表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
  作者: 口羽龍
第3章 薫
54/87

16

 3月9日の夜の事だ。明日は卒業式だ。いろいろあった3年間の中学校生活だけど、明日で卒業式だ。来月からはいよいよ高校生だ。高校になったら、もっと難しい事を習うけど、未来のために頑張っていこう。


 その夜、望は外を見ていた。外はもう暗い。池辺うどんの明かりは消えている。栄作は明日の卒業式に出るので、今夜の仕込みはない。仕込みは俊介がする予定だ。そのため、俊介はいつもより早く寝た。俊介はいつも以上に緊張しているようだ。普段、栄作がする仕事を自分がするからだ。


「いよいよ明日は卒業式だね」


 望は振り向いた。そこには俊作がいる。どうしてここに来たんだろうか? 明日が卒業式なので、話したい事があって、ここに来たんだろうか?


「うん」

「3年間どうだった?」


 来月から自分と同じ高校生だ。もっと厳しい勉強が待っている。それについて、望はどう思っているんだろう。


「なかなかいい3年間だったよ」

「そっか。でも、行きたかった高校に行けて、よかったじゃないか」


 望は高校受験をやってきてよかったと思っていた。夏場には難しいと言われていた専願の高校に合格できた。どれもこれも、入試までの勉強が実を結んだ瞬間だった。勉強は嘘をつかないと実感させられた。でも、もっと頑張っていれば、もっと高い所に行けたんじゃないかと思った。


「うん。頑張った甲斐があったよ」

「そうだね」


 と、望はいつも以上に静かなのが気になった。この時間、俊介が起きていて、テレビ番組を見ているはずなのに、リビングから音が聞こえない。何があったんだろう。


「あれっ、おじさんは?」

「今日はもう寝たんだって。大将の代わりに仕込みをしないといけないから」


 そうか。栄作は明日の卒業式に出席するために、深夜の仕込みをやらないんだな。だから、俊介が代わりに仕込みをするんだな。だからこの時間に寝たんだな。


「そうなんだ。明日は行かなきゃならないもんね」

「うん」


 ふと思った。とすると、望の卒業式には栄作が来るのかな? どんな服できるんだろう。スーツだろうか? それともうどん屋の服だろうか?


「とすると、大将が卒業式に来るのかな?」

「そうみたいだね」


 望はワクワクしている。血はつながっていないとはいえ、ここまで育ててきた。自分には父同然だ。望は小学校の卒業式に来た時の事を思い出した。周りに比べて、年を取っていたのを思い出す。だから、かなり目立ったが、みんな平静だった。


「小学校の頃もそうだったけど、今回も大将が来るんだね」

「うん」


 俊作は思った。本当の両親がもう死んでいるという事、どう思っているんだろう。寂しいと思っているんだろうか? 本当は、本当の両親に育ててもらいたかったと思っているんだろうか?


「本当の父さんや母さんがいいと思った事、ある?」

「ない。もう死んじゃったんでしょ?」


 だが、望はそう思っていない。もう死んだんだから。今の親は、ここまで育ててくれた栄作だ。


「・・・、もう受け入れてるんだね」

「あんまり気にしていない。だけど、お父さんとお母さんを殺した人、許せないな」


 望は拳を握り締めた。だが、もう犯人はこの世にいないだろう。多分、死刑になっているだろう。あれだけのひどい事をしたんだから。できれば、本当の両親に育ててもらいたかったな。だったら、いじめられなかったのに。


「そうなんだ」

「もう何も言わないようにしよう。あんまりそういうの考えずに生きたいんだ」


 俊作は時計を見た。そろそろ寝る時間だ。明日は高校がある。居眠りしないように、早めに寝ないと。


「そっか。とにかく、明日は楽しみだね」

「もちろん!」


 と、そこに安奈がやって来た。だが、望はまったく気づいていない。


「いよいよ望くんも来月から高校生か。楽しみかい?」


 望は振り返った。そこには安奈がいる。まさか安奈が来るとは。


「うん」

「じゃあ、僕は寝るね。おやすみ」

「おやすみ」


 俊作は寝室に向かった。望は相変わらず外を見ている。外はとても静かだ。風の音がよく聞こえる。


「さて、寝るか」


 望はもう寝る事にした。明日は卒業式だ。かっこよく中学校生活を終えるんだ。そして、高校に向けての足掛かりにするんだ。




 翌日、目を覚ました望は、外を見ていた。冬は寒かったが、徐々に暖かくなってきた。そう思うと、いよいよ卒業式が近づいてきたと思えてくる。


「おはよう」


 望は振り向いた。いよいよ今日は卒業式だ。


「おはよう。いよいよ今日だね」

「うん」


 今日も池辺うどんは深夜から仕込みをしている。だが、今日は俊介がしている。いつも仕込みをしている栄作は卒業式に参加するために、準備を整えている。


「今日は俊介が夜遅くから頑張ってるんだよね。大将が卒業式に来るから」


 と、そこに安奈がやって来た。安奈も卒業を喜んでいるようだ。


「卒業おめでとう」


 望は振り向いた。そこには安奈がいる。安奈は家事やうどん屋の事で忙しくて来れない。


「ありがとう」


 望は時計を見た。そろそろ出発の時間だ。早く行かないと。


「それじゃあ、行ってきまーす」

「行ってらっしゃーい」


 望は階段を降りて、玄関から家を出て行った。安奈は2階から見守っている。いつもはここから見守る事はないのに。今日は特別な日だから、ここから見ているんだろうか?


 安奈は横を見た。そこには明日香がいる。明日香は今月1日で高校を卒業していて、家でのんびりしていた。春からは東京の大学に進学する予定だ。寂しいけれど、いつかは独り立ちしなければならない。そのためにも、東京で一人暮らしをして、成長しなければ。


「どうしたの?」

「どんな高校生になるのかなって」

「どうだろう」


 2人は望の後ろ姿を見て、どんな子になるんだろうと考えた。どんな道に進んでもいい。悪い大人にだけはなってほしくない。それは栄作も同じ考えだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