14
翌朝、栄作は明日香の部屋で目を覚ました。酒を飲んで、そのままテーブルで寝ていたようだ。明日香がかけたのだろう、毛布がかかっている。明日香は朝食を作っている。いつもはカップみそ汁なのに、栄作がやって来たという事で、今日は手作りのようだ。みそ汁のいいにおいがする。朝のみそ汁なんて、何日ぶりだろう。深夜に起きて、うどんの仕込みをする毎日だ。その合間に朝食のパンを食べている。仕事が休みの日は荒谷家で一緒に朝食を食べるが、その時はみそ汁とごはんだ。
明日香はみそ汁とごはんを持ってきた。明日香はとても優しそうだ。これはいい嫁になれるだろうな。栄作は明日香に期待していた。
栄作は朝食を食べ始めた。とてもおいしい。料理は違うとはいえ、やはりうどん屋で働いている両親の娘だ。やはり料理には自信があるようだ。
栄作は食べ終え、歯を磨くと、すぐに家を出ていった。今日は香川に戻る日だ。帰りは寝台特急のサンライズ瀬戸で帰る。すでに部屋を予約している。思えば、以前東京に行った時には、ブルートレインだったな。最初に行った頃は、瀬戸大橋がなくて、宇野から特急瀬戸に乗ったっけ。瀬戸大橋ができると、ブルートレイン瀬戸は高松まで乗り入れるようになり、高松から乗り換えなしで東京に行けるようになった。東京は近くなったものだ。だけど、薫がいるから、もう行きたくないな。それに、自分には自分の仕事がある。それに集中しなければ。
栄作は浅草寺にやって来た。浅草寺は以前行った時と変わっていない。多くの外国人観光客が訪れていて、とても賑わっている。今回もお参りしていこう。これからも、うどん職人として頑張れるように。そして、望が立派は後継者になれるように。
栄作は浅草寺の本堂にやって来て、お参りをした。本堂には多くの人がいて、お参りをしている。ふと、栄作は思った。薫もここでお参りした事があるんだろうか? その時にどんな願をかけたんだろうか? 香川に戻りたいという願いだろうか? 帰ってきてほしくないんだがな。目の前にいたら、ぶっ飛ばしたいと思っているんだけどな。
次に栄作がやって来たのは、柴又だ。ここは映画『男はつらいよ』の舞台だ。男はつらいよは全作見た。後悔されるやいなや、休みの日を狙って映画館で見たものだ。そんな男はつらいよは、1996年の渥美清の死去によって、シリーズは48作で終わってしまった。渥美清は死後、国民栄誉賞を授与されたという。
柴又も多くの人で賑わっている。多くは寅さん狙いの観光客だ。この辺りには団子屋が多い。おそらく、寅さんの実家が団子屋だからだろう。あそこの草団子はとてもおいしかったな。また食べたいな。
栄作は草団子を買い、食べた。薫はそれを食べた事があるんだろうか? 高松製麺は基本、休みがないだろうけど、休みがあれば、ここに行っているんだろうか?
その夜、栄作は新橋にいた。旅のしめは新橋で飲もう。ここでやきとんを食べて、東京旅行を振り返ろう。東京には行こうと思わなかった。だが、薫がここで働いていると知って、ここにやって来た。だが、会いたくて行ったんじゃない。もうここに帰って来るなとくぎを刺すために東京にやって来た。そしてそのついでに、明日香に会っただけだ。あんまり楽しくなかったし、また行きたいとは思わない。
栄作はやきとんを食べながら、薫との日々を思い出していた。薫の事はもう忘れたい。そして、明るく生きたい。だけど、薫の事を忘れる事ができない。どうすればいいんだろう。答えが見つからない。忘れるために、酒を飲む。こんなに飲んだのは、何年ぶりだろう。栄作はあんまり酒を飲まない。
栄作は東京駅にやって来た。夜の東京駅は変わった。あれだけあったブルートレインは少なくなった。新幹線や高速バスの台頭で徐々に削減されたのだ。中には、多層建てのブルートレインもできた。乗客が減り、両数が減り、本数が減った。ブルートレインは、時代の流れの中で消えていくんだろうか? 多くのブルートレインが発着していたあの頃が懐かしい。あの頃に戻りたい。だけど、もう戻れない。
「もう帰るか・・・」
しばらく待っていると、サンライズ瀬戸・出雲がやって来た。サンライズ瀬戸・出雲は多層建ての寝台特急で、岡山で切り離し、瀬戸は高松に、出雲は出雲市へ向かう。使用する車両は285系で、JRになって作られた寝台電車だ。ブルートレインとかけ離れたカラーリングで、異彩を放っている。
栄作はサンライズ瀬戸に乗った。車内にはそこそこ利用客がいる。彼らは高松に行き、讃岐うどんを食べるんだろうか? それとも、途中の停車駅で降りるんだろうか? 栄作は彼らの行き先が気になった。
サンライズ瀬戸・出雲は東京駅を出発した。サンライズ瀬戸・出雲は東京の夜景の中を走る。そして、山手線、京浜東北線、東海道線の電車と並走しつつ、大阪へ向かっていく。東京の夜景は、依然と比べて多くなっている。東京はこんなに変わったんだ。栄作は東京の変わりように驚いていた。
栄作は指定された部屋に入り、東京旅行を振り返っていた。薫は高松製麺で頑張っている。だけど、もうここに帰って来るな。一生ここで頑張っていろ。自分には望という、信頼できる後継者がいる。お前のいる場所ではない。