ep011
これは、シェアハウスでの共同生活から
4年前のとある夜。
ダークハンター影山狩宇の過去の物語(3.5/4)
目の前の光景を理解すること。
自分に起こった出来事を把握すること。
ダークハンターにとって当たり前の行為も
今の影山にとっては難儀だった。
それほどに謎が多く
彼の思考を濁らせる現状。
「兄さん」
聞き慣れた声が
見慣れた男の口元から溢れる。
その耳馴染みの良い音が
影山の思考をクリアにしてくれた。
そうだ。
騙されるな。
これは幻覚の類だ。
あるいは燈雨の姿に化けた
ドミーナのしもべだろう。
こいつは弟の燈雨じゃない。
見慣れた顔をしているが
まるで違う。
こんなお粗末な替え玉で
実の兄を騙せるわけがない。
こいつはただのヴァンパイアだ。
なぜなら目も充血している様子はないし
苦しそうな表情もしていない。
むしろ吸血鬼特有の肌の白さと黒い唇が
人外の者であることを浮き彫りにしている。
あまつさえ先ほどまで汚れていた衣服も
綺麗になっているとなれば
一目瞭然。
そもそも彼は影山のすぐ傍で
つい先ほどまで倒れていたのだ。
それがなぜドミーナの傍に立っている?
そう、
あらゆる事象が彼が燈雨であることを
否定しているのだ。
「落ち着いて聞いてくれ」
再び紛いものの弟が声をかける。
そのことが影山に再び怒りの感情を
思い起こさせる。
「黙れモンスターめ」
素早く銃を引き抜き
心臓を狙って2発撃ち込む。
手加減はしない。
燈雨であれば回避するだろうし
燈雨に化けた偽物ならば倒してしまえばいい。
ドンドンッ!
「っ…!」
燈雨とみられる男は心臓を避ける程度の
動きだけして弾丸を身体で受け止めた。
対ヴァンパイア用の銀の弾丸である。
心臓を撃ち抜かずとも相当なダメージを
与えられるはず。
しかし風穴の空いた燈雨とみられる男の
胸元はみるみる内に治癒していく。
「すご!治癒力ハンパないじゃん。
さすが元人類最強の人」
おどけて燈雨の肩をパンパン叩く
ドミーナは、確かにこう言った。
「元、人類最強の人だと…?」
まるで本当に燈雨がヴァンパイアになったかのような
言い方に影山はイラッとした。
こいつは燈雨に化けた偽物ではなく
燈雨本人だとでも言うのか?
「だってこの人、人間を捨てて
自分からヴァンパイアになったんだもん」
「なんだと…?」
目を逸らす燈雨とみられる男。
いや、本当に燈雨なのか…?
ドミーナの言葉はいちいち意味が分からない。
先ほどもタイムトラベルだの
未来の可能性世界だのと…
「超簡単に説明すると、この世界って
いくつもの可能性ごとに世界があるのね。
未来とか過去とか現在とか言ってる世界が
すぐ隣に寄り添ってるって感じで」
自分のツインテールをくるくると弄りながら
ドミーナは語り出す。
まるで少女が学校での出来事を話すような。
そんなあどけない様子と話している内容が
乖離しすぎて影山は黙り込んでしまう。
「だからキミたち人間が時間っていう概念で
一方通行に決めつけちゃってるけど
全部そこにあるんだよ。2分前も10年先も
5億年前も、今ここにあるの。可能性として」
でもこれは表世界に限った話ね、とドミーナは
人差し指をぴんっと立てる。
「まぁ世界がこうなったのもさ、ひとりの
おばかサキュバスのせいなんだけどね。
マジぶっ飛んでるよねー」
サキュバスといえばヴァンパイアと
かつて対立していた種族だ。
特に裏世界の大陸のミュー領を治めている
アルシオン一族はヘイザー家と並ぶ名家であり
名付きモンスターの代表格とも言える。
「とにかく、そいつのせいで世界が狂ったのね。
でもウチらにとっても恩恵は少なからずあってさ。
いくつもの可能性に干渉できるようになったから。
もちろん干渉できるのは限られた人だけだよ?」
ドミーナがまるで影山を見ずに
銀髪を弄りながら話す間、
燈雨とみられる男は目を逸らしたままだ。
影山だけが2人に注意を払っている。
「でぇ、もうわかると思うけどさ、
