20
早朝、薫は東京駅にいた。今日は東京に行ってみる事にした。だが決してそれは栄作に会うためではない。就職した望を見に行くためだ。望はちゃんと職場で頑張っているんだろうか? 栄作に怒られてはいないだろうか? とても気になるな。だが、不安も半分ある。もし、栄作に見つかったら、あの時のようにまた追い出されるだろう。もう追い出されたくないのに。
薫は東海道新幹線のホームにやって来た。今日も東海道新幹線のホームには多くの人がいる。だが、休日とは違い、ビジネス客が多い。彼らは、自分とは違い、前科がない人がほとんどだろう。彼らは就職した時に何の影響もなかっただろう。まるで自分とは正反対だ。そう思うと、自分がとんでもない事をしてしまった。その過去はどんなに時が経っても消せないだろうな。あの時、やっていなければ、まっすぐな人生だったのに。
薫は東海道新幹線ののぞみに乗って、岡山を目指した。薫は車窓を見ている。いつもの高層ビル群だ。先日、栄作は東京を訪れた。それを見て、栄作は何を感じたんだろうか? ここで薫が働いていると知って、何を思ったんだろうか? そして、ここで働いている明日香とどんな話をしたんだろうか?
薫は最近、驚いたことがもう1つある。安奈の長女、明日香がここで働いていたとは。自分とは違って、何の問題のない人生を歩んできたんだろうな。そして、充実した日々を過ごしているんだろうな。自分とは全く違う。成功の日々を送っているんだろうな。
のぞみは新横浜駅を過ぎると、スピードが一気に上がった。いよいよここから東海道新幹線の本領発揮だ。早く流れる車窓を見ているうちに、薫は眠気に襲われて、いつの間にか眠ってしまった。その中で見るのは、栄作の顔だ。今でも忘れられない。逮捕されたときのあの顔、逮捕されて縁を切られてしまった。もう修復する事のない自分と栄作の絆。それはどうしようもない、一生の後悔だ。それはいつまでも自分の人生につきまとってくる。振り払おうとしても、絶対についてくる。
薫はアナウンスで目を覚ました。あと10分ほどで名古屋駅に着くそうだ。のぞみ号は新横浜駅を出ると、1時間以上停まらない。寝過ごしを防止するためだろうか、名古屋駅の1つ前の三河安城駅を通過した頃に、次の駅の案内がある。それを聴いて、何人かの乗客が起きて、慌てて支度をしている。彼らは名古屋駅で降りると思われる。彼らの中には、家族連れもいて、とても楽しそうだ。自分もこんな家族を持ちたかったな。だけど、前科のある自分には無理だろうな。望は結婚して、子供を設けられるんだろうか? 以前、養子だとわかって別れた事があるらしいが、今度は大丈夫だろうか? 薫は望がどんな人生を歩むのか気になった。
のぞみは京都駅にやって来た。車窓からは多くのお寺が見える。今日も京都駅は多くの外国人観光客が訪れている。この教徒は、外国人観光客にも人気の観光都市だ。ふと、薫は思った。外国人観光客は京都のどこが好きで、訪れたくなるんだろうか? 日本が古来から持っている、美しさに惹かれるんだろうか? それとも、また別の理由でもあるんだろうか? 薫にはわからない。
のぞみは新大阪駅にやって来た。新大阪駅で乗客がぐっと減った。ここからは山陽新幹線だ。薫は大阪の風景をじっと見ていた。あの頃とあまり変わらない。いつか、大阪にまた行きたいな。乗客の中には、これから大阪を観光すると思われるグループ客が何人かいる。彼らはとても楽しそうだ。自分もその中に入れたらいいのに。
のぞみは新神戸駅にやって来た。新神戸駅は山のふもとにある駅だ。そして、両端をトンネルで挟まれている。昔は通過する電車もあったが、今は全ての電車が停まる駅になった。薫は1995年1月17日に起こった、阪神・淡路大震災の事を思い出した。あの時は多くの犠牲者が出て、その人のためにボランティアがやって来たという。その中には、栄作の姿もあった。栄作がうどんを作って、子供たちに笑顔を与えているのを見て、栄作の偉大さがわかった。そして、あんな事をしていなければ、自分はここで栄作と一緒にボランティアをしていたんじゃないかと思った。
のぞみは岡山駅にやって来た。ここからは在来線に乗り換えだ。快速マリンライナーに乗って、高松まで行き、そこから琴電で滝宮駅を目指す。先日と一緒だ。岡山駅でも多くの乗客が降りた。その中に、薫の姿もあった。
薫は乗り換え改札を抜けて、瀬戸大橋線のホームに進んでいく。2階建ての指定席があるが、今回は特別料金のいらない普通席に座る事にした。たまにはこれもいいだろうと思ったからだ。
瀬戸大橋線のホームにやって来ると、そこには快速マリンライナーが停まっている。この電車に乗れば、四国に行けるんだ。そう思うと、楽しみと思う反面、父に出会ったらどうしようという恐怖も感じる。薫は少々戸惑っている。本当に乗っていいんだろうか? また追い出されないだろうか? そう思いつつ、薫は快速マリンライナーに乗り込んだ。