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来週土曜日の朝、望は滝宮駅の駅舎にいた。ここで郁代と待ち合わせ、一緒に池辺うどんに行く予定だ。郁代は綾川町に行った事はあるものの、池辺うどんに行った事がない。そこのうどんを食べるのは初めてだ。郁代はワクワクしている。香川県で一番おいしいと言われているうどんを一緒に食べるのだ。どんな味なんだろう。
望は腕時計を見た。そろそろ来る頃だ。早く来ないかな?
「もうすぐだったな」
と、踏切が鳴り、琴電琴平行きの電車がやって来た。見えないけれど、この電車に乗っているんだろうか?
電車は滝宮駅に停まり、乗客が乗り降りしている。降りる乗客の中には、郁代がいる。だが、望はそれに気づいていない。時計を見ていて、そっちに目が回らない。
「おはよう望くん!」
その声で、望は顔を上げた。そこには郁代がいる。約束通りに来たようだ。
「郁代ちゃん!」
望は笑みを浮かべた。郁代の顔を見るだけで、気持ちがほころぶ。どうしてだろう。大好きだからだろうか?
「今日は父さんの店に行くんだっけ?」
「うん」
望は池辺うどんまでの道を歩き始めた。のどかな風景が広がる。郁代はここを歩いた事があって、池辺うどんの場所も知っている。まさか、望と一緒に行くと思っていなかった。
しばらく歩くと、うどん屋が見えてきた。池辺うどんだ。休日という事もあって、平日以上に行列ができている。郁代は驚いた。休日は大行列ができていると聞いたが、こんなに長く並ぶとは。
「こんな所にあるのね」
「うん」
郁代は行列を見て、茫然とした。1杯のうどんを食べるために、こんなに並ぶとは。でも、そんなに並ぶのだから、相当うどんがおいしいんだろうな。
「けっこう有名な店なんだけどね」
「そうなんだ」
望は少し笑みを浮かべた。香川一のうどん職人と言われる栄作を、望は誇りに思っている。そして、いつか自分が継ぎたいと思っている。
「確か、香川県で一番おいしいと言われている」
郁代は店を見て、ワクワクしていた。もうすぐ食べられるんだと思うと、興奮が収まらない。
「そうなんだ」
郁代はため息をついた。まだまだ行列は長いし、なかなか進まない。いつ食べれるんだろう。郁代は徐々に心配になってきた。
「すごい行列!」
「でしょ? 人気店だから」
2人の後ろにも、人が徐々に並び始めた。いつの間にか渋滞ができ、交通整理がやって来た。
「そうなんだー」
「父さんに会ってみたいね」
郁代は、栄作に会ってみたいと思った。香川では名の知れたうどん職人だから、会うだけでも価値があると思ったようだ。
「そう?」
望は少し照れた。栄作はそんなに有名なのかな? 自分は普通の父だと思っているけど。
行列がなかなか進まない。郁代は次第に焦ってきた。どれぐらい待てば、うどんを食べられるんだろう。
「いつまで待つんだろう」
「もうちょっとだよ」
望は励ます。もう少し待てば、おいしいうどんを食べられるんだ。待った分、そのうどんはおいしいだろうな。
「こんなに待つの、初めて」
「それだけ楽しみがあるんだよ」
「ふーん」
並び始めて1時間半、ようやく店に入れた。厨房の奥には栄作がいる。だが、向こうを向いていて、望に全く気付いていない。黙々と生地を踏み、切っている。
「いらっしゃいませ、注文は?」
俊介が注文を聞いてきた。望がやって来たことに、俊介は気づいている。だが、全く表情を変えない。
「ひやあつのかけの小で」
「私も!」
2人とも、ひやあつのかけうどん1玉を注文した。いろいろあるけど、やっぱりこれがうどんの味がわかるメニューだ。
「どうぞ」
俊介はかけうどんを2杯出した。2人はその先に進み、天ぷらを取っていく。カウンターには、様々な天ぷらがある。郁代は少し迷ってしまった。どれを取ろう。早く決めないと、後ろが迷惑だし、うどんが伸びてしまう。
「じゃあ、えび天とイカ天を」
「私はちくわ天とげそ天で」
2人は天ぷらを取り、先に進んだ。その先のレジには安奈がいる。2人はレジでお金を払い、カウンター席に座った。
「よし、食べよっか」
「いただきまーす」
「いただきまーす」
2人はうどんを食べ始めた。本当においしい。評判通りだ。これが香川県で一番おいしいと言われているうどんなのか。期待通りのおいしさだ。
「うまい!」
「やっぱりうどんはおいしいわ!」
「本当本当!」
郁代は食べるうちに考えた。望もいつか、こんなうどんを作るんだろうか? その時には、自分にも食べさせてほしいな。そして、結婚して子供が生まれたら、子供もそのうどんを食べてほしいな。
あっという間に食べ終えた2人は、すぐに店を出て行った。行列はさらに長くなっていて、駐車場に入れない車が列をなしていた。こんなにも並ぶとは。郁代は驚いている。
「今日はありがとうね」
「うん」
望は笑みを浮かべた。そして一緒にうどん食べられて、そして何より、今週も土曜日もデートができてよかったと思っている。また来ようね。
「また食べに行きたいね!」
「ああ」
そろそろ帰らなければいけない時間だ。一緒に滝宮駅に向かおう。2人は楽しそうな表情だ。まるで2人の未来の姿のようだ。
2人は滝宮駅の前にやって来た。滝宮駅は閑散としている。
「じゃあね」
「じゃあね」
郁代は切符を購入し、改札口を通り、ホームに向かった。望はその様子を見ている。次はどこで会おう。どんな事をしよう。考えると、気持ちが嬉しくなる。