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望は楽しい高校生活を送り、卒業した。大学に進む子もいるが、望は高校の卒業とともに池辺うどんに就職し、後を継ぐための修行の日々を送る事になった。当初、後継ぎはいらない、自分の代で終わりだと思っていた栄作だが、血のつながらない望が継いでくれて嬉しいと思っている。ひどい事を起こした薫とは違い、とてもいい子だ。この子なら後を継いでくれるだろう。栄作はほっとしていた。
卒業式を終え、望は滝宮駅から実家への道を歩いていた。何度も歩いたこの道、いつもとは違う雰囲気で歩いている。どうしてそう感じるんだろう。ただ、卒業しただけなのに。
望は実家の前にやって来た。実家の隣の池辺うどんには、今日も多くの人が並んでいる。その中には家族連れもいる。小中学校はすでに半ドンになっていて、お昼は親と一緒にうどんを食べる子供もいる。彼らを見て、望は小学校の頃を思い出した。小学校1年生で初めて知った讃岐うどん作り。それから夢中になり、栄作からも可愛がられた。血がつながっていないと知った時には驚きだったが、それでも自分は栄作が育てたのだから、栄作の子だ。そう思うと、血がつながっていないと感じない。
望は実家の前にやって来た。今の時間、実家には栄作がいる。栄作は今日、卒業式に出席していて、その影響で俊介が深夜からうどんを作っているという。
望は実家に戻ってきた。するとそこに、栄作がやって来た。栄作は笑みを浮かべている。店での厳しい表情がまるで嘘のようだ。
「卒業おめでとう!」
栄作は喜んだ。だが、望は浮かれない表情だ。本当に重要なのはこれからだ。これから後を継げるように頑張らないと。自分がこの店を継ぐのだから、この味を変えてはいけないのだから。
それとともに、望には計画していることがある。それは、卒業旅行だ。今一度、東京に行ってみよう。就職したら、もうそんなに遠くに行けないだろう。だから、今のうちに東京に行ってこよう。
「どうしたの?」
栄作は望の表情が気になった。何かしたい事があるんだろうか? あるのなら、話してよ。
「卒業旅行に行こうかなと、東京に」
「どうして?」
栄作は驚いた。どうして東京に行こうと思ったんだろう。東京に行きたい所があるんだろうか? まさか、東京に住む明日香に会いに行こうと思っているんだろうか?
「うどん屋に就職したら、あまり遠い所に行けそうにないから、どこかに行こうかなと思って」
望は震えている。栄作がどんな反応をするのかが気になる。
「そっか」
栄作はすんなり受け入れた。言われてみればそうだな。うどん屋にあんまり休みはない。今のうちに行っておくべきだなと。
「もうホテルも予約した。明日に行くつもり」
実は望は、泊まるホテルをすでに予約してある。誰にも秘密で、電話で予約していた。
「ふーん。いいじゃない」
栄作はうどん屋に戻っていった。卒業式から戻ってきた望を迎えた事だし、またうどん屋で頑張ろう。明日もあるんだから。
実家から出ていく栄作を、望は見ている。いつか、自分もこんな風に頑張らなければならないんだろうか? それは来月に迫っている。それまでに、好きな事をしておかなければ。
その夜、望は空を見上げていた。空には本当の両親がいて、天国から見守っているんだろうか? ここまで成長した自分を、どんな目で見ているんだろう。ここまで育ってくれて、感謝しているんだろうか? もっと幸せになってほしいと思っているんだろうか?
誰かの気配を感じて、望は振り向いた。そこには俊作がいる。俊作は高校を卒業後、近くの工場で働いている。最初はわからない事ばかりだったが、徐々に慣れてきて、上司からの信頼を得ている。
「明日、東京に行くんだって?」
俊作はその話を、栄作から聞いた。まさか、東京に行くとは。でも、もう遠出できないと思うから、行こうと思ったと知ると、納得がいく。しっかり楽しんできてほしいな。
「うん。もう遠出できなくなると思ってるから、行っておこうかなと」
望は笑みを浮かべている。すでに明日に出かける準備はした。あとは朝の出発を待つだけだ。
「そっか。おやすみー」
「おやすみー」
俊作は部屋を出て行った。荒谷家に戻ると思われる。あれから、荒谷家はどうなったんだろう。5人暮らしだったのが、3人暮らしになって、寂しいと思っていないだろうか? 望はかつて暮らし荒谷家での日々を思い出した。またあの頃に戻りたい。だけど成長するためにはここにいなければならない。
望は時計を見た。そろそろ寝なければ、明日の出発で寝坊してはならない。望は部屋の電気を消して、ベッドに横になった。明日は晴れますように。
翌日、望は目を覚ました。望の願い通り、今日は晴れた。絶好の行楽日和だ。だが、栄作はいない。栄作はいつものように、深夜からうどんを作っている。だが、望はそれが普通だと思っている。
自分で朝食を作り、歯を磨いた望は、出発の準備をすぐに整えた。今日、東京に行くんだと思うと、望は気分が上々だ。早く行きたい気持ちでいっぱいだ。
家を出ると、そこには俊介と安奈がいる。出発すると知って、やって来たようだ。まさかやって来るとは。
「おはよう」
「おはよう」
望は笑顔であいさつした。今日から東京旅行だ。思う存分楽しんでこよう。
「今日行くんだね」
「うん」
俊介も安奈も笑みを浮かべている。出発を喜んでいるようだ。
「楽しんでらっしゃい」
「わかった」
望は時計を見た。そろそろ出発の時間だ。行かないと。
「じゃあ、行ってくるね」
「行ってらっしゃーい」
望は滝宮駅に向かった。だが、今日は高校のためではない。旅行のためだ。