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  作者: 口羽龍
第1章 大将
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7

 ある冬の深夜、栄作の家の明かりがついた。栄作の1日は夜が明けきらない内に始まる。うどんの仕込みは3時から始まるのだ。望が栄作の養子であるにもかかわらず、荒谷家が世話をしているのは、時間が合わなくて全く世話ができないからだ。


 栄作は暗い製麺所の扉を開いた。製麺所には誰もいない。だが、栄作は普通だと思っている。自分はいつも早くから仕込みをしているからだ。


「さて、今日もうどんを作るか」


 栄作は作業場の明かりをつけた。だが、食堂の部分は暗いままだ。外は寒い。だが、栄作は全く気にしていない。いつもの事だ。


 と、栄作はある事に気が付いた。向かいの村井さん家の明かりがついている。こんな夜遅くに何をしているんだろう。電気の消し忘れだろうか? それとも、夜遅くまで何かの作業をしているんだろうか?


「あれ? まだ電気がついてるな。どうしたんだろう」


 だが、栄作は気にする事なく作業場に入った。うどんを作る事が何より優先だ。明日も多くの人がうどんを待っている。


「まぁいいか。今日も作ろう」


 栄作は入り口の扉を閉め、鍵を閉めて、いつものように作業を始めた。




 夜が明けて、また営業が始まった。今日も何人かの行列ができている。いつものうどん屋の日々だ。


 しばらくすると、村井さん家の奥さんがやって来た。奥さんは1週間に数回、ここのうどんを食べに来るという。


「いらっしゃい!」

「ひやのかけ並で」


 奥さんはかけうどんができるのを待っていた。その様子を、栄作は見ている。あの奥さんは、昨日の明かりの事を知っているんだろうか?


「ひやかけ並一丁!」

「どうぞ」


 奥さんはうどんを取ると、その先のカウンターでえび天とちくわ天を取る。と、そこに栄作がやって来た。普段は奥の作業場にいるのに、どうしたんだろう。奥さんは戸惑っている。


「最近、夜遅くまで明かりがついてるんだけど、何かあったの?」

「ああ。息子が大学受験でね」


 栄作は驚いた。村井さん家には礼二れいじ1人の息子がいると聞いたが、この子が大学受験だとは。一体、どこに行くんだろうか?


「そうなんだ。頑張ってほしいね。で、どこの大学に行くんだい?」

「ああ。東京の大学」


 栄作は驚いた。薫も東京の大学に進んだ。東京に行くのはいいが、悪い大人になってほしくないな。豊かさを手に入れて、大きく成長して、いつかここに帰ってきてほしいものだ。昨日、明かりがついていたのは、夜遅くまで受験勉強をしていたからなんだ。


「そうなの? 頑張ってほしいね」

「うん。だから、夜遅くまで勉強をしてるんだよ」

「へぇ」


 栄作は高卒で、大学には進学せずに父の後継ぎとしてうどんを作り始めた。大学とは無縁だ。薫は栄作を超えようと思って、大学に進んだという。




 その夜、栄作は考えていた。夜遅くまで受験勉強をしている礼二のために何かできないだろうか?


「あの子、東京の大学に受験なのか」

「すごいわね」


 俊介も感心している。あの子は決して成績が良くないのに、まさか東京に行くとは。東京に行っても、香川の事を、そして讃岐うどんの味を忘れないでほしいな。


「うん。納得するわ」

「あの子のために、何とかできないかしら? ねぇ大将」


 安奈も礼二を何かで励ましたいと思っていた。だけど、何をしようか思いつかない。


「うーん・・・、鍋焼きうどん作るように勧めようか」


 安奈は、高校受験の時に夜食として鍋焼きうどんを作ってもらった思い出がある。あたたかくて、ほっとする味だった。きっと礼二も気にいるかもしれない。


「そうだね。受験にはやっぱりこれだよね。俺も高校受験の時はお母さんが作ってくれたよな」


 栄作も高校受験の頃に作ってもらった。父の手作りうどんで作った鍋焼きうどんはとてもおいしかったな。


「確かに。今度来た時、進めてみようよ」

「うん」


 栄作は思った。今度、奥さんが来た時に、鍋焼きうどんを進めてみようかな?




 それから数日後、奥さんがやって来た。その様子を、栄作は見ていた。鍋焼きうどんを勧めてみようかな?


「いらっしゃい!」

「ひやのかけ並で」


 奥さんはいつものようにかけうどんを注文した。ぶっかけも釜玉もあるけど、シンプルなだしのかけうどんが一番だな。


「ひやのかけ並一丁!」


 俊介はすぐにかけうどんを出した。


「どうぞ」

「すいません」


 かけうどんを取ると、奥さんはカウンターに進んだ。今日はかき揚げを取っていった。


 会計を済ませた奥さんは、うどんを食べ始めた。と、そこに俊介がやって来た。従業員がどうしたんだろう。奥さんは首をかしげた。


「あら、荒谷さんどうしたの?」

「お宅のお子さん、受験なの?」

「うん」


 奥さんは認めた。この冬が勝負時だ。冬の頑張りが受験に生きてくるだろう。


「じゃあ、鍋焼きうどん作ったらどう?」

「あっ、そうだね」


 奥さんは驚いた。その手があったか。そういえば、私も高校受験で夜食の鍋焼きうどんを食べたな。今でのその味は忘れられない。


「うちのうどん、お持ち帰りできるから、買ったらどうだい?」


 この店のうどんは持ち帰る事ができて、自分好みに作って食べる事ができた。最近では宅急便での注文も増えたという。生で、賞味期限が早いが、コシの強い本場の讃岐うどんが食べられるので好評だ。


「いいね。じゃあ、買っていこう」


 奥さんは帰りにうどんを買っていき、礼二のために鍋焼きうどんを作ろうと思った。




 その夜、礼二はいつものように受験勉強をしていた。今年の夏から始めた受験勉強、もっと頑張らなければ、東京の大学には行けないだろう。親元を離れるのはつらいが、行かなければ、自分は成長できないだろう。


「礼二、疲れたでしょ? 鍋焼きうどん、作ってやったから、食べて?」


 礼二は振り向いた。そこには母がいる。母は土鍋を持っている。うどんのだしのにおいがする。


「ありがとう」


 礼二は問題集を横にやり、うどんを食べ始めた。頑張らなければいけないけど、ここは少し一休みだ。礼二は鍋焼きうどんを食べ始めた。とてもおいしい。


「おいしいでしょ?」

「うん」


 礼二は嬉しそうだ。まさか、鍋焼きうどんを食べられるとは。


「これ食べて、受験頑張ってね」

「わかった。頑張るよ」


 礼二は決意した。母がこんなにも応援している。母のためにも、受験を頑張らないと。

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