶クッキーは初めてだったが

 上手に焼けたものでなぁ!!」



YES.


KOCHA(コウチャ)COOKIE(クッキィ)



紅茶クッキー。



「…え?」


「夜にお菓子を進呈するなぞ

 本来ならばあり得ん!あり得んよ!?

 だがなぁ!」


影山が身を震わせて叫ぶ。


「我々が出会ったこんな夜だから…

 こんな素敵な夜だからぁ!

 ちょっとくらい構わないだろう!?」


男の叫び。

男の想い。

影山のソウル。



「えっと、つまりその…

 影山さんが焼いたってのは…」

「お近づきのしるしにと思ってね。

 紅茶クッキーさ」



「紅茶クッキィィーッ!」



魔理と霧矢の渾身のシャウト。


この日、初めて近隣のビルから苦情が届いたらしい。





読んで頂き、ありがとうございます!

再開しました、日常回。

ゆるく不思議な夜のスタートです。

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