ここにいるキミの弟の燈雨くんは
別の可能性世界から連れてきた本物で
さっきまでそこで倒れてた方は死んじゃったの」
「…!?」
思わず先ほどまで燈雨が倒れていた地面を見やる影山。
少し砂利の混じった地面の冷たさだけが
そこに残っている。
「ヴァンパイアになることを拒否して
死を選んだ可能性がそっち。
んでここに立ってるのはヴァンパイアに
なることを選んで生き続けた可能性。
その世界の人ってわけ」
にわかには信じられなかった。
だがようやく逸らしていた目を
影山に向けた男の申し訳なさそうな表情は。
「…ごめんね、僕のカバーが遅れたせいだ」
そう言って謝った時の彼の表情と同じだった。
つまり、彼は本当に燈雨だったのだ。
しかもヴァンパイアになった状態の。
「人類最強を始末するのは結構大変だし
魔剣もあったからキビシイなって思ってね。
じゃあ仲間にしちゃえって思ったの。
そういう可能性のある世界に干渉すれば
どうにかなると思ってさ」
「勘違いするな。仲間じゃない」
燈雨がドミーナを御する。
「はいはい。でも結果堕ちちゃったじゃん、こっち側に」
「・・・」
「キミたち人間が見ることのできない
裏世界のいくつもの可能性を
ちょっと覗き見させてあげたらさ、
コロッと」
その言葉が事実だからか、
燈雨は否定も肯定もせず
眉間にしわを寄せた。
「僕は取引をしただけだ、兄さん。
闇の住人をせん滅させるには
闇のチカラを手に入れなきゃ無理だと
知ってしまったんだよ」
「取引だと?」
意外な言葉に影山はたじろいでしまう。
ダークハンターが闇の住人と取引など…
あってはならない。
「ま、そういうことっ。
ウチらにとっても裏世界の他の奴らを
弟くんが始末してくれれば助かるしさ。
さっき話したサキュバス以外にも
ヤバい奴いっぱいいるんだよー。
白滅の夕暮れとかまた起きたら
ガチで終わるから、世界が」
裏世界の謎のひとつとして語られる、
白滅の夕暮れ。
影山も歴史の出来事として知ってはいるが
根源的な死と消去がなされた出来事だったらしく
詳細は伝わっていなかった。
それがドミーナの口調から察するに
「誰か」によって起こされたことだったとは。
「僕らが想像するよりも裏世界は恐ろしかった。
あらゆる未来の可能性を見て確信したよ。
老いも衰えもある…命が有限の人間である以上、
せん滅は不可能なんだ」
「だからモンスターに成り下がったというのか」
刺すような影山の視線。
今度は燈雨も赤い瞳を動かさない。
「何年も何年も、何世代も…
それだけかけても僕らが討伐できたのは
数える程度だ。この先人間の一生を
終えるまでに僕らに何ができるっていうんだ」
「受け継いでいけばいいだろう。
それがダークハンターの系譜だ。
そしていつしか闇の住人をせん滅できれば…」
「甘いんだよ!そんなだからいつまでたっても
モンスター共がのさばってるんじゃないか!」
珍しく燈雨が声を荒げる。
ドミーナは肩をすくめて
怖がるジェスチャーを見せる。
「おーこわ。もうキミも立派なモンスターだねっ」
「黙れ。お前もせん滅の対象だということを
忘れるな」
「はぁ?おもしれーこと言うじゃん。
ウチが吸血したからヴァンパイアになれたのに
歯向かえると思ってんの?」
「試してみるか?」
殺気立って向き合う両者。
完全にやり合う気満々の姿に
影山は今まで一切見せなかった
両者の隙を見つけた。
今なら狩れる…!
咄嗟に数m先に転がっている魔剣を見る。
あれを拾って斬りかかれば
ひとりは確実に狩れる!
ひとり。
ドミーナと、燈雨。
どちらか、ひとり。
そして狩るべき相手を見定めた影山は
ぐっと力を込めて飛び出した…!
読んで頂き、ありがとうございます!
物語が膨らみまして、
影山の過去編、次回まで続きます!
よろしければ
・ブックマークに追加
・下にある「☆☆☆☆☆」から評価
・面白ければ読後の感想コメント
して頂けると大変嬉しいです。
お願いします!




