ep013
これは、シェアハウスでの共同生活から
4年前のとある夜。
ダークハンター影山狩宇の過去の物語(4/4)
思ったよりは冷静で良かった。
若き自分自身を見て
黒衣の影山はそう思う。
中年の自分が突然現れ、
可能性世界の存在を知り、
実の弟を目の前で始末され。
それでもこの若き別の可能性世界を生きる自分が
しかと現実を受け止めているのは
なかなかどうして器が大きい。
だからこそ、この提案ができたことに
心から感謝した。
「つまり、各々が生きている世界を交換する…
そういうことか?」
「あぁ。君が生きているこの世界に私が。
私が生きていた世界に君が行くんだ」
そもそもひとつの世界に同一人物が
同時に存在していると
因果律が崩壊して世界そのものが危険だ。
ひとつの世界に同じ人はひとりのみ。
それがルールなのだが、
入れ替わってしまえば問題はないはず。
「君はまだ若い。私が人生をかけてついに
発見した希望の光を、20年も若い自分に
託すことができると考えれば…
こんなに頼もしいことはない」
「希望の光…?」
それは
弟の燈雨の奪還だ。
すでに20年をかけてあらゆる可能性世界を
旅してきた黒衣の影山は
燈雨の行く末をいくつも経験してきた。
そのほとんどが始末されて終わるパターンか、
この世界のようにヴァンパイア化してしまうパターン。
そしてもうひとつは…
完全にモンスターと化して
燈雨自身が闇の王となってしまうパターンだった。
人類最強の男が闇のチカラを手に入れ
裏世界をせん滅するどころか
裏世界を支配することになるとは。
いずれ燈雨は人類にとって
最恐最悪の敵となってしまう。
ゆえに途方もない数の可能性世界で
何度も何度も我が弟を手にかけてきた。
力をつける前に、弟の未来を絶つ。
闇の虜になる可能性を、潰す。
そうしていくうちに
心は荒み、涙は枯れ、何度も心を失いかけた。
それでも彼は探し続けた。
必ずあるであろう、
弟が闇の取引を行わない可能性世界を。
そして…
ついに発見したのだ。
燈雨が人間として生き延びていた唯一の世界。
「燈雨が…人間として生きている…」
若き影山にとってもそれは喜ばしいことだ。
しかし彼にとっての燈雨は、この世界での燈雨だけだ。
彼にとっての弟は、もうこの世にはいないのだ。
浮かない表情の若き影山に
「気持ちは分かる」
と黒衣の影山は理解を示す。
だが、と言って天を仰ぎ遠い空を見つめる。
「人間のまま生きている燈雨を救い
因果律の浄法を行えば、あらゆる
可能性世界で彼の人生をひとつにできる…
と言ったら?」
若き影山はまさか、と次の言葉を待った。
「禁忌の術を生み出し歴史上から名を消された
ある霊幻道士…その男は命と時間を操れる」
「生者と死者を支配する…あの男か!」
そう。
その霊幻道士の術が成功すれば
人間としての燈雨だけが
全ての可能性に置き換わる。
すなわち、若き影山の世界においても
燈雨は人間として生き返るということだ…!
「だったら早く燈雨を連れて…」
「それなんだが」
黒衣の影山は苦虫を嚙み潰したような表情で
電灯に群がる羽虫を睨みつけた。
「その世界の燈雨はヘイザー家に連れ去られてしまい
行方知れずだ。だから必ず救い出さねばならない」
* * *
かくして、影山狩宇と影山狩宇は
生きる世界を交換した。
若き影山は燈雨が人間として生きている
可能性世界を目指すことに。
身体的衰えが見え始めた黒衣の影山に代わり
因縁のヘイザー家にさらわれた彼を救い
全ての世界で生き返らせることができるのだろうか。
「だが分からないな、なぜあなたは
私がいるこの世界に来れたんだ?
どうやって可能性世界を横断している?」
若き影山の疑念は当然だった。
そもそも可能性世界に干渉できるのは
特定のサキュバスのみ。
ドミーナ曰く、あるひとりのサキュバスによって
可能性世界という扉が開いてしまったらしく
この世界は狂ってしまった。
ドミーナクラスの上級モンスターであれば
かろうじて隣の世界に触れることや
観測することはできるのだが
複数の可能性世界を行き来したり
完全にコントロールするのは不可能なはずだ。
「話せば長くなる。まぁ…
ダークハンター内にも特殊な
派閥があるということだ」
「ほう」
黒衣の影山は若き影山に
ペンダントのようなものを渡す。
「これは?」
「可能性世界を横断する魔法具だ。
使い方はこのメモ通りに動けばいい」
「魔法具…」
どう考えてもサキュバスとの繋がりを
邪推せざるを得ない。
ヴァンパイアと取引をした弟の燈雨のこともあり
若き影山は細い糸目をさらに細くして
黒衣の影山を見据えた。
「まさかあなたも人間じゃない
なんてことはないだろうな?」
はっはっは!と糸目を限界まで細くして
豪快に笑う黒衣の影山。
「人間だよ」
そして二人は着ている服や持ち物を交換する。
「私たちはお互いのなりすましだ。
君は見た目が若い中年の男に。
私は見た目が中年の若き男に」
「年齢を聞かれて驚かれても
動じないマインドを身につけなければね」
ふっと笑う影山。
「では、私もこちらの世界で引き続き
闇の住人を狩っていこう」
「中年のあなたにはこたえる日々だろうな」
「ちょくちょく温泉にでも浸かるさ。
すまないが、燈雨のことは頼んだぞ」
「あぁ。見つけたら連絡する」
固い握手を交わし、さっと別れる二人の影山。
「あぁ、そうだ。言い忘れていたが」
「?」
若き影山が声をかける。
「闇の住人との繋がりが噂される組織が
シェアハウスでの生活を募集している。
うまくいけば大量の討伐に繋がるとみて
そこに応募済みだ」
「シェアハウス…?」
突然の情報にやや困惑する影山。
「まだ建設中で実際に生活が始まるのは
4年後なんだが…若い男女が集まるらしい。
うまく溶け込んでもらいたい」
「4年後…43歳になってしまうな」
「おいおい違うだろう」
「?」
肩をすくめる若き影山。
「中年であることは忘れてくれ。
4年後あなたは23歳だよ」
「おっと、そうだったな」
到底23歳には見えない自分に
若干の不安を感じてしまう。
それに加えて若い男女との
共同生活など考えたこともない。
「君はどうするつもりだったんだ?
共同生活に備えて」
「とりあえず料理・洗濯・家事全般を
学ぶつもりだったが」
なるほど…と頷く影山。
「では私もそうするとしよう。
モテてしまうかもな」
はっはっは!
おおらかに笑うふたりの影山だった。
読んで頂き、ありがとうございます!
ついに影山の前日譚が一旦完結です。
次回からは再びシェアハウスの日常が戻って来る…?
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