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  作者: 口羽龍
第3章 薫
41/87

3

 次第に従業員がやってきた。従業員の多くはアルバイトで、それらを店長の薫が率いている。刑務所から出てきた薫は、めきめきと力をつけて、いつの間にか店長となり、みんなに慕われる存在になった。まるで罪を犯していないように見える。だがそれは、罪を償おうと努力してきた結果だ。


「おはよう」

「おはようございます、店長」


 薫は声をかけると、従業員は笑顔を見せた。今日も頑張ろうという気持ちになれる。


「おう、今日も頑張ろうな」

「はい!」


 薫は生地をこねている。従業員はその様子を見つつ、別の工程の仕事をしている。薫は彼らのあこがれだ。


「本当に池辺さんはうまいね」

「ああ」


 薫は苦笑いをしている。うまいと言われると、なぜか顔がほころんでしまう。どうしてだろう。


「やっぱ、あの店の子だもんな」


 従業員のほとんどは知っている。薫の父は香川県で一番と言われている名店、『池辺うどん』の店主、池辺栄作だ。香川県ではとても知られた名前で、うどん好きの間でもそこそこ知られている。


「うん。だけど・・・」


 だが、薫は浮かれない。どんなに頑張っても、栄作に再会できない、香川県に帰れないだろう。本当は帰って、栄作と一緒に頑張りたいのに。自分の罪のせいでもう戻れない。そう思うと、いつも下を向いてしまう。


 と、1人の従業員が薫の肩を叩いた。従業員は笑みを浮かべている。


「大丈夫だって。いつか仲直りできて、帰れる日が来るよ」

「本当かな?」


 薫は疑い深い。栄作は頑固だから、絶対に許してくれないだろう。それを知って、励ましているんだろうか? 実際に栄作に会った事があるんだろうか? もし会っていないのなら、会ってみてよ。絶対に許してくれそうにないと思うだろう。


「俺は信じてるから」

「ありがとう」


 薫は少し笑みを浮かべた。だが、すぐに元に戻った。もう許してくれないだろうと思っている。やっていなければ、自分は香川県で頑張っていたのに。いくら後悔しても無駄だ。やってしまった事はもう償えない。一生ついて回るだろう。今自分は、それを肌で受けているんだ。これは自分へのお仕置きだろう。


「実家、どうなっているのかな?」


 薫は故郷を気にしていた。今頃、栄作はどうしているんだろう。従業員の荒谷夫妻はどうしているんだろう。とても気になるが、実家にはもう二度と戻れないだろう。


「気になるの?」


 従業員は、薫が何かを考えているような仕草が気になった。もし悩んでいる事なら、はっきりと言ってほしいな。


「うん。まだ父さん、やってるかな?」

「どうだろう」


 従業員は知っていた。この人はもともと、跡取り息子だった。だが、罪を犯してしまったために、実家に帰れなくなった。そしてここで頑張っている。


「許してほしいな、過去の事」


 薫は思っていた。やってしまった事はやってしまったんだから、もうそんな事を忘れて、再び香川県で頑張りたい。そして、店の後を継ぎたい。それが一番の親孝行になるんじゃないかと思っている。


「そうだね。もう過去の事なんだから、もう理解してほしいよね」

「うん」


 従業員も同じ気持ちだ。まだ再会できていない、和解していないけど、いつかは帰れる時が来る。その時には、その店に行きたいな。本場の讃岐うどんを食べたいな。


「俺は継ぎたいと思ってるのに、どうすればいいんだろう」

「大丈夫大丈夫。きっと継げるって」


 従業員は励ましている。だが、薫の表情は変わらない。栄作って、よほど怖い人なんだな。


「ありがとう」


 薫は立ち直ったように話しているが、本当は立ち直っていない。従業員は心配そうに見ている。彼らを指導する立場なのに、大丈夫だろうか?


「さて、頑張るか」

「うん」


 だが、いつまでも下を向いてばかりではいけない。待っている客のためにもうどん作りを頑張らないと。頑張っていれば、必ず帰れるから。


「店長の腕には憧れるね。なんかプロを見てるみたい」

「ありがとう」


 従業員は薫の腕にほれぼれしている。これが有名な讃岐うどん店の店主の息子なんだな。でも、その父、栄作はもっと上なんだな。どういう作り方をするんだろう。生で見たいな。


「いつか、実家の店で働いてる姿、見たいな」

「見れるかなぁ・・・」


 薫は苦笑いをしている。もうできるはずがない。栄作とは縁を切られているのだから。


「見れるって!」

「だったらいいけど、父さんが・・・」


 帰れると思うたびに、栄作の表情が頭に浮かんで、その気ではなくなる。


「大丈夫大丈夫」

「うーん・・・」


 従業員は薫の肩を叩いた。薫は背筋が立った。こんなに多くの従業員に慕われている。自分がへこんでいたら、どうにもならないだろう。彼らに背中を見られているのなら、頑張らなければ。


「僕、絶対に帰れると信じてるよ。もし帰れたら、池辺うどんに行きたいな」

「そう。ありがとう」


 薫は思った。ぜひ、来てほしいな。そして、金毘羅山参りをして、池辺うどんで本場の讃岐うどんを食べてほしいな。そのコシの強さにはびっくりするだろうから。

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