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  作者: 口羽龍
第1章 大将
9/81

9

 礼二は悩んでいた。香川を離れて、東京で暮らさなければならない。初めて親と離れて生活しなければならない。そう思うと、本当にやっていけるのか、親がいなくてもやっていけるのかと心配になる。自分はここが好きなのに。


「もうすぐ出発だね」


 礼二は振り向いた。そこには母がいる。母は嬉しそうな表情だ。東京の大学に合格した礼二を誇りに思っている。


「うん・・・」


 母は肩を叩いた。合格したんだから、もっと元気を出して。


「大丈夫? 元気出して?」

「うん」


 礼二が落ち込んでいる理由を、母はわかっていた。ここを離れて生活するのに不安があるんだろう。


「別れるのが悲しいの?」

「もちろんだよ」


 だが、母はわかっている。いつかは別れなければならない。別れを通じて、人は成長していくのだ。上京して独り暮らしをするのは、成長するための糧なのだ。乗り越えなければ、人は成長しない。


「だけど、成長するためには、東京に行かなければならないのよ」

「だけど・・・」


 それでも礼二は落ち込んでいる。先生の命令で東京の大学に受験して、合格した。本当は地元の大学に進学したかったのに。


「頑張ってきなさいよ!」

「わかったよ・・・」


 結局、礼二は東京に行く事を決めた。本当は行きたくないのに。




 それからしばらく経って、礼二はうどん屋に長居して悩んでいた。その様子を俊介は不思議そうに見ていた。何かに悩んでいるような表情だ。とても気になる。悩みを聞いてみようかな?


「どうしたんだい?」


 礼二は振り向いた。そこには俊介がいる。店員が話しかけてくるとは。まさかの展開だ。


「何でもないよ」


 だが、礼二は何も話そうとしない。悩みを話したくないようだ。


「いつまでも悩んでばかりでいたら、始まらないぞ」

「うーん・・・」


 礼二は戸惑った。自分の悩みを言っていいんだろうか? 悩みは家族にしかいいたくない。


「話してみろよ」

「来週の月曜日、東京に行くんだ。東京の大学に進学するんで」


 礼二は来週の月曜日に東京に行くという。それを知った俊介は驚いた。まさか、ここから上京だとは。礼二は財布から岡山から乗る新幹線の切符を出した。琴電で高松築港まで行き、隣接した高松からマリンライナーに乗り岡山に向かう。すでに行き方は知っている。


「そっか。もうすぐ香川を離れちゃうんだな」

「故郷を離れるのが寂しくて」


 だが、成長するためには、豊かさを手に入れるためには東京に行かなければならない。


「そうだったのか。昨日、それで悩んでたのか」

「うん。本当に東京でやっていけるのかなって心配で」


 と、誰かが礼二の肩を叩いた。栄作だ。まさか、栄作がやってくるとは。栄作がやってきているのを、俊介も知らなかった。


「頑張ってみろよ。で、うまくいかなかったら、また帰ってきたらいいから」

「でも・・・」


 栄作は厳しい表情になった。いつまでも親のすねをかじって生きていちゃだめだろう。


「やってみないと始まらないだろ? 人生は何事にも挑戦するもんだ。そして、人は強くなるんだぞ」

「東京に行ってきなよ! きっと成長するからさ!」


 栄作の強い口調に、礼二は東京に行く事を決めた。


「・・・、わかったよ・・・」

「頑張ってこいよ!」

「うん」


 礼二は席を立ち、店を出ていった。その様子を、栄作と従業員は見守っている。




 日曜日、今日もうどん屋は開いている。基本的に毎日営業で、うどんがなくなり次第終了だ。


 そこに、礼二が入ってきた。明日、東京に向かうのだから、食べ納めに来たんだろうか? 礼二の姿を見た俊介は思った。


「いらっしゃい!」

「ひやひやのぶっかけ小で!」


 俊介はすぐに、うどんを湯がいて冷やし、どんぶりに入れ、ぶっかけつゆを入れた。


「はい、どうぞ」


 と、そこに栄作がやって来た。栄作が来ると思ってなかった2人は驚いた。


「おっ、礼二やないか。どうしたんや」

「明日、東京に行くから、行く前の食べ納めとしてきたんだ」


 やはり、食べ納めに来たようだ。冷凍や店で讃岐うどんは食べられるけど、やっぱりここがいいに決まってる。


「そっか。おいしいか?」

「やっぱ池辺さんのうどんはおいしい!」


 ここのうどんが一番うまい。礼二はそう思っている。どうしてかわからない。子供の頃から食べなれているからかもしれないが、どの店よりもここが一番好きだ。


「東京に行っても、この味、忘れるなよ」

「うん!」


 礼二は元気よく答えた。先日、落ち込んでいたのがまるで嘘のようだ。




 翌日、いよいよ出発の時を迎えた。最寄り駅には礼二の両親や池辺うどんの従業員がいる。うどん作りばかりであまり出られない栄作も、今日は来ている。東京へ旅立つのだ。みんなで温かく見送ろう。


 と、つりかけモーターの音が聞こえてきた。高松築港行の電車が駅にやってくる。いよいよ出発の時が迫ってきた。


「いよいよ出発だね」


 それを見て、礼二は改札を抜け、ホームに向かった。すると、彼らはホームの横にある踏切に向かった。ここから見送ろう。


「頑張ってきてね」

「わかったよ」


 礼二は笑みを浮かべている。必ず東京で成長してくる。だから、ここから見守ってほしいな。


「時々電話しろよ!」

「うん!」


 礼二が乗り込むとすぐにドアが閉まり、電車は大きなつりかけモーターの音を響かせて発車していった。すると、彼らは手を振った。吹き抜けの運転室から、礼二は手を振っている。


「さようならー」

「東京でも頑張ってねー!」


 徐々に電車は小さくなっていき、田園地帯の中に消えていった。彼らはその場に立ち、じっと見ている。


「行っちゃった・・・」

「温かく見守ろうよ」

「そうだね」


 そして、彼らは戻っていった。東京に行っても、礼二とはきっとこの空でつながっているはずだ。だから、温かく見守ってやろう。

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