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  作者: 口羽龍
第3章 薫
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6

 その年の夏、薫は悩んでいた。一度、香川県の実家にこっそりと戻ってみようか? だけど、うどん屋を手放せないし、帰ったら栄作に追い返されるだろう。だけど、今は違うかもしれない。久々に行ってみたいなと思った。


「大丈夫ですか?」


 従業員が話しかけた。薫は我に返った。また考えてしまった。ここ最近そうだ。仕事中でも考えるのは故郷の事だけ。あの池辺という中学生を見てからだ。あれからずっと池辺という中学生の事を思い出して、あの子に会いたいと思ってばかりだ。そのため、仕事がやけに進まない。どうしてだろう。自分にもわからない。


「ああ」


 ふと、従業員は思った。少し疲れているのでは? 薫は店長で、とても忙しくて、心身ともに疲れているのでは? 少し休ませたらどうだろう。


「少し休んでみたらどうです?」

「うーん・・・」


 薫は考えた。だけど、その間にトラブルがあったら大変だ。その時いなかった自分に責任がのしかかる。そうなったら自分だけではなく、この店自体に悪影響が出る。この店自体が閉店してしまうかもしれない。


「かまいませんよ、その間は私が何とかしますから」


 だが、従業員は笑みを浮かべている。その間は何とかするから、どこかに行ってきてよ。薫は徐々に思ってきた。この従業員は徐々に腕を上げてきた。そろそろ自分たちで頑張らせてみたらどうだろう。きっと自分が成長するきっかけにもなるだろうから。


「わ・・・、わかった・・・」


 結局、薫は明日から少し休む事にした。その間、秘密で香川に帰ってみようかな? 自分が帰っていない間に、香川県はどうなったんだろう。その目で見たいな。


 薫は今日の仕事を終え、帰り路を歩いていた。いつもの夜景を見て、薫は思う。今の高松市の夜景は、どうなんだろう。昔よりもずっと明るくなっているんだろうか? 自分が帰っていない間に、香川県の鉄道でもいろんな変化があった。マリンライナーが2階建て付きの新型車両に変わった。岡山を経ては肩まで行く新幹線も新しくなり、東京から岡山までの所要時間が少なくなった。その変化の中で、故郷はどうなったんだろう。その目で見たいな。




 翌日、薫は東京駅にいた。レンガ造りの駅舎は、いつの時代もわくわくさせてくれる。あの時、この東京で成長して、香川県に戻ってくると誓ったあの日。だけど自分は、東京で罪を犯し、家族と縁を切られてしまった。自分が悪いとはいえ、あまりにもつらかった。


「行くか・・・」


 薫は博多行ののぞみに乗った。のぞみの車内は、家族連れが多い。今日は土曜日だ。土日でどこかに出かけるのだと思う。家族連れを見て、薫は幼少期を思い出した。あの時は両親がいて、とても幸せだったな。あの時、罪を犯していなければ、こうなっていたのに。自分はなんて事をしてしまったんだろう。


 のぞみは定刻通りに東京駅を出発した。まずはここから岡山まで行く。岡山までは3時間ぐらいの旅だ。昔に比べて所要時間が短縮された。香川県の実家までの距離も縮まった。だけど、心の距離はどうなんだろうか? 今でも縮まっているんだろうか? それとも、昔と同じく距離が遠くなっているんだろうか? 流れる東京の景色を見ながら、薫は考えていた。


「香川に行くなんて、久しぶりだな」


 新横浜駅を発車すると新幹線は、一気にスピードを上げた。のぞみはここから名古屋まで途中の駅に停まらない。子供たちはその速さに驚いている。その様子を見て、薫は思った。幼少期に初めて乗った新幹線。自分もこんな風に興奮していたな。見たこともない速さで、こんなに速い電車があるものだ、かっこいいなと思った。いつかこれに乗って、東京に行きたいな。そして、東京で成長したいなと思ったものだ。


「父さん、今どうしてるんだろう」


 新幹線は神奈川県を後にして、静岡県を横に貫いていく。新富士駅辺りに差し掛かると、右の車窓に富士山が見えてきた。これが日本一の山、富士山だ。今日も富士山は美しくそびえ立っている。自分もそうだが、どれだけの人々がこの富士山に感動したんだろう。どうして富士山は人々を感動させるんだろう。どこに魅力があるんだろう。薫にはわからない。日本の象徴だからだろうか?


