19
望と俊作は滝宮駅から実家までの道を歩いていた。のどかな風景が広がる。子供の頃から歩きなれた道だが、高校生で歩くと、どこか新鮮に感じる。どうしてだろう。
「どうしたの?」
望は何かを考えている。いったい、何を考えているんだろう。全く想像できない。
「何でもないよ」
望は笑みを浮かべている。俊作にはわかった。何かを隠しているに違いない。
「そっか。もしかして、恋をしてんのかなと思って」
「いやいや、そんなわけじゃないよ」
望は照れている。本当はしているのに。だが、誰にも明かしてはならない。プロポーズするまで、2人の恋は秘密なのだから。
「そっか。でも、恋をしてもいいじゃん」
「そ、そうだよね・・・」
望は焦っている。何も言いたくないのに、恋かと思われると焦ってしまう。秘密にしたいのに。
「俺はまだ恋をしていないけど、いつかはしたいな。だって、高校での恋って、いいじゃないか」
「そうだよね」
池辺うどんの前にやって来た。2人はここで別れる。池辺うどんの前は静かになっていた。池辺うどんはすでに閉店していて、行列はできていない。
「じゃあね、バイバーイ」
「バイバーイ」
望は栄作の家に向かって歩き出した。中学校を卒業してから、望は池辺家に住むようになった。これは、卒業後に池辺うどんで働くための準備も兼ねているようだ。栄作と一緒に暮らす事で、何かを感じてほしいという栄作の思惑からだ。
望は池辺家の前にやって来た。閉店しているので、すでに栄作は帰っているはずだ。
「大将ただいま!」
「おお、おかえり」
望が中に入ると、栄作がやって来た。栄作はすっかり明るい表情になっていた。すでに薫の事を忘れているようだ。
栄作は2階に向かう望の後ろ姿を見ている。その姿を見ていると、どこか死んだ妻を思い出してしょうがない。
「まったく、妻の部屋にいると、妻に見えてしょうがないんだよな」
それを聞いて、望は立ち止まり、振り向いた。栄作の一言に反応したようだ。
「どうしたの?」
「いや、何でもないよ」
望は苦笑いをした。また死んだ妻の事を考えているようだ。自分は男なのに。どうして妻を思い出してしまうんだろうか?
「ふーん。妻の事を考えてんじゃないのかなって」
「そうじゃないよ」
本当は考えているのに。どうして明かさないんだろう。まぁいいか。望は再び前を向き、2階に向かった。
望は部屋に入ると、鞄を置き、ベッドに横になった。
「今日も疲れたなー」
望は少し休んでいた。今日も疲れた。高校になってからの事、通学時間が増えたし、授業の時間も量も、覚える事も増えた。だけど、仕事はもっと厳しい。もっと頑張らないと。
数十分後、望は再び起きた。勉強を頑張らないと。
「さてと、勉強勉強」
望は勉強を始めた。勉強はなかなか大変だけど、成績を上げるために頑張らないと。成績を上げて、先生やみんなに褒められたい。そして、みんなに頼りにされたい。栄作に褒められた。そのためには、勉強を頑張らないと。
突然、電話がかかってきた。誰からだろう。栄作は外を散歩していて、留守だ。自分が出なければ。望は1階にやってきて、受話器を取った。
「もしもし」
「望くん?」
郁代だ。どうしたんだろう。まさか、デートの事かな?
「うん。そうだけど」
「今度、高松でデートしないかなって」
それを聞いて、望は嬉しくなった。高校になり、郁代と仲良くなってから、高松に行く事が多くなった。ここの雰囲気もいいけど、徐々に都会の雰囲気に慣れていかないと。
「いいけど」
「ありがとう」
望は受話器を置いて、2階に向かおうとした。だが、その横には散歩から戻ってきた栄作がいる。まさか、電話の内容を聞いていたんだろうか? 望は少し焦った。
「何を話してたんだ」
「何でもないよ」
望は苦笑いをした。本当に何でもない話なんだ。気にしないでくれ。
「ふーん、そうか」
「ところで最近、週末にどこかに出かけるのが多いけど、何かあるのか?」
栄作は怪しく思っていた。ここ最近、週末にどこかに出かける事が多くなった。栄作は疑問に思っていた。ひょっとして、どこかで遊んでいるのでは? いけないというわけではないが、何をしているのか知りたかった。
「いや、何でもないよ。ちょっとこの辺りを歩いてるだけ」
「それならいいけど」
栄作はほっとした。この辺りを歩いているだけなら、全く気にならない。高松に行くのなら、少し気になるけど。望は再び2階に向かった。
望は2階の部屋に入った。
「はぁ・・・」
望は少し深呼吸をした。デートの事を言いたくないのに。聞かれてしまい、少し焦った。
「郁代ちゃん・・・」
望は再び勉強を始めた。だが、週末のデートの事を考えると、あまり進まない。それほど、郁代の事が気になっているのだ。
「週末に会うのが楽しみだなー」
だが、望には気になっている事があった。自分は栄作の本当の息子ではない。養子だ。郁代は栄作の息子だと知って付き合っている。それを知ったら、郁代はどんな反応をするんだろう。とても心配だ。
「でも、僕が大将の息子じゃないって知ったら、どう反応するんだろう」
あまり気にしていたら、勉強が進まない。もう考えないようにしよう。
「まぁ、考えないようにしよう。普通に付き合えば大丈夫だ」
と、そこに栄作がやって来た。栄作はもう寝るようだ。起きるのは深夜の3時だ。その頃は寝ているだろう。
「俺はもう寝るからな。おやすみ」
「おやすみ」
栄作は扉を閉め、自分の部屋に向かった。