20
次の日、今日は休みだ。今日は郁代と会う約束だ。もちろん、栄作には内緒だ。付き合っているというのを見られたくない。
望は外を見ていた。今日も外は晴れている。絶好のデート日和だ。今日の待ち合わせ場所は高松駅だ。琴電で高松築港駅まで行き、そこから徒歩で行く。高松には中学校を卒業するまではあんまり行った事がない。だが、郁代と付き合うようになってからはしばしば行くようになった。
望は1階に降りてきた。今日も栄作は深夜から仕込みをしていて、家には望しかいない。家はとても静かだ。だが、望はまったく気にしていない。これが普通だと思っている。
望は鍵を閉めて、滝宮駅に向かおうとした。
「おはよう」
望は振り返った。栄作がいる。栄作は踏みの作業をしていて、外を見ている。
「おはよう」
「今日は出かけるのかい?」
栄作は気にしていた。ここ最近、望が出かける事が多い。どうしたんだろう。
「うん」
「遠くに行くんじゃないぞ」
「はーい」
栄作は心配していた。遠くに出かけて、誰かに命を狙われたら大変だ。無事に帰ってきてほしい。血はつながっていないものの、自分の大事な子どもだ。
望は再び滝宮駅に向かって歩き出した。栄作は首をかしげている。
「最近どうしたのかな?」
きっと誰にも言えない秘密があるんだろう。何も言わないようにしよう。それよりも、仕事に集中だ。
「わからないけど、秘密にしておこう」
と、そこに望がやって来た。挨拶はしておこうと思っているようだ。
「行ってきまーす」
「行ってらっしゃーい」
望は再び滝宮駅に向かった。栄作はそんな望の後ろ姿を見ている。
望は滝宮駅にやって来た。滝宮駅はあまり人がいない。平日の朝はそこそこ多くの人がいるのに。これが休日の滝宮駅の様子なんだろうか?
しばらく待っていると、高松築港行きの電車がやって来た。琴電は近代化が進み、吊りかけ車はほとんど置き換えられた。だが、ファンのために少しは残されているようだ。
望は電車に乗った。車内はそこそこ人が乗っている。そのほとんどは瓦町駅、高松築港駅に向かう乗客だ。望はいつもと違い、電車の座席に座った。通学時には混雑して座れない。どこか新鮮だ。
望はその後、電車の中で寝てしまった。起きたらそこは大きな駅だ。長尾線、志度線の乗換駅、瓦町駅だ。そこには琴平や高松築港に向かう電車の他に、長尾へ向かう電車もいる。シドへ向かう電車はここから少し離れたホームから発着していて、ここからはよく見えない。高松築港駅まであと2駅だ。望はワクワクしてきた。もうすぐ郁代に会えるからだ。
電車は終点の高松築港駅に着いた。高松築港駅は高松駅と離れた場所にある、1面2線の小さな駅だ。望は降りた。そこに郁代はいるんだろうか?
望は高松築港駅から出た。郁代との待ち合わせ場所はここだ。本当に来るんだろうか? 不安だな。
「まだかなー」
「お待たせ!」
望は横を向いた。そこには郁代がいる。郁代は笑みを浮かべている。望と会えるのが嬉しいようだ。
「郁代ちゃん」
「今日はデートだよね」
「うん」
2人は海沿いを歩いていた。向こうには瀬戸内海が広がっている。その先には数多くの島があり、今も昔も多くの船が行きかっている。
「いい景色ね」
「うん」
と、郁代は海を見て、何かを思い浮かべた。それは、瀬戸大橋ができる前の話だ。
「かつてここは宇野と高松を結ぶ連絡船で賑わったんだけど、瀬戸大橋ができてから、高松駅は変わってしまった。時代の流れだけど、寂しいよね」
瀬戸大橋ができる前、高松港と宇野港を結ぶ宇高連絡船が、本州と四国を結ぶ重要な足の1つとして活躍していた。だが、瀬戸大橋ができて以降、鉄道も車も本州と四国を行き来するのに瀬戸大橋を使うようになった。そして、宇高連絡船の乗客は激減した。
「うん。でも、安全のためならこっちがいいんだよね。だって、紫雲丸の事故があって以降、瀬戸大橋の計画が出たんだから」
昭和30年、宇高連絡船の紫雲丸が沈没事故を起こした。これによって、多くの修学旅行生の命が奪われたという。この事故を機に、瀬戸大橋の建設が計画され、1988年に瀬戸大橋が開通、JRの本四備讃線が開通した。これによって、安心して、そしてより早く岡山と高松を行き来できるようになった。そして、高松駅に寝台特急瀬戸、後のサンライズ瀬戸が発着するようになり、岡山と高松を結ぶ快速マリンライナーが新しい本州と四国を結ぶ足となった。
「よく知ってるね。誰から聞いたの?」
「父さんから」
郁代の父は船を運転していて、宇高連絡船の事をよく知っている。そして、宇高連絡船の讃岐丸を運転した事もあるという。
「そうなんだ。一度、父さんに会ってみたいな」
「本当?」
望はワクワクした。郁代の父にも会いたいな。きっと気に入るだろうな。
「それに私、望くんの父さんの事、知ってる。池辺うどんっていう、有名なうどん屋さんの大将でしょ?」
郁代は知っていた。望は香川で一番おいしいと言われているうどん屋の大将の息子だと。だが、郁代は 望が実子ではなく、養子だとは知らない。
「うん。知ってたんだね。僕は大将って言ってるけど」
「そうなんだ」
少し意外だ。父とは呼ばず、大将と呼ぶとは。ここに就職するにあたっての心構えだろうか?
「休日には修行がてらに手伝ってるから」
「ふーん。食べてみたいね」
郁代は思った。池辺うどんのうどんを食べてみたいな。ここはかなり有名な店らしいから。
「本当?」
「もちろん内緒で」
望は少し笑みを浮かべた。内緒で行くのならいいだろう。2人の関係を言われたくないから。
「いいよ。行ってみてよ」
「わかった」
郁代は海を見た。丁度、小豆島に行く船が出港した。小豆島はオリーブに醬油、素麺、二十四の瞳、世界一狭い土淵海峡と観光スポットがたくさんだ。
「小豆島行きか・・・。小豆島、行ってみたいね」
望は考えた。いつか、2人で小豆島に行ってみたいな。そして、そこでプロポーズしたいな。
「うん。いつか行こうよ」
「そうだね」
2人は2人で暮らす日々を夢見た。それまでにはいろんな苦労があるだろう。だけど、2人なら大丈夫だ。乗り越えられるだろう。