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3月9日の夜の事だ。明日は卒業式だ。いろいろあった3年間の中学校生活だけど、明日で卒業式だ。来月からはいよいよ高校生だ。高校になったら、もっと難しい事を習うけど、未来のために頑張っていこう。
その夜、望は外を見ていた。外はもう暗い。池辺うどんの明かりは消えている。栄作は明日の卒業式に出るので、今夜の仕込みはない。仕込みは俊介がする予定だ。そのため、俊介はいつもより早く寝た。俊介はいつも以上に緊張しているようだ。普段、栄作がする仕事を自分がするからだ。
「いよいよ明日は卒業式だね」
望は振り向いた。そこには俊作がいる。どうしてここに来たんだろうか? 明日が卒業式なので、話したい事があって、ここに来たんだろうか?
「うん」
「3年間どうだった?」
来月から自分と同じ高校生だ。もっと厳しい勉強が待っている。それについて、望はどう思っているんだろう。
「なかなかいい3年間だったよ」
「そっか。でも、行きたかった高校に行けて、よかったじゃないか」
望は高校受験をやってきてよかったと思っていた。夏場には難しいと言われていた専願の高校に合格できた。どれもこれも、入試までの勉強が実を結んだ瞬間だった。勉強は嘘をつかないと実感させられた。でも、もっと頑張っていれば、もっと高い所に行けたんじゃないかと思った。
「うん。頑張った甲斐があったよ」
「そうだね」
と、望はいつも以上に静かなのが気になった。この時間、俊介が起きていて、テレビ番組を見ているはずなのに、リビングから音が聞こえない。何があったんだろう。
「あれっ、おじさんは?」
「今日はもう寝たんだって。大将の代わりに仕込みをしないといけないから」
そうか。栄作は明日の卒業式に出席するために、深夜の仕込みをやらないんだな。だから、俊介が代わりに仕込みをするんだな。だからこの時間に寝たんだな。
「そうなんだ。明日は行かなきゃならないもんね」
「うん」
ふと思った。とすると、望の卒業式には栄作が来るのかな? どんな服できるんだろう。スーツだろうか? それともうどん屋の服だろうか?
「とすると、大将が卒業式に来るのかな?」
「そうみたいだね」
望はワクワクしている。血はつながっていないとはいえ、ここまで育ててきた。自分には父同然だ。望は小学校の卒業式に来た時の事を思い出した。周りに比べて、年を取っていたのを思い出す。だから、かなり目立ったが、みんな平静だった。
「小学校の頃もそうだったけど、今回も大将が来るんだね」
「うん」
俊作は思った。本当の両親がもう死んでいるという事、どう思っているんだろう。寂しいと思っているんだろうか? 本当は、本当の両親に育ててもらいたかったと思っているんだろうか?
「本当の父さんや母さんがいいと思った事、ある?」
「ない。もう死んじゃったんでしょ?」
だが、望はそう思っていない。もう死んだんだから。今の親は、ここまで育ててくれた栄作だ。
「・・・、もう受け入れてるんだね」
「あんまり気にしていない。だけど、お父さんとお母さんを殺した人、許せないな」
望は拳を握り締めた。だが、もう犯人はこの世にいないだろう。多分、死刑になっているだろう。あれだけのひどい事をしたんだから。できれば、本当の両親に育ててもらいたかったな。だったら、いじめられなかったのに。
「そうなんだ」
「もう何も言わないようにしよう。あんまりそういうの考えずに生きたいんだ」
俊作は時計を見た。そろそろ寝る時間だ。明日は高校がある。居眠りしないように、早めに寝ないと。
「そっか。とにかく、明日は楽しみだね」
「もちろん!」
と、そこに安奈がやって来た。だが、望はまったく気づいていない。
「いよいよ望くんも来月から高校生か。楽しみかい?」
望は振り返った。そこには安奈がいる。まさか安奈が来るとは。
「うん」
「じゃあ、僕は寝るね。おやすみ」
「おやすみ」
俊作は寝室に向かった。望は相変わらず外を見ている。外はとても静かだ。風の音がよく聞こえる。
「さて、寝るか」
望はもう寝る事にした。明日は卒業式だ。かっこよく中学校生活を終えるんだ。そして、高校に向けての足掛かりにするんだ。
翌日、目を覚ました望は、外を見ていた。冬は寒かったが、徐々に暖かくなってきた。そう思うと、いよいよ卒業式が近づいてきたと思えてくる。
「おはよう」
望は振り向いた。いよいよ今日は卒業式だ。
「おはよう。いよいよ今日だね」
「うん」
今日も池辺うどんは深夜から仕込みをしている。だが、今日は俊介がしている。いつも仕込みをしている栄作は卒業式に参加するために、準備を整えている。
「今日は俊介が夜遅くから頑張ってるんだよね。大将が卒業式に来るから」
と、そこに安奈がやって来た。安奈も卒業を喜んでいるようだ。
「卒業おめでとう」
望は振り向いた。そこには安奈がいる。安奈は家事やうどん屋の事で忙しくて来れない。
「ありがとう」
望は時計を見た。そろそろ出発の時間だ。早く行かないと。
「それじゃあ、行ってきまーす」
「行ってらっしゃーい」
望は階段を降りて、玄関から家を出て行った。安奈は2階から見守っている。いつもはここから見守る事はないのに。今日は特別な日だから、ここから見ているんだろうか?
安奈は横を見た。そこには明日香がいる。明日香は今月1日で高校を卒業していて、家でのんびりしていた。春からは東京の大学に進学する予定だ。寂しいけれど、いつかは独り立ちしなければならない。そのためにも、東京で一人暮らしをして、成長しなければ。
「どうしたの?」
「どんな高校生になるのかなって」
「どうだろう」
2人は望の後ろ姿を見て、どんな子になるんだろうと考えた。どんな道に進んでもいい。悪い大人にだけはなってほしくない。それは栄作も同じ考えだ。