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  作者: 口羽龍
第4章 養子と実子
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10

 それは、今から20年あまり前の事だった。栄作はいつものようにうどん屋を閉めていた。そして、明日に備えて寝ようとしていた。もう何年もこれを続けてきた。薫は修行のために東京に向かった。きっと東京で成長して、ここに帰って来るだろうな。そして、自分以上に素晴らしいうどんを作ってくれるだろうな。栄作は薫の将来に期待していた。


「今日も疲れたな」


 栄作は自宅に戻ってきた。だが、そこには誰もいない。妻に先立たれて、薫は東京に行った。だが、直に薫は戻ってくるだろう。そして、寂しくなくなるだろう。その時を待つしかない。


 突然、電話が鳴った。こんな時間に電話とは珍しいな。誰からだろう。栄作は電話を取った。


「はい、池辺です」

「池辺栄作さんですか?」


 電話の主は、男性のようだ。聞いた事のない声だ。オフィスの雑音が聞こえる。誰だろう。栄作は疑問に思った。


「はい」

「お宅の薫さんが、婦女暴行で逮捕されまして」


 それを聞いて、栄作は呆然となった。薫がまさかこんな事をやったとは。あんなに優しくて、親思いの薫が。栄作は信じられなかった。そして、それとともに怒りが募ってきた。どうしてそんな息子になったのか、聞きたいぐらいだ。


「そ、そんな・・・」

「本人は反省しているようです」


 電話の主は栄作を安心させようとした。だが、栄作の表情は変わらない。薫が許せないようだ。あんなに期待していたのに、こんな事をやってしまったとは。あんな息子、もう帰って来るなと言いたい。


「どうしました?」

「もう聞きたくないわ!」


 怒った声を聞いて、電話の主は震えあがった。かなり怒っているようだ。もう何も言わないようにしよう。


 電話が切れた。それとともに、栄作は玄関にあった薫の靴を蹴飛ばした。薫があまりにも許せないようだ。あれほど愛情を注いだのに、こんな事をしてしまった。薫なんか、もう俺の息子じゃない。縁を切らせてもらう。


「あのアホ・・・」


 その日から、栄作と薫の絆は途切れてしまった。




 快速マリンライナーは茶屋町駅から宇野線に入った。宇野線は岡山と宇野を結ぶ路線で、今も昔も本州と四国を結ぶ路線として活躍している。だが、今ではその機能は岡山と茶屋町の間だけで、茶屋町と宇野の間はローカル線になってしまった。単線で、交換駅はとても長い。これは長編成が行き交っていたからで、瀬戸大橋を通る本四備讃線ができてからは、短編成の電車が行き来するのみとなった。


 快速マリンライナーは途中での行き違いを繰り返しながら、岡山駅を目指していた。徐々に乗客が増えていく。徐々に岡山駅が近づいてきた証拠だ。岡山駅が近づくたび、薫の事を思い出した。もう会いたくないと言っていたが、東京でこんな事をしていると聞いたら、行かなければ。そして、後を継がせないと言っておかないと。


 快速マリンライナーは終点の岡山駅にやって来た。岡山駅には様々な電車が乗り入れている。岡山と高知を結ぶ特急南風、山陽本線の電車、伯備線の電車、吉備線の電車が見える。そして、向こうの高架線には新幹線もある。岡山はまるで都会だ。だが、東京駅はもっと広い。そう思うと、岡山はまだまだだなと思う。


 栄作は山陽新幹線に乗り換えた。山陽新幹線は長い16両もあれば、短い4両、6両もある。16両の長い新幹線は、東京まで走っている。栄作が乗るのは、その中で一番速いのぞみだ。


 栄作は車内に入った。車内はそこそこ人が入っている。その中には家族連れもいる。彼らは楽しそうだ。それを見て、栄作は薫の少年時代を思い出していた。あの頃はとてもかわいかったな。なのに、こんな事をやってしまった。誰がそんな事をするなんて、予想できたんだろうか? いや、誰も予想できなかっただろう。


 のぞみは岡山駅を後にした。のぞみはあっという間に加速していく。だが、栄作は車窓に全く興味がないようで、じっとしている。のぞみの中にも、多くの家族連れがいる。彼らも楽しそうだ。栄作は仕事が忙しくて、そんなに旅行に行っていない。薫もまたそうで、あんまり旅行に行った事がない。全く休みの取れない自分に問題があるのはわかっている。だが、そういう仕事なんだ。みんなのためにうどんを作る仕事なんだ。だから、旅行なんて行く気になれないし、行く時間が取れない。


 のぞみは長いトンネルを抜け、新神戸駅に着いた。新神戸駅は山のふもとにあり、神戸市へ行く多くの人が乗り降りする。ここから見える神戸の景色を見て、栄作は阪神・淡路大震災を思い出した。香川でもけっこう揺れた。あの時は被災した人々のためにうどんを送ったっけ。あの時おいしそうに食べていた人々は、どうしているんだろうか? 今も元気だろうか? とても気になるな。


 新神戸駅を出ると、再びトンネルに入った。トンネルを抜けると、そこには大都会が見える。大阪だ。大阪は妻と新婚旅行に行った思い出の場所だ。また行きたいなと思ったが、結局仕事ばかりで行っていない。あれから大阪はどうなったんだろう。また行きたいな。

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