24
一方、東京では薫がいつものように高松製麺で働いていた。あれから、薫は全く帰ろうと考えていなかった。帰っても、追い出されるだけだろう。栄作の事を思い浮かべるだけで、帰りたくなくなる。もう自分の事を許してくれないだろう。自分はここでずっと働くのだろう。
薫の働く高松製麺に、1人の女性がやって来た。それは、この近くで働いているOLで、よくここにやって来る。女性の名は美枝子だ。美枝子は薫の前にやって来た。
「いらっしゃいませ」
「釜玉小1つ!」
美枝子は週に1回ここにやって来る。注文するのはいろいろだが、今日は釜玉を注文した。
「釜玉小1丁!」
薫は注文した後、美枝子をじっと見ている。どうしたんだろう。店員は気にしている。もしかして、恋じゃないだろうか?
「どうしたの?」
店員の声で、薫は我に返った。勤務中はぼーっとしていてはいけない。どうしよう。
「何でもないよ」
だが、薫は何にもないようなふりをしている。薫は少し戸惑っている。
「ふーん・・・」
だが、て人は思っている。もしかして、恋じゃないだろうか? 恋とは無縁だと思われていた薫にも、恋が訪れたんだろうか?
「恋でもしてんのかなと思って」
「そんな事ないよ!」
薫は否定している。本当は美枝子と恋をしているのに。その事を、誰にも言われたくなかった。
「前みたいに捕まるんじゃねーよ」
「こら! もうその事を言うな! マイナスイメージにつながるぞ!」
薫は怒鳴った。恋については店内では言わないでくれ。普通に仕事がしたいんだ。
「ごめんごめん」
美枝子は釜玉うどんを食べ終えると、すぐに店を出て行った。もうすぐ仕事が始まるようだ。
「ありがとうございました!」
と、そろそろ帰る時間だ。薫は帰る準備を始めた。いろいろあったけれど、今日はこれまでだ。帰ってゆっくりしよう。
「今日も終わった!」
薫は帰る支度を始めた。今日はいろいろあって疲れた。明日は休みだ。帰りに酒を飲んでゆっくりしよう。
「お先に失礼します!」
「お疲れ様ですー」
薫は家に帰っていった。この後も仕事をする従業員は薫の後ろ姿を見つめている。この先輩は本当に頼りになるな。本当にこの人は前科があるんだろうか? そう思わせる人柄だ。
薫は夜の道を歩いていた。だが今日は、いつもと違う道だ。この先にある居酒屋に向かう予定だ。今日は美枝子と一緒に飲む日だ。すでに予約を取ってある。約束の時間までにやってきて、そこで待つだけだ。
薫は約束した居酒屋にやって来た。まだ美枝子はやって来ていない。本当に来るんだろうか? とても不安だ。
「あっ、待たせたね」
と、そこに美枝子がやって来た。美枝子はすでに私服に着替えている。薫は笑みを浮かべた。約束の時間に来てくれて、嬉しいようだ。
「うん」
2人は店に入った。すると、従業員がやって来た。
「いらっしゃいませ、2名で予約の池辺様ですね」
「はい」
従業員は2人を席に案内した。今回、2人に用意したのはカウンター席だ。
「こちらにどうぞ」
「はい」
2人はカウンター席に座った。周りにはサラリーマンが多くいる。彼らは、明日が休みの人が多い。明日は休みだから、のんびりできるので飲んでいるようだ。
「いらっしゃいませ、お飲み物はどうなさいますか?」
「生中で」
「私も」
2人とも生中のようだ。
「かしこまりました、生中2丁!」
従業員は厨房の中に入った。注文を伝えに行ったようだ。
ふと、美枝子は聞きたい事があった。薫は一体、どんな人なんだろう。教えてほしいな。
「どこで生まれたの?」
「香川県」
香川県出身なのか。香川県は讃岐うどんの本場で、『うどん県』と観光案内などで言われている。薫は高松製麺の中でも腕がいいと言われている。道理で腕がいいんだな。この人、なかなかよさそうだ。この人となら、結婚してもいいだろうな。
「ふーん・・・。うどん県?」
「そう! で、父さんはうどん職人!」
それを聞いて、美枝子は驚いた。父がうどん職人だとは。その腕は、父から受け継いだものだろうか? 本当においしいうどんを作ってくれる。
「そうなんだ。道理でうどんがおいしいと思った」
「ありがとう」
と、そこに店員が生中2本をもってやって来た。注文していた生中のようだ。
「お待たせしました、生中です!」
「ありがとうございます」
2人はグラスを持った。乾杯をするようだ。
「カンパーイ!」
「カンパーイ!」
2人は生中を飲み始めた。2人とも、明日は休みだ。いくら飲んでもいいじゃないか。
「うまい!」
父がうどん職人と聞いて、美枝子は思った事がある。父は継ごうとしないんだろうか? 香川県に帰ろうと思っていないんだろうか? もし変えるのなら、私も行きたいな。
「店は継がなかったの?」
薫は少し戸惑った。栄作とは絶縁状態だなんて、言いたくない。前科がばれる可能性があるから。
「継ぎたいんだけど、修行中なんだ」
薫は嘘を言った。薫は少し焦っている。どういう反応をするんだろう。とても気になるな。
「そうなんだ」
「親父のうどんはもっとおいしいよ!」
薫は誇らしげだ。絶縁状態でも、それだけは誇りに思っている。だって、香川県で一番おいしいと言われているから。
「そうなの?」
美枝子は驚いた。そんなにおいしいのか。食べてみたいな。今度、香川県に行く機会があったら、食べさせてよ。
「うん。食べてみたい?」
「うん」
それを聞いて、薫は興奮している。ぜひ、本場の讃岐うどんを食べてほしい。チェーン店の讃岐うどんよりもずっとおいしいに決まってるさ。
「食べてみてよ。チェーン店よりずっとうまいよ」
「本当? 食べてみたいな」
それを聞いて、美枝子はますます食べてみたいと思うようになった。どんな名前の店だろう。
「ぜひ! 休日はすごい行列だけど」
「それでも食べたい」
2人は酔っていい気分になっていた。そして思った。このままずっと恋愛が続けばいいのに。そして、結婚出来ればいいのに。