ep001
夜空は果たして見上げるものなのか、見下ろすものなのか。
それほどに星々は輝き、
ビル群も輝いていた。
もはや上下を逆転させた方がしっくりくるかのような
そんな世界、ここは日本。
夜空に天と地があるように、
物事には表もあれば裏もある。
それは人にも言えたし、世界にも言えた。
あなたが住んでいるその町は
本当に「表」であると言えるだろうか?
ハッキリ言おう。
「彼ら」は存外近くにいるのだ。
ある者は人外だと。
ある者はモンスターだと。
ある者は妖怪だと。
あらゆる呼称をされてはいるが
要は「彼ら」とは裏世界の住人のことである。
なぜ世の中には神話や都市伝説の類が語り継がれているのか。
答えは簡単、それらは作り話なんかじゃなく
本当にあった出来事だからだ。
そして今。現代。とある都会。
なぜか超高層ビルの屋上に鎮座する一軒家。
輝く摩天楼にひっそりと佇むシェアハウスだ。
ここに6人の男女が集まってくる。
ある者は恋愛目的で。
ある者は青春を謳歌するために。
ある者は…
それぞれの思惑を胸に「彼ら」はやってくる。
そう、人外の者たちだ。
自分の正体を隠したまま、
人間として生活を始めようというのだ。
「おじゃましまーす…うわぁ、ひろ~」
誰もいないシェアハウスに大きめのスーツケースを持ち
ひとりの女子が入って来る。
あどけなさの残る瞳、綺麗な紫色のショートカットをした美少女。
頭頂部の両サイドにまるで小さなツノのような髪がピンと立っている。
キョロキョロと辺りを見回しながら
大きなソファやテレビのあるリビング、おしゃれなキッチンに感動する。
特に一面ガラス張りの窓は夜景を独り占めできるようだ。
彼女は早速ぱたぱたと広いバルコニーに出てみる。
「おぉ、夜景すご…」
この女子の名は夢仲魔理、20歳。
普段は牛丼屋でバイトをするフリーター。
だがその実態は…
「ふふふ…このシェアハウスで私は、男子をメロメロにするんですな」
そう、夢の中に現れて男性を惑わす魔族、
通称サキュバスの末裔なのだ。
伝説上のサキュバスは男子のエネルギーを奪い
ヘロヘロにすることで対象を支配下に置き
財を成したり政治に介入して世界を動かしたり…と
様々な目的のもと活動していた。
歴史の教科書に載っているような
世界を動かしてきた女性たちの一部には
サキュバスだった者もいるらしい。
だが魔理自身はそういった活動をしているわけではなく
歴史に名を残すことなどないだろう。
なぜなら…
ピリリリリ。
スマホに着信があり、リビングに戻った魔理は
ソファにドサッと腰かけつつ通話を開始。
「あ、もしもしお姉ちゃん?うん、今着いた。
めっちゃキレイでマルって感じのとこだね」
笑顔で話す魔理だったが、姉と呼ぶ電話先の声に
ギクッとなる。
「わ、分かってるって。男子のエネルギーごっそり奪ってこないと
一人前のサキュバスになれないんでしょ。人間の男子なんて
チョロいもんですよ。じゃ、また電話するから!」
明らかにまごつきながら電話を切り上げる魔理。
そして天を仰ぎ、誰もいないことをいいことに
声を張り上げる。
「…って無理でしょお?男子のエネルギーってそもそも何?
その辺ちゃんと保健体育で教えといてよぉ!」
これが歴史に名を残さない理由である。
実は彼女、男子を惑わすサキュバスのくせに
まだ一度も恋愛経験をしたことがないという
色恋からっきしガールなのだ。
するとそこに、
音もなくまるで霧のようにスーッと現れる男子の姿。
スーツケースを手にピシッとした格好で
天を仰いでいる魔理に声をかける。
「こんばんはー…」
「えっ…!あ、ど、どうも…」
いきなり現れた男子に驚き、思いきり警戒する魔理だったが
ひとりで天を仰いでいた女子に対して男子の方が
むしろ思いきり警戒してしまっているようだ。
彼の名は久結霧矢、22歳。
サラリとした銀髪と蒼い瞳をした美青年。
少し病弱そうな顔色だが、努めて魔理に微笑んでみせた。
「はじめまして。ここ…シェアハウスですよね?」
「あ、そうですね。あの…応募して住人に選ばれたんですか?」
「そうです。君も?」
「はい、私もさっき来たんですけど」
「そうですか。あ、僕、久結霧矢っていいます」
右手を腹部に当て、お辞儀をする霧矢。
その動きは流麗で、まるで西洋貴族のような振る舞いだ。
実のところ彼は、その名前から分かる通り
300年も生きている伝説の吸血鬼なのだ。
つまりここで正体を隠したサキュバスとヴァンパイアが
初めましての自己紹介をしているということになる。
「きゅうけつさん…珍しい名前ですね。あ、でも素敵です!
