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翌日、薫はいつものように高松製麺で働いていた。先日、香川県の池辺うどんに行った。だけど、また追い出されてしまった。いまだに栄作との縁は切られたままなんだな。でも、それは自分が悪いんだ。自分の罪を受け止めて、前を向いて進まなければ。自分は今、店長として頑張っている。それに関しては、全く悪くないんだ。それが自分の生きる道なんだ。そう思いながら、薫は頑張っていた。
今日もお昼、高松製麺には多くの人がやって来た。そして、夕方になって、また多くの人が屋てきた。仕事帰りにここで食べていこうという人々だろう。彼らは疲れているが、明日がやって来る。明日が休みの人がいれば、休みの人もいる。明日も頑張らなければ。明日はしっかり休まなければ。彼らは様々な想いで夕食を食べているだろう。
そんな中、1人の客が入ってきた。明日香だ。だが、薫はそれを知らなかった。明日香がやってくるとは聞いていなかった。
薫と明日香は天ぷらの並んでいるカウンターで目を合わせた。薫は驚いた。まさか、明日香が来るとは。どうしたんだろう。まさか、池辺うどんに行ったのを聞いて、ここにやって来たんだろうか?
「やっぱり追い出されたんだね」
明日香は、薫が追い出されたのを知っていた。昨夜、栄作から聞いた。先日、香川県に言ったのを聞いたが、やっぱり追い出されたんだな。親子の絆はまだまだ途切れたままなんだな。どうすれば仲直りできるんだろう。もう一生仲直りできないのでは? 明日香は残念そうな表情だ。
「ああ」
薫は下を向いている。また追い出されたからだ。いつになったら実家に戻れるんだろう。そう思うだけで、下を向いてしまう。
「俺はもう香川に帰れないんだな・・・」
それを聞いて、明日香は前を向いた。どうしたんだろう。何か言いたい事があるんだろうか?
「気にしないでよ。ここで頑張ってるでしょ?」
「うん・・・」
だが、薫は元気がない。やっぱりここでやっている人間じゃない。池辺うどんで頑張っているのが一番に決まっている。だって、僕は栄作の息子だから。
「さぁ、頑張ろう!」
「うん!」
明日香は先に進み、会計を済ませた。薫はそんな明日香をじっと見ている。
今日も仕事が終わった。薫は最寄り駅までの道のりを歩いていた。いつまでここで働かなければならないんだろう。僕は香川にいるべきなのに。もうこの風景には飽きてしまった。もっとのどかな、実家のような風景がいいよ。父さん、もう許してくれよ。僕、頑張るから。その願いはいつになったら聞き入れてくれるんだろう。もう一生、僕はこのままなのかな?
薫は帰りの電車の中で、実家の事を思い浮かべていた。家族団らんのあの風景、もう二度と戻れないかもしれないあの風景。思い出すだけで、涙が出そうだ。あの頃に戻りたい、だけど戻れない。そして、故郷は遠く離れてしまった。東京からは全く見えない。
薫は自宅に戻ってきた。だけど、そこには誰もいない。もう何年もこんな自宅だ。いつまでこんな自宅にいるんだろう。つらすぎるよ。薫はリュックをベッドに置くと、そのままベッドに横になった。とても疲れているようだ。
ベッドに横になったその時、電話が鳴った。誰からだろう。薫は受話器を取った。
「はい」
「望です・・・」
望からだ。まさか望から電話がかかってくるとは。こんな夜遅くに何だろう。何か話したい事があるんだろうか? ひょっとして、薫を励まそうと電話をかけてきたんだろうか? ならば、大歓迎だけど。
「望くん・・・」
「大丈夫?」
望は薫を心配しているようだ。先日、池辺うどんを訪ねてきたが、追い出されてしまった。そんな薫を、望はかわいそうだと思っていた。一緒に働きたいのに、栄作が許してくれない。どうすれば一緒に働けるんだろう。
「うん」
声からして大丈夫のように見えるが、望は大丈夫じゃないと思っている。だってあの時、すごくショックを受けて、下を向いて帰っていったから。
「大将に追い出されて、ショックを受けてるんじゃないかと思って」
「大丈夫だよ」
追い出された自分を心配しているとは。望は優しいな。頑固で怖い栄作とは正反対だな。
「そう・・・」
「また帰って、ここで頑張りたいと思ってるの?」
「うん」
どうやら、香川に帰って、池辺うどんで働きたいと思っているようだ。それを聞いて、望はほっとした。どうやら、希望を捨てていないようだ。希望を捨てていなければ、きっと願いはかなうから。池辺うどんで働けると思うから。
「そうなんだ・・・」
「きっと仲直りできて、帰って継げると思うよ!」
望は薫を励ましている。薫はとても嬉しくなった。
「本当? ありがとう」
「これからも頑張ってね!」
「うん!」
電話が切れた。遠く離れていても、望が応援してくれる。そう思うだけで、少し勇気が出てきた。希望を捨てなければ、きっと願いはかなう。絶対に池辺うどんで働ける日が来るはずだ。




