27
翌朝、何も知らない薫は高松製麺に向かっていた。今日も頑張っておいしいうどんを提供しないと。みんなが待っているんだから。日に日に美枝子への思いは強くなっていった。そろそろ結婚も視野に入れよう。そうすれば、栄作とも仲直りできるかな?
と、道端で薫は美枝子を見つけた。美枝子も出勤しているようだ。
「おはよう」
だが、美枝子は何も話しかけない。どうしたんだろう。薫は首をかしげた。
「どうしたんだよ!」
また話しかけたが、それでも反応しない。聞こえないんだろうか? いや、これぐらいの声なら聞こえるだろう。人はそんなにいないし。
「あれ?」
そんな日もあるさと思い、薫は再び高松製麺に向かった。自分は店長だ。遅刻してはならない。だが、薫は気にしていた。美枝子がどうして反応しないんだろう。まさか、自分の前科がばれたからだろうか?
「おかしいな。どうしたんだろう」
薫は駅にやって来た。今日もまた1日が始まる。頑張らなければ。だが、薫の表情は明らかに違っていた。美枝子が話しかけなかったからだ。
薫は電車の中でも考えていた。どうして美枝子は反応しなかったのか。忙しいからだろうか? それとも、自分の前科を知ったからだろうか?
薫は高松製麺の中でも考えていた。店員もそれに感じていた。いつもの薫の表情じゃない。何かあったんだろうか?
「うーん・・・」
「どうしたんですか?」
薫は横を向いた。そこには店員の柳がいる。
「あの子、全然話しかけなくなって」
あの子と聞いて、柳は美枝子の事だとわかった。美枝子がどうして話しかけなかったんだろうか?
「えっ!?」
「どうしてかわからないの?」
柳も疑問に思った。薫ととても仲が良かったのに。どうしたんだろう。
「うん」
「何だろう・・・」
と、柳は薫の過去を思い出した。薫はかつて、逮捕されたことがある。まさか、前科がばれて、それが原因で無視し始めたんだろうか?
「まさか、俺の前科が・・・」
薫もそれを感じていた。それで過去に何回か女にフラれた事がある。フラれるたびに、やってなければよかったと思い、悩んでしまう。今回もそうだろうか?
と、柳は薫の肩を叩いた。薫は驚いた。
「そんな事ないよ!」
柳は薫を励ましたかった。だが、薫の表情は変わらない。
と、そこに美枝子がやって来た。その横には川野がいる。2人は楽しそうに話している。それを見て、薫は近づいた。朝はどうして話しかけなかったのか、その理由を知りたかった。
「ねぇ!」
だが、美枝子も川野も反応しない。明らかに無視している。
「ねぇったら!」
「話しかけないでよ、犯罪者!」
突然、美枝子が叫んだ。薫と川野は驚いた。やっぱり、自分の前科が原因で無視していたのか。どんなに頑張っても、どんなに恋をしても、やっぱりその過去は消せないんだな。
「えっ!? どうしてそれを知ったの?」
「あなたの秘密、聞いたわよ。それを知って、私あきれたわ。あなたと付き合って、後悔してるわ」
美枝子は薫を睨みつけた。昨日までの表情が嘘のようだ。何か悪い夢でも見てるんじゃないかと思った。だが、これは現実だ。
「もう罪を償ったし、俺は店長にまでなったんだよ」
薫は必死だ。こんな過去はあったけれど、自分は店長として頑張っている。しっかりと罪は償っている。だから、仲直りしよう。そして、また付き合おう。そして、結婚しよう。
「それでもあなたは犯罪者なんでしょ?」
だが、美枝子の気持ちは変わらない。美枝子は見向きもせずにうどんをすすっている。
「もう償ってるよ! だから仲直りしよう!」
だが、美枝子はうどんを食べ終わると同時に、薫を引き離し、高松製麺を後にしようとした。
「ダメ! さよなら!」
美枝子は高松製麺を出て行った。美枝子は腹が立っているような表情だ。
「そんな・・・」
薫はその様子をじっと見ている。店員もじっと見ている。
「大丈夫?」
落ち込んでいる薫のもとに、柳がやって来た。何とか立ち直ってほしい。そして、また仕事を頑張ってほしい。
「失恋したの?」
「俺には恋なんて、もう無理なんだ・・・」
薫は絶望した。どんなに頑張っても、自分に結婚なんて無理なんだ。そう思うと、自然に涙が出てきた。店員は薫を慰めている。だが、薫の表情は変わらない。
「大丈夫大丈夫。店長にも理想の人が現れるって」
「本当かな?」
薫は疑問に思えてきた。自分は前科がある。だから、フラれてしまう。このままどんなに彼女ができても、フラれてしまうんだろうな。
「本当だって」
「こんな俺でも・・・」
薫は泣き崩れた。柳は薫の頭を撫でた。だが、それでも薫の表情は変わらない。
「拾う神は現れるって」
「うーん・・・」
と、柳が薫の肩を叩いた。こんな事があったけど、また仕事を頑張って。そして、おいしいうどんを作ってよ。
「ほら、仕事頑張って」
「わかったよ」
薫は涙を拭いて、またうどんを作り始めた。店員たちはそんな薫を温かく見守っている。過去の事はいいから、頑張ってうどんを作ってほしい。みんなが待っているんだから。
「しばらく何も言わないようにしよう」
「そうだね」
失恋については何も言わないようにしよう。前科の事も。薫にとっては、それがいいだろう。だが、薫は考えていた。もう恋なんて無理だろうな。ずっとずっと孤独なままでこの人生を終えるんだろうな。