25
翌日の昼下がり、薫は喫茶店に来ていた。今日は休みだ。普通なら東京を散策しているが、今日はいつもと違う。誰かを待っているようで、薫は辺りを見渡している。
今日、薫は美枝子と喫茶店でデートをする予定だ。あとは美枝子を待つだけだ。薫はドキドキしていた。彼女ができるのは初めてだ。前科のある自分に、恋なんてあるはずがないと思っていた。まさか恋に恵まれるとは。少し戸惑っていたが、デートを重ねるうちに全く不安ではなくなってきた。
「今日はここだったな」
薫は時計を見た。まだ美枝子は来ないようだ。
「まだかな」
「お待たせ!」
薫は横を向いた。そこには美枝子がいる。美枝子は嬉しそうだ。今日、ここでデートができるのを楽しみにしているようだ。
「あっ、どうも」
2人は喫茶店に入った。喫茶店の中は木目調で、初めて入ったのにどこか懐かしい雰囲気だ。2人が入ると、店員がやって来た。
「いらっしゃいませ、2名様ですか?」
「はい」
すると、店員は席に案内した。どこに座るんだろう。楽しみだな。
「こちらへどうぞ」
店員が案内したのは、テーブル席だ。
「ご注文はどうなさいますか?」
「ショートケーキとコーヒーで」
「こっちはチョコレートケーキとレモンティーで」
「かしこまりました」
店員は厨房に向かった。2人は店員の後ろ姿を見ている。
ふと、美枝子は何かを思い浮かべた。何を思い浮かべているんだろう。気になるな。
「高松行ってみたいな」
美枝子は思っていた。いつか香川県にって見たいな。そして、薫の父の店に行ってみたいな。きっと薫の作ってくれるうどんよりおいしいだろうな。
「そっか。僕の父さんのうどん屋にも行ってみてよ」
薫は笑みを浮かべている。自分は縁を切られているけれど、そういってくれると嬉しいな。単独でいいから行ってみてよ。
「そうだね」
突然、美枝子は考えた。薫は家に帰りたいと思っているんだろうか? 父の店を継ぎたいと思っているんだろうか?
「家に帰りたいと思ってるの?」
「うん。だけど、まだまだだと思ってる」
薫は少し戸惑った。縁を切られたんだから、もう継ぐなんてできないだろう。だが、継がないと言ったら、美枝子に変な目で見られるかもしれない。だから、継ぐつもりだと嘘をついた。
「父さんって、厳しいんだね」
「そうなんだよ。もっと修業しなさいと言うんだ」
美枝子は驚いた。薫の父はそんなに厳しいのかな? だから、薫の腕でいまいちというのだから、薫の父の作るうどんはもっとおいしいだろうな。
「帰省する事って、あるの?」
「ない。認められるまで帰らないと決意してるから」
あんまり帰った事がないのか。たまには帰りたいと思っているんだろうか? ずっと東京にいて寂しくないんだろうか?
「そうなんだ」
と、そこに店員がやって来た。2人の頼んだメニューを持ってきたようだ。
「お待たせしました、ショートケーキとコーヒーです。こちらはチョコレートケーキとレモンティーです」
「ありがとうございます」
目の前には頼んだメニューがある。とてもおいしそうだ。
「いただきまーす」
「いただきまーす」
2人はケーキを食べ始めた。うわさでは聞いていたが、本当においしいな。
「おいしい!」
「本当だね!」
とてもノスタルジーな雰囲気で、ケーキがおいしい。前評判通りだ。またここでデートをしたいな。
「ここに来てよかったね」
「うん」
美枝子は思った。薫は美枝子の両親に会いたいと思っているんだろうか? もしそうなら、来週にでも会わせたいな。
「薫さん」
「どうしたの?」
薫は顔を上げた。美枝子がこっちから言う事はあんまりない。薫は少し戸惑った。何だろう。
「私の両親に会いたいと思ってる?」
「うん!」
薫は会いたいと思っている。結婚をするなら、両親に会っておかないと。
「そう。会いに来てね。いい人だよ。きっと気に入ると思うよ」
「本当?」
「うん」
薫はほっとした。きっと気に入るか。こんな自分でも大丈夫なのかな? 薫は少し戸惑ったが、きっと認めてくれると信じよう。今はこうして真面目に頑張っているのだから。
食べ終えた2人は、店の前にいた。デートはあっという間だったけど、とても楽しかったな。また行きたいな。
「今日はありがとう。じゃあね」
「じゃあね」
美枝子は喫茶店を後にした。薫はその後姿をじっと見ている。その女が、いつか妻になったらいいのにな。そうすれば、自分はもっと成長できると思っているのに。
薫は地下鉄までの道を歩いていた。歩く人々の中にはカップルがいて、とてもラブラブだ。自分もああいう風に誰かと付き合いたいな。きっと栄作もあの時の事を許してくれるかもしれない。
「このまま頑張って、プロポーズしてやる!」
ふと、薫は思った。もし結婚したら、栄作は許してくれるんだろうか? 認めてくれたら、また香川県に戻って、栄作の後を継げるかもしれないと思った。
「結婚すれば、復縁できるかな?」
栄作はこれからの人生を妄想した。父とも仲直りして、また香川県に帰ってきて、栄作のうどん屋で働く未来を。