8
それから数日後の事だった。望は入社に向けて心の準備をしていた。これから自分は本格的に後を継ぐための修行に入る。いろいろ大変だろうけど、頑張らなければ。そして、栄作に認められるようにならなければ。そうしなければ、池辺うどんは人気ではなくなってくる。
「おやすみ」
望は驚いた。今日はどうしたんだろう。俊介が寝るのが早い。まだ夕方だ。何があったんだろう。まさか、栄作が休むんだろうか? 体調が悪いんだろうか? それとも、何か理由があるんだろうか?
「あれっ、どうして早いの?」
「大将がちょっと出かけるって聞いたから」
「えっ!? どうしたの?」
出かける? 何かあったんだろうか? まさか、東京に行きたいんだろうか? 東京には絶縁状態にある薫がいるのに。明日香に会いたいと思ったんだろうか? それとも、何か別の理由があるんだろうか?
「まさか、僕が大将の本当の息子に会ったのを知って、会いに行くのかなと思って」
俊介にしか言っていなかったが、栄作は聞いていたのかな? それで、東京の薫に会おうと思ったんだろうか? 絶縁状態なのに、どうして行こうと思ったんだろうか? まさか、高松製麺の店長だと知って、会おうと思って東京に向かったんだろうか?
「まさか・・・」
話してばかりいたらだめだ。早く寝ないと。
「まぁ、もう寝るからね。おやすみ」
「おやすみ」
俊介は家に戻っていった。望は後姿を見ている。まさか、栄作が陰で聞いていたんだろうか?
「どうしたの?」
望は振り向いた。そこには栄作がいる。今さっきの話を聞いていたんだろうか? いけない事を言ってしまったような気がして、望はびくびくした。
「大将の本当の息子って、知ってる?」
「薫?」
それを聞いた時、栄作の表情が変わった。今でもその名前を聞くのが嫌いなのだろう。それを聞くだけで、頭にくると思われる。それほど嫌いな息子なのだろう。
「ああ」
「東京に行った時、会ってしまったんだ」
望は申し訳ない気持ちでいっぱいだ。栄作がもう会いたくないと思っている薫に、東京で会ってしまった。本当にいいんだろうか?
「そうか。今、何してた?」
「セルフうどんチェーンの高松製麺の店長」
やっぱりそうなのか。出所して、ここで頑張っているとは。やはり私の息子。刑務所にいたとはいえ、自分の息子だ。実力はあるな。
「そうなんだ・・・」
だが、栄作は決めている。こいつに継がせたくない。もうあの時で縁を切っている。あいつに継がせたら、イメージが悪くなるだけだ。もう香川県に帰って来るな。一生東京にいろ。
「中学校の修学旅行で東京に行った時、偶然会ったらしいんだけど、僕は全く気付かなかった。で、先日、あの店にまた行ったら、会って実際に話をしたんだよ」
中学校の修学旅行でも会っていたのか。たまたま入った高松製麺に薫が勤めていたとは。何という偶然だろうか?
栄作は寝室に向かった。やはりあの事を聞いていたようだ。どうしよう。また栄作の機嫌を悪くしてしまった。望は下を向いてしまった。
望は考えていた。薫が逮捕された時、栄作はどんな気持ちだったんだろう。信じられないような表情だっただろう。ここまで愛情をもって育ててきた薫が、こんな事をやってしまうなんて。あまりにもショッキングだっただろうな。もう会いたくないと思っただろうな。
「大将は、薫さんが高松製麺で働いてるっての、知ったのかな?」
望は振り向いた。俊作がいる。俊介がいつもより早く寝たので、何があったんだろうと思い、望のもとにやって来た。まさか、栄作が東京に行くとは。俊介にその理由を聞いたところ、望が東京に行った時に薫に会い、高松製麺で働いていると聞いたので、会いに行こうと思ったらしい。
「そうなんだ。でも、もう大将は許してくれないだろうな」
だが、俊作は思っている。栄作は頑固な性格だ。もう会いたくないと言っている。絶縁状態だ。どんなに頑張っても、継げないだろう。そして、一生東京にいるだろうな。自分的には、また香川県に戻って、池辺うどんで働いてほしいと思っているけれど。
「だろうな。でも薫さん、継ぎたいと思ってるみたいだよ」
望もそう思っている。栄作は許してくれないだろうな。でも、望も俊作の想いに同感だ。ここに戻って、一緒に働いてほしい。
「本当に?」
「うん。大将と仲直りして、一緒にやってくれないかな?」
2人とも願っていた。栄作と薫が仲直りして、一緒に頑張る姿が見たいと。だが、そうはいかないだろうな。
「僕もそう思ってるよ。でも、大将は頑固だからね」
「ああ。本当にできるのかなと思ってしまうよ」
俊作はあくびをした。もう寝る時間だ。考えてばかりいたら、寝るのが遅くなる。明日も仕事なのに、遅くまで起きていたら体に毒だ。早く寝よう。
「うーん・・・。もう寝よう。考えないようにしよう」
「うん。おやすみ」
「おやすみ」
俊作は部屋を出ていった。望は夜空を見ている。今頃、薫はどんな想いで同じ空を見ているんだろうか? また継ぎたいと思って空を見ているんだろうか?