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  作者: 口羽龍
第3章 薫
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7

 快速マリンライナーは終点の高松駅に着いた。かつて高松市は四国の玄関口だった。瀬戸大橋が開通し、本四備讃線が開通する前、岡山県の宇野港と香川県の高松港を結ぶ宇高連絡船が四国へ向かうためのルートの1つだった。宇野港から高松港へ降り立った人々は、高松駅から各方面へ向かう列車に乗り換えたという。だが、瀬戸大橋が開業してから、高松駅周辺は寂しくなった。だが今でも、高松港から各地へ向かうフェリーへの乗り換え客で賑わっている。


「さて、高松に着いた・・・」


 薫は高松駅に降り立った。旅立ったあの頃と変わっていない。薫は深呼吸し、久々の四国の空気を感じた。だが、それと同時に、薫は緊張している。栄作がどこかにいそうだ。もし見つかったら、追い返されるだろう。


 薫は高松駅から出ると、少し離れたところにある高松築港駅に向かった。高松築港駅は高松琴平電鉄、通称琴電の高松側の終着駅だ。そこまで歩く間も、薫は緊張している。自分の事を知っている人がいて、その人からも追い返されるかもしれない。薫は周りをじろじろ見ている。


 薫は高松築港駅に着いた。高松築港駅は、高松駅に比べて小さく、1面2線だ。ホームには電車が停まっている。幼い頃には古い旧性能車が走っていたが、急速に近代化が進み、かつて京王や京急、名古屋市営地下鉄で活躍した電車が活躍している。だけど、高松築港駅の駅舎や構内はあまり変わっていない。


「琴電、こんなに変わったんだな」


 薫は琴電琴平行きの電車に乗った。乗客はそこそこいる。車内は静かだ。その中で薫は、これまでの日々を思い出していた。できればあの頃に戻りたい。だけど、もう戻れない。あの時、悪い事をしていなければ、自分はここにいたのに。だけど、どんなに後悔しても、栄作とは仲直りできない。もう一緒に働けない。


 琴電琴平行きの電車は、ゆっくりと高松築港駅を発車した。電車は市街地を進んでいく。薫はまったく外を見ようとしない。いつも通りの光景だ。見る価値はないと思っている。


 電車はやがて、長尾線と志度線が分岐する琴電で最も大きな駅、瓦町駅に着いた。構内を見て、薫は驚いた。旅立った頃に比べて、あまりにも変わりすぎているからだ。かつてあったレトロな駅舎は解体され、巨大なビルが建っている。コトデンそごうとして開店したが、2001年にコトデン瓦町ビルになった。志度線のホームは遠く離れた場所に移転し、車窓からは見えない。


「瓦町がこんなに変わるとは」


 電車は瓦町駅を出て、綾川町に向かって進んでいく。瓦町で多くの乗客が入れ替わった。そして、少し騒がしくなった。彼らは薫を見て、何も思わない。薫はほっとした。だが、気を抜いてはならない。これから綾川町に向かうのだから。


 電車は滝宮たきのみや駅に着いた。薫は少しほっとした。帰ってきたからだ。だが、油断してはならない。ここにいる人々の多くは、自分を知っているかもしれない。もし知られたら、大変だろう。ひょっとしたら、栄作が呼ばれるかもしれない。そして、帰れと言われるかもしれない。


「さて、帰って来たか」


 薫は池辺うどんまでの道を歩いている。何度も歩いたこの道、今となっては緊張してしまう。全部自分が悪いんだ。一生それを背負っていかなければならないんだ。これはどうしようもない。


 しばらく歩いていると、行列が見えてきた。池辺うどんだ。大型連休という事もあって、多くの人が並んでいる。やっぱりここは人気店だな。


「これが池辺うどんか」


 薫は帽子をかぶり、顔があまり見えないようにした。店員の多くは薫の事を知っているだろう。そして、見つけたら追い出すだろう。


「けっこう並んでるな。これなら見つからずに済むかも」


 並び始めて1時間半、ようやく薫は店内には入れた。だが、薫は下を向いていて、あまり見ようとしない。店員と顔を合わせるのが怖いようだ。薫は思った。本当に自分は、ここに来てよかったんだろうか?


「いらっしゃいませ」

「ぶっかけひやひやの並で」


 何も知らない俊介はうどんを湯がき、冷水でしめた。丼に盛り付けると、冷たいぶっかけつゆをかけた。


「はいどうぞ」

「ありがとうございます」


 薫は海老天とかき揚げを取ると、すぐに会計を済ませた。会計には安奈がいるが、安奈も気づいていない。


 薫はテーブルに座ると、すぐにうどんを食べ始めた。食べている間も、薫は周りの視線が気になった。食べている時に、栄作が見つけないか心配だった。栄作はこの時間帯、奥の作業場で切りの作業をしているが、こっちを向かないか不安になる。


 食べ終わった薫はすぐに立ち上がり、食器を返却台に戻した。ここに長居したら、その間に見つかるかもしれない。早く帰ろう。


「うーん・・・」


 薫は思った。また働きたいと栄作に言ってみたい。だけど、追い返されるだろう。もう帰ったほうがいいんだろうか?


「もう帰ろう」


 結局、薫はすぐに退店し、滝宮駅に向かう事にした。もうしばらく綾川町には帰らないだろう。だって、自分はここにいてはいけないから。


 薫は滝宮駅までの道を歩いていた。その間、薫は栄作の事を考えていた。高校まで一緒に過ごした。あの頃はよかったな。いつか、父さんみたいなうどん職人になりたいと思った。そして、一緒に働きたいと思った。だけど、それはかなわぬ夢となってしまった。


 と、薫は振り返り、池辺うどんを見た。行列は短くなったものの、多くの人が並んでいる。


「父さん・・・」


 薫は再び前を向き、滝宮駅に向かって歩き出した。もう俺はここにいちゃいけないんだ。そして、東京に戻らなければならないんだ。もう俺は東京の人間なんだ。東京で讃岐うどんを作っているんだ。


 薫は滝宮駅に戻ってきた。滝宮駅のベンチで、薫は泣いていた。もうここに来れないつらさで、自然と涙が出てくる。だが、誰も振り向いてくれない。まるで、誰も自分を擁護していないかのようだ。


 薫は帰りの電車から、池辺うどんまでの道を見た。だが、もう池辺うどんは見えない。それを確認すると、薫は下を向き、ロングシートに座った。

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