マルって感じで」
「はぁ…どうも…」
手で丸を作りニッコリ笑う魔理。
小さく指で丸を作るどころか
まるでエネルギー波を撃つかのような
大きなジェスチャーで丸を作る彼女に若干気圧される霧矢。
「えっと…私、夢仲魔理です。フリーターです。
あっ、エロいフリーターです!」
「…は?」
丸を作るジェスチャーのおかしさどころではなかった。
いきなりの発言に思いきり引いてしまう霧矢の顔から
笑みが消えた。
「あれ? 喜ばないんですか?」
魔理はキョトンとしている。
「いや、初対面でそういう挨拶する人って…
まぁまぁヤバいですよね…」
「え…あ、あはは!…えぇっと…」
ガバッと霧矢に背を向け、素早い動きで
手荷物から重々しい書物を取り出す魔理。
霧矢に見せないようにしているその書物は
『恋愛マニュアル本 モットドッグプレス』通称モップレ。
色恋からっきしガールの魔理にとって
唯一の心のよりどころなのである。
パラパラパラ…!とページをめくり、
かつて読んだはずの項を探す魔理。
(あれぇ~?男子が好きな言葉ランキングに
エロいフリーターって入ってたはずなのに…)
魔理は恋愛マニュアルとして全幅の信頼を置いているが
なんてことはない、
ただの前時代に青少年の間で流行った骨董品とも言うべき
恋愛ネタ本なので、書いてある内容は滅茶苦茶なのだ。
その様子を見て霧矢は、警戒心よりも「なんだこいつ…」という
軽い絶望感を味わっていた。
「あの…とりあえず、よろしくです」
「あ、はい!」
霧矢の言葉に慌てて振り向く魔理は
ペコリと頭を下げるフリをしながらモップレをチラ見する。
そこに書かれた内容を頭に叩き込み、ガバッと顔を上げる。
「えっと、今夜はもう帰らないから!」
「いや住むんだしね」
再び男子が好きな言葉ランキングのセリフを棒読みで言い放つも
食い気味でツッコミを入れられてしまう魔理だが
「そうか、これから一緒に住むんだ」という事実に
くふふ…と笑みがこぼれてしまう。
恋愛ダメダメな自分だが、一緒に住むのならば
いつでも男子のエネルギーを奪い取ることができるだろう。
とんだイージーモードだ。
そんな魔理の思惑とは別に、霧矢は憂鬱そうに肩を落とした。
ちょっとお手洗いに、とリビングを出ていく魔理の後ろ姿を見送りながら
ぼそっと呟く。
「はぁ…変な子だな…。でも血色は良さそうだし
…噛まないとなぁ」
血色の悪い霧矢。
表向きは22歳の彼だが、どうにかこうにか
300年生き続けてきた吸血鬼なのである。
「ヴァンパイアも楽じゃないよ…。何で女子の血じゃないと
ダメなんだろ。男子の血だったらいくらでも飲めるのにな。
4リッター、いや10リッターはいける…!」
そう、このイケメンヴァンパイアは女子が苦手な上に
男子大好きボーイなのである。
しかし女子の血を飲まないと死んでしまう種族のため
苦手意識を克服するべくシェアハウスにやってきたのだ。
「霧矢さん!」
「は、はい?」
ぼーっとしていたら、いつの間にか魔理が戻って来ていた。
そして何やら真剣な表情で霧矢を見つめている。
「…これから私が言う質問に…正直に答えてください」
「え…」
まさか、もう正体がバレてしまったのか?
霧矢は生唾をゴクリと飲み込んだ…!
読んで頂き、ありがとうございます!
濃ゆいキャラクターたちによる青春群像劇の始まりです!
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