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  作者: 口羽龍
第4章 養子と実子
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9

 翌朝、栄作は家を出発して、滝宮駅に向かっていた。今日は東京に向かおう。単に旅行をしようと思ったからではない。薫がセルフうどんチェーンの高松製麺の店長だと聞いて、会いたいと思ったからだ。すでに縁は切っているのに、うちを継ごうと思っているんだろうか? もしそうなら、継がせない、ここに帰って来るなと言って、くぎを刺しておかないといけない。お前がここに戻ってきたら、悪いイメージが出るだろうから。


 栄作は滝宮駅にやって来た。早朝の滝宮駅は静かだ。あと1時間ぐらいしたら、通勤ラッシュに入って、多くの人でごった返すと思われる。だが、自分はそれとは無関係だ。ここで頑張り、やってくる人々のためにさぬきうどんを作る日々。つまらないと思う人もいるかもしれないけれど、それは自分が受け継いでいる歴史なんだ。自分はそれを誇りにしている。


 滝宮駅に高松築港行きの電車がやって来た。あんまり乗っていない栄作は、電車の変わりように驚いた。10年前に比べて、電車は新しくなり、モーター音が静かになった。色も赤とクリームから白と黄色になった。こんなに変わったんだな。栄作は呆然としていた。


 栄作は電車に乗った。電車に乗っている人々はまばらだ。まだまだ朝のラッシュではない。おそらく、朝早くから仕事をする人々だろう。彼らはとても疲れているようで、中には寝ている人もいる。だが、栄作は普通の表情だ。いつも深夜の3時からうどんの仕込みをしていて、こんな時間から起きるのは常識に近い。なので栄作は眠くないようだ。


 電車は朝の田園地帯を走っていく。相変わらず揺れは激しいが、以前の電車に比べたらそんなに激しくない。だが、栄作はそんなのを全く気にしない。気にしているのは、薫の事だ。


 電車は瓦町駅にやって来た。栄作は若いころ、今は亡き妻とこの辺りでデートをしていたし、薫とよく行ったものだ。だが、あの時と比べて瓦町駅は変わってしまった。志度線のホームは見えなくなり、十角形のレトロな駅舎は高いデパートになった。仕事ばかりで、この辺りの事は全くわからない。瓦町もこんなに変わるなんて。栄作は瓦町駅の変わりようにただただ驚いていた。


 電車は終点の高松築港駅にやって来た。ここからJRの高松駅までは徒歩だ。そこまでの道は、瀬戸大橋ができる前と比べて大きく変わった。瀬戸大橋ができて、こんなに変わったんだな。瀬戸大橋ができて、四国は身近なものになった。道路の整備が進んだ。それによって、JR四国の電車も様変わりした。宇野とを結ぶ船は少なくなった。


 栄作はJRの高松駅にやって来た。岡山へはここから快速マリンライナーに乗って岡山に向かう。快速マリンライナーが宇高連絡船に代わる新しい交通手段だ。マリンライナーは高松寄りの1両が2階建てだ。今回、栄作は2階のグリーン車を取った。これで岡山駅に向かい、新幹線で東京に向かう。薫もこれに乗って東京に向かったんだろうな。今の車両とは違うけど。


 栄作は快速マリンライナーに乗った。快速マリンライナーには多くの人が乗っているが、そのほとんどが前の4両、特別料金のいらない自由席に乗っている。グリーン車には何人かの人がいるが、彼らは旅行客のようだ。とても静かだ。


 快速マリンライナーは高松駅を発車した。目指すは本州の岡山駅だ。瀬戸大橋が開業し、瀬戸大橋を渡る最初の営業列車、快速マリンライナー2号が瀬戸大橋を渡った時、日本列島は2本のレールで結ばれた。その時は感動的だっただろうな。栄作は時代の流れに驚いていた。


 やがて、快速マリンライナーは瀬戸大橋に差し掛かった。栄作は瀬戸大橋から見る瀬戸内海をじっと見ていた。こんな景色で瀬戸内海を見るのは初めてだ。薫もこんな風景を見ていたんだろうな。その時は、自分が婦女暴行事件で逮捕されるとなんて思っていなかっただろうな。高松に帰って、栄作と一緒に働こうと思っていただろうな。


 快速マリンライナーは瀬戸大橋を渡ると、トンネルに入った。ここに並行して、下津井電鉄が走っていた。栄作はそれに乗った事がある。その頃には、日本に残る数少ない軽便鉄道として話題になっていた。だが、下津井電鉄はモータリゼーションの影響で赤字続きで、バスで赤字を補填していた。児島と下津井の間を走っていたが、栄作が乗る以前は宇野線の茶屋町駅まで延びていたという。そんな下津井電鉄は瀬戸大橋の開通を機に観光鉄道になろうと思い、児島駅を改築し、メリーベル号という新型車両も作った。だが、ブームは過ぎ去り、下津井電鉄は廃止になってしまった。また乗りたかったのに、廃止になってしまった。その投資は、本当によかったんだろうかと思えてくる。


 快速マリンライナーは茶屋町駅から宇野線に入った。宇高連絡船があった頃の茶屋町駅は、地上にあった。だが、瀬戸大橋を通る本四備讃線の開業で高架駅になった。それだけではない。宇野線の茶屋町駅から宇野駅にかけては、ローカル線になってしまった。宇野駅には様々な電車が行きかった。急行もやって来た。そして、寝台特急瀬戸もやって来たという。だが、それらは本四備讃線の開業で寝台特急瀬戸は瀬戸大橋を渡って高松発着になった。そして、大きな駅舎だった宇野駅は小さくなってしまったという。瀬戸大橋によって、得られるものもあれば、失われるものもあるんだな。栄作は瀬戸大橋が与えた影響を考えていた。


 そして、栄作はもう1つ考えている事がある。薫の事だ。どうして薫はこんな大人になってしまったんだろう。自分は愛情をもって育てたはずなのに、自分の育て方に問題はなかったはずなのに。


「薫・・・」


 栄作は、薫が逮捕された時の事を思い出していた。あの時は、いつまでたっても忘れられない。

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