18
4月になり、望は高校生になった。望は初めての電車通学になった。高校は中学校に比べて遠くにあり、電車で向かう。少し遠いが、望はこれも自分が成長するために必要なものだと思い、頑張っている。俊作とは別の高校で、違う電車に乗って通学する。
高校生になると、望は栄作の家に寝泊まりするようになった。妻を亡くして以来、1人暮らしだった。寂しさを感じていたが、望がいてくれるだけで、こんなに家が明るくなれた。
「おはよう」
今日も望はいつもの時間に起きた。いつも通りの日常を続けられる。それだけで幸せだ。今の所、望は高校を卒業してからの進路を、池辺うどんと決めている。将来、ここの後継ぎになる。そうすれば、栄作も喜んでくれるんじゃないかと思っている。
「おはよう」
そこには俊作がいる。俊作はすでに朝ごはんを食べていて、ここにやって来たようだ。いつもはまっすぐ滝宮駅に行くが、今日はここに来たようだ。
「今日も高校だね」
「うん。本当に大変だよ。朝早くから電車通勤で」
望は大変だと感じている。今まで以上に遠い。だけど、この経験も直に生かされてくるだろう。そう思うと、意義があるもののように見える。
「だけど、将来のためだと思って」
「そうだね。大将は午前3時から仕込みをしてるんだからね」
高校生になり、池辺家に住み始めた。だが、栄作は深夜からうどんの仕込みをしているため、朝はいない。すでに作ってあるみそ汁を温めて、ご飯と一緒に食べる日々だ。寂しいけれど、3年間耐えて、池辺うどんに就職しないと。
「うん。これがきっと将来のためになるよ」
「うん。頑張るね」
望は朝ご飯を食べ始めた。ふと、望は考えた。薫も高校時代は朝早くから通学していたのかな? あの頃の栄作って、どんな雰囲気だったんだろう。そんなに堅くなかったんだろうか?
「大変だけど、頑張ろうね」
「うん」
望はあっという間にご飯を食べ、歯を磨きに行った。俊作はその様子をじっと見ている。望は頑張ってるな。この調子なら、きっとうどん屋の大将になれるぞ。
望は支度を済ませ、家を出て行った。向かいの作業場には、うどんの仕込みをしている栄作が見える。栄作は真剣な表情だ。その様子を見て、望は思った。いつか、この店を継いでほしいと思っているんだろうか?
「じゃあ、行ってくるね」
「行ってきまーす」
栄作は顔を上げた。そこには望と俊作がいる。栄作はとても明るい表情だ。ここまで育ってくれた望に感謝していた。
「行ってらっしゃーい!」
2人は滝宮駅に向かった。この時間、道路はそんなに混んでいない。行列ができる昼間とはまるで正反対だ。のどかな風景が広がっている。
2人は滝宮駅にやって来た。ここから琴電に乗って高校の最寄り駅に向かう。駅には多くの人がいて、電車を待っていた。このホームは瓦町、高松築港方面の電車が発着する。
しばらく待っていると、電車がやって来た。電車は吊りかけモーター音を響かせて、滝宮駅に停まった。琴電の近代化はゆっくりではあるが進んでいて、京浜急行電鉄からの譲渡車に加えて、京王帝都電鉄や名古屋市営地下鉄からの譲渡車が導入されている。そして、吊りかけ車は徐々に減ってきている。ここ最近、吊りかけ車を撮影するために鉄道ファンが週末を中心にやってくる。だが、2人はまったく気にしていない。それが普通の光景だからだ。
「じゃあ、電車乗ろうか?」
「うん」
2人は電車に乗った。電車を待っていたほかの人々も電車に入った。車内はあっという間にすし詰め状態になる。だが、2人はまったく気にしていない。これが普通だ。
「高校生活、どう?」
車内で俊作は、高校生活の事を聞いた。高校生活はどうか。何か悩んでいる事はないか? そして、みんなと仲良くやっているかを聞きたかった。小学校1年生の頃にいじめられた事があるから、俊作はとても気になっていた。
「うまくいってるよ」
「そっか。僕もうまくいってるな」
俊作もうまく行っているようだ。まだ恋はしていないものの、毎日が楽しくて、高校に行きたいという気持ちになっている。
「それはよかった。恋はしてる?」
「どうだろう」
望は恋をしていないと言っている。だが、本当はしている。結婚するまで誰にも言わないようにしようと思っているようだ。
「秘密かい?」
「えへへ・・・」
望は照れている。恋についてはあんまり言われたくない。もっと進展してから言われたいな。
数十分後、電車は高校の最寄り駅にやって来た。そこから数分で、望の通っている高校だ。
「さて、着いた」
「うん。じゃあね」
望は電車から降りた。俊作の高校はその先の駅が最寄で、もう少し乗る。俊作を乗せた電車はすぐに発車していった。望は駅を後にする電車に目もくれずに、改札口に向かった。今日も高校が始まる。
「行くぞー!」
改札を出ると、1人の女性がやって来た。ガールフレンドの郁代だ。望の同級生で、あっという間に意気投合したという。
「おはよう」
「おはよう、望くん」
2人は高校に向かって歩き出した。いつか、夫婦で一緒にこの道を歩きたいな。