表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
  作者: 口羽龍
第4章 養子と実子
70/87

5

 明日香と別れた望は、思い出のうどん屋に向かっていた。中学校の修学旅行で食べた高松製麺だ。もう一度食べたいなと思ったからだ。街を行く人々はみんな楽しそうだ。自分もそんな風に都会で過ごしたいな。だけど、店を継がなければならない。だからここに住めない。


 望は高松製麺の前にやって来た。それは、あの時と同じ場所にある。懐かしいと望は思った。ここで食べたうどん、どこか栄作を思わせる味だ。どうしてだったんだろう。


「今夜はここで食べよう」


 望は高松製麺にやって来た。行列はそんなにできていない。今は混んでいないようだ。望はかけうどんを注文した。いろいろあるけど、やっぱりシンプルなかけうどんが一番だな。


 望は会計を済ませると、カウンター席でうどんを食べ始めた。修学旅行ではテーブル席だったが、今回はカウンター席だ。


「思い出すなー、ここで食べた讃岐うどん、なかなかおいしかったな」


 と、望のもとに1人の店員がやって来た。男は真剣な表情だ。だが、望は気づいていない。


「ねぇ」


 望は振り向いた。そこには店員がいる。店員は緊張している。どうしたんだろう。


「えっ!?」

「君、なんて言うの?」


 望は少し戸惑った。初めて会うのに、どうして名前を聞くんだろう。僕は何かをやってしまったのかな?


「池辺望ですけど」

「修学旅行で、ここに来たでしょ?」


 望は驚いた。まさか、あの時来た事を覚えているとは。望は少し嬉しくなった。


「来ましたけど、どうして覚えてるんですか?」

「あの時やって来て、気になったので」


 だが、望は思った。どうして気になったのか。自分は普通の男なのに。


「どうして気になったんですか?」

「・・・、俺の名前は、池辺薫」


 名前を聞いて、望はハッとなった。薫って、まさか、栄作の本当の息子なのか? 婦女暴行事件で逮捕され、栄作とは絶縁状態にある、薫なのか?


「薫って・・・」

「知ってるのか?」


 薫は思った。自分の事を知っているとは。まさか、栄作から自分の事を言われたのか?


「大将の本当の息子」


 やっぱり知っていたようだ。でも、どうしてこの子は池辺という名字なんだろうか? ただの偶然だろうか? それとも、自分の異母兄弟だろうか?


「じゃあ、君は誰なの?」

「大将の養子。僕が赤ん坊の頃に拾ったんだって」


 栄作に養子がいたとは。自分が逮捕された後に、子供を拾っていたとは。だから池辺という名字なんだな。


「そうだったのか・・・」


 薫は浮かれない表情だ。栄作の事が気になった。栄作は今でも怒っているんだろうか? まだ許さないと思っているんだろうか?


「どうしたの?」

「俺の事、知ってるか?」


 薫は思った。望は自分がとんでもない事をしたのを知っているんだろうか? そのせいで、絶縁状態にあるのを知っているんだろうか?


「・・・、聞いた事があります・・・」

「そうか。全てを話そう。俺は確かに大将の息子だった。高校を卒業して、東京の大学に進み、卒業したら香川県に帰るつもりだった。だが、婦女暴行事件を起こして、逮捕されてしまった。それ以来、父さんとは絶縁状態なんだ」


 そんな過去があったのか。だから、栄作とは離ればなれなんだな。すでに出所していて、ここで働いているんだな。将来、店を継ぎたいと思っているんだろうか?


「そ、そうなんだ・・・」

「俺、いつか継ぎたいと思ってるんだが、もう無理だよな・・・。縁を切られたんだもん・・・」


 薫は泣きそうになった。どんなに頑張っても、過去が尾を引いて、どんなに頑張っても継ぐことはできないんだろうな。きっと、この子が後継ぎになるんだろうな。


「そんな事があったんだ・・・」


 ふと、薫は気になった。栄作は元気なんだろうか? 荒谷夫婦とその子供たちは元気なんだろうか?


「なぁ、父さん、元気にしてる?」

「うん」


 元気にしているのか。栄作の事を考えると、また会いたくなってくる。だが、もう縁を切られているから、追い出されるだろうな。


「将来、何になりたいと思ってるの?」

「大将の跡を継ぐ」


 やっぱり跡を継ぎたいと思っているんだな。ぜひ、望には頑張ってほしいな。そして、いつか大将と言われるまでに成長してほしいな。


「そっか。君、テレビ番組に映ってたよね」

「見たの?」


 望は驚いた。まさか、薫があのテレビを見ていたとは。どういう想いであのテレビを見ていたんだろうか? また帰りたいと思ったんだろうか?


「うん。僕も継ぎたいと思ってるけど、もう無理だよね」


 と、望は薫の肩を叩いた。急に何だろう。薫は驚いた。


「あきらめないで! きっとまた帰れるって」

「本当かな?」

「うん。信じて!」


 すると、薫は少し笑みを浮かべた。少し勇気がわいてきたようだ。あきらめないでほしいな。


「わかった」


 ふと、薫は思った。今日はこの子と一緒に夜を過ごさないかな? そして、これまでの人生を語り合いたいな。


「あのー」

「どうした?」


 何か言いたい事があるんだろうか? 望は顔を上げた。


「うち、寄ってかない?」


 望は少し戸惑った。本当に寄って行っていいんだろうか? 栄作に怒られないだろうか?


「いいけど。帰るのはあさってだから」

「ありがとう」


 とても急な事だが、望は今夜、薫の家に寄る事になった。どんな部屋で暮らしているんだろう。とても気になるな。




 望と薫は薫の自宅にやって来た。そこは少し古いアパートだ。何年ここに住んでいるんだろう。出所してからずっとここに住んでいるんだろうか? 栄作の実子がまさかここで頑張っているとは。誰が想像しただろう。


「ここに住んでるんだね」

「うん」


 望はこれまでの日々を語った。栄作の息子だと思った日、初めてうどん作りに興味を持った日、栄作の養子だとわかった日、どれも印象に残っているけれど、やはり自分が養子だとわかった時が印象に残っているな。だけど、ここまで育ててくれた栄作こそ父親にふさわしいと思っている。


 ふと、薫は思った。また故郷に戻ってうどんを作りたい、後を継ぎたい。でも、栄作は反対しているだろうな。


「どうしたの?」

「あの頃に戻りたいよと思って」


 望には、薫の気持ちがわかった。過去の罪はいいから、また故郷で頑張りたいんだな。そして、店を継ぎたいんだな。


「故郷が恋しいの?」

「うん・・・」


 突然、望は薫の肩を叩いた。薫は顔を上げた。


「大丈夫。絶対に戻れるから」

「ありがとう」


 望は時計を見た。そろそろホテルに戻らないと。終電がある。


「じゃあ、帰るからね」


 薫は望の後ろ姿を見ていた。薫は今だに驚いていた。栄作には養子がいるんだな。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