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  作者: 口羽龍
第3章 薫
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12

 11月になった。夏休みはとっくに終わり、小学校から高校はまた授業が始まった。あの頃ほどではないが、今日も池辺うどんには朝から多くの人が並んでいる。相変わらず栄作の作るうどんは評判がいい。この味はきっと、望に受け継がれていくだろう。


 だが、秋ごろになって、栄作の様子がおかしい。何かを考えているようだ。従業員は気になった。俊介や安奈も気になっていた。何か気になる事でもあるんだろうか? もし会ったら、話してほしいな。


「どうしたんですか?」


 声をかけたのは安奈だ。気になっている事があったら、気軽に話してもいいのに。


「最近、望がうちに来なくてね」


 秋になってからの事、朝いつもやってくるはずの望が来ないのだ。いつも来てくれたのに。何かあったんだろうか? 栄作はとても気にしていた。心変わりしたんだろうか? 店を継ぎたくないんだろうか?


「もう受験時なのよ」


 安奈は知っていた。望は今年で中学3年生だ。そろそろ高校受験を考える時だ。中学校の受験は考えていなかった。だが、高校に進学すると、受験を考えなければならない。これが家族の未来を左右するのだから。


「そっか。もう受験の時なんだな」


 確かにそうだ。もう望は中学3年生だ。そろそろ受験を考える時だ。思えば自分の受験も大変だったな。夜通しで勉強して、授業で先生に怒られたっけ。だけど、その勉強のおかげで専願の高校に進学できて、今がある。今こうしてうどん作りを頑張れているのは、受験があったからかもしれない。


 ふと、栄作は考えた。そんな望のために、何かを作りたいな。だが、何も思いつかない。


「どうしたの?」


 栄作は横を向いた。そこには俊介がいる。


「いや、何でもないんだ」

「ふーん・・・」


 そして、栄作は再びうどんを作り始めた。別の事を考えてばかりでは、何も進まない。




 その夜、俊介と安奈は2階が気になっていた。今日も望は夜遅くまで受験勉強を頑張っている。こんなに夜遅くまでやらなくてもいいのにと思っている。だけど、将来のために頑張っているのだと知ると、止められなくなる。


「今日も夜遅くまでやってるね」

「高校受験ならそれぐらい・・・」


 2人は1階から見守っていた。この子なら、きっと専願の高校に進めるはずだ。だって、安奈に一生券面に頑張っているんだから。


 その頃、望は受験勉強をしていた。明日香と俊作はすでに寝ようとしている。受験とは関係ないからだ。


「居眠りには気を付けてね」

「うん」


 明日香と俊作は電気を消した。望の机の電気スタンドが望を照らしている。望は一体、どんな大人になるんだろう。明日香と俊作は望の後ろ姿を見て、頼もしく思えてきた。弟のような子供なのに、どうしてだろう。


「僕はここで寝るね。おやすみ」

「おやすみ」


 2人はベッドに横になった。それでも望は受験勉強をしている。


 2人がすっかり寝静まった頃、誰かがノックした。もう誰も寝ているはずなのに、誰だろう。


「はい」


 望は立ち上がり、ドアを開けた。そこには栄作がいる。こんな夜遅くに何だろう。と、望は気づいた。下からだしのいいにおいがする。まさか、夜食のうどんだろうか?


「望、ちょっと下に来い・・・」

「はい・・・」


 望と栄作は1階に向かった。ダイニングに近づくたびに、だしのにおいが強くなっていく。どうやら何かを作ったようだ。


 2人はダイニングに入った。そこには鍋焼きうどんがある。栄作は内緒で鍋焼きうどんを作ったようだ。まさか栄作が作ってくれるとは。どうしたんだろう。


「これは?」

「頑張ってる望のために鍋焼きうどん作ったんだが、食べな」


 望は嬉しくなった。受験勉強を頑張っている自分のために、栄作がこんな事をしてくれるなんて。栄作のためにも、今回の受験は負けられない。絶対に受かってやる。


「はい」


 望は椅子に座った。鍋焼きうどんの中には、野菜の他に、えび天と卵も入っている。とてもおいしそうだ。


「いただきます」


 望は鍋焼きうどんを食べ始めた。心も体も温まる。そして、とてもおいしい。いつも以上においしいと思うのは、栄作の愛情があるからだろうか?


「おいしい!」

「ありがとうな。俺の受験の時もそうだったなー」


 栄作は高校受験の時を思い出した。あの頃も父が鍋焼きうどんを作ってくれたな。愛情も相まってか、いつも以上においしく感じた。だからこそ、今の自分があるのかもしれない。


「そうなんだ」

「大変だったけど、親父が鍋焼きうどんを作ってくれたんだ」


 昔も今も、そういう伝統があるのか。僕もいつか、子供が受験を迎えたら、作らなければならないんだろうか?


「そうなんだ」

「とても嬉しかったなー。で、専願の高校に合格した」


 栄作は専願の高校に受かった時の事を思い出した。みんな、喜んでくれた。そしてその夜、店で祝ってくれた。その時食べた天ぷらは本当においしかったな。もし、望が専願の高校に受かったら、望もお祝いしたいな。


「じゃあ、僕も専願の高校に合格しないとな」


 と、栄作は望の肩を叩いた。望は気合が入った。栄作がこんなに応援している。頑張らなければ。


「頑張ってな。俺の子供なんだから」

「うん!」


 栄作は望の本当の子供ではない。だが、ここまで育ててきたんだから、子供も同然だ。来年の受験、みんなのためにも頑張ってほしいな。

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