 愛知県に入り、三河安城駅を通過すると、もうすぐ名古屋に着くというアナウンスが聞こえてきた。ここまで1時間余りもずっと走ってきた。ようやく次の停車駅だ。そのアナウンスを聞いて、立ち上がる人々がいる。彼らは、次の名古屋駅で降りる人々と思われる。


 のぞみは名古屋駅に着いた。愛知県最大の都市で中心、名古屋市の代表駅だ。ここからはよく見えないが、その先にはセントラルタワーズという高い駅ビルがあり、名古屋駅のシンボルの1つになっている。東京から名古屋まで約1時間半、ようやく半分まで行ったようだ。


 名古屋駅を後にすると、新幹線は再びスピードを上げて、京都に向かった。京都のアナウンスを聞いて、薫は思った。そう言えば、高校の修学旅行は京都だったな。歴史的な建造物をいろいろめぐって、とても楽しかったな。思えば、あれから全くクラスメイトに会っていない。クラスメイトは今頃、どうしているんだろう。罪を犯した自分をどんな目で見ているんだろう。もう許してくれているんだろうか? それとも、まだ許せないと思っているんだろうか? どんな反応をするかわからないけど、一度会ってみたいな。そしてまた、京都を旅したいな。


 京都駅を過ぎて、電車は新大阪駅に向かっていた。右には並行して走る東海道線と阪急線が見える。それを見て、いよいよ関西に入ったんだと感じる。だけど、今日の目的地は香川県だ。もう少し先だ。だけど、徐々に近づいている。そう感じると、薫は気合が入った。もう迷いはない。ダメもとで実家に試しに帰ってみよう。栄作に見られてもいい。どんな反応をしてでもいい。


 新幹線は新神戸駅を出て、長いトンネルに入った。いよいよ次は岡山駅だ。ここからマリンライナーに乗り換えて高松駅へ向かう。綾川町にはJRが通じていないので、そこから先は高松駅から少し離れた高松築港駅から出ている琴電に乗り換えて向かう。幼少期の琴電は古い電車ばかりで、多くの鉄道ファンが来ていた。今ではどうなっているんだろうか?


「いよいよ岡山だな」


 新幹線は岡山駅に着いた。ここからは在来線に乗り換えだ。マリンライナーで高松駅に向かう。薫は新幹線から降りた。その構内は、上京したあの時と全く変わっていない。ただ、発着する電車は変わった。これから乗るマリンライナーは新しい電車に変わった。普通鋼のグリーン車の塩害がひどかったのだ。現在の電車は東海道線・山陽線で活躍している223系の派生で、ステンレスなので塩害に強い。そして、グリーン車は2階になり、見晴らしがよくなった。


 薫は在来線の宇野線のホームにやって来た。そこには快速マリンライナーの他に、特急南風が停まっている。南風はアンパンマンのラッピングが施されていて、子供たちが集まって記念撮影をしている。とても和ましい光景だ。


 薫は快速マリンライナーに乗った。指定した席はグリーン車だ。薫は先頭車の2階に乗った。いつもとは違う風景だ。薫は興奮した。これに乗れば、四国に行ける。そう思うと、さらに気持ちが高ぶる。


 快速マリンライナーは岡山駅を出発した。2階のグリーン車はそこそこ人が乗っている。ゆったりとする乗客もいれば、2階からの眺めを楽しむ乗客もいる。薫は2階からの景色を楽しんでいた。普段、2階建ての電車には乗らないからだ。関東の一部の路線には2階建てのグリーン車付きの電車があるが、全く使った事がない。


 快速マリンライナーは茶屋町から本四備讃線に入る。ここからは高規格な高架線だ。トンネルが多くて、景色がよくわからない。しばらく走っていると、児島の街並みが見えてきた。瀬戸大橋はもうすぐだ。


 トンネルを抜けると、大きな橋に差し掛かった。瀬戸大橋だ。道路が上を、鉄道が下を通っている。修学旅行などで何度も通ったが、また通れると思わなかった。だが、薫の表情は複雑だ。果たして、栄作はどんな反応をするんだろう。もし、追い返されたらどうしよう。不安も少しある。だけど帰ってきた。


「いよいよ四国、香川県だ・・・」

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