27
その夜、荒谷家は緊張していた。望に真実を話す時が来たからだ。今まで父だと思ってきた栄作は父じゃない。すでに両親は殺されている。望はそれをわかってくれるんだろうか? そして、立ち直ってくれるんだろうか? もし縁を切られたら、どうしよう。俊介と安奈は不安だ。
栄作は思っていた。これまで愛情をもって育ててきたのに、縁を切られてしまう。こんな時がいつか来るだろうと思っていたが、こんなにも早くわかってしまうとは。とても信じられなかった。
インターホンが鳴った。俊介はそれに反応した。栄作が来たようだ。俊介はびくびくしている。扉の前に栄作がいるからだが、それ以上に望に真実を話す時が来たと思って、緊張していた。
「はい!」
俊介は玄関を開けた。その向こうには栄作がいる。栄作はいつも以上に固い表情だ。栄作も緊張していた。
「大将・・・」
「望はいるか?」
栄作は辺りを見渡している。だが、望はいない。どこにいるんだろう。まさか、まだ2階にいて、落ち込んでいるのでは? だったら、まだ来るのが早かったようだ。もし来ないのなら、日を改めてまた来ようかな?
「リビングに・・・」
「そうか・・・」
望はリビングにいるようだ。2階にいると思われたが。きっと栄作が来るのを待っているのだろう。栄作は靴を脱ぎ、リビングに向かった。望はどんな表情で待っているんだろう。
ノックの音が聞こえた。望は顔を上げた。栄作が来た。それを察すると、望は緊張してきた。
「はい」
ドアが開き、栄作がやって来た。望は下を向いている。落ち込んでいるようだ。相当ショックを受けているのだろう。
「望・・・」
突然、望は立ち上がった。望は聞きたかった。本当の両親は誰だろう。どこにいるんだろう。
「本当の子供じゃないの?」
「ああ。お前の両親は、生まれた直後に殺されたんだ。だから私が従業員の荒谷夫婦と共に育てたんだ」
望は驚いた。生まれた直後に殺されたとは。もうこの世にいないとは。自分は本当の両親のぬくもりを知らずに育ったとは。もし生きていたら、会いたいなと思っていたのに、もう本当の両親に会えないんだ。そう思うと、自然に涙が出てきた。
「そうなんだ」
栄作は肩を叩いた。今まで黙っていて申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「今まで黙っていて、ごめんな。だけど、私が育ててきたから、お前は私の子だ」
すると、望は顔を上げた。とても嬉しいようだ。自分をここまで育ててきて、讃岐うどんの作り方を教えてくれた。まるで本当の父のようだ。
「うーん・・・」
「どうした?」
俊介は気になった。望は何を考えているんだろう。
「お父さんとお母さん、もういないんだね」
「ああ。残念だけどな」
俊介は温かい表情だ。俊介も本当の父じゃないけど、まるで父のように育ててくれた。感謝したい気持ちでいっぱいだ。
「だけどな、くじけんなよ」
「はい・・・」
望はいつの間にか、泣き止んでいた。泣いていてはだめだ。前を向いて生きていかなければならない。
「たとえ本当のお父さんがいなくても、人間は人間なんだ」
「うん・・・」
と、望は栄作に抱きついた。栄作は驚いた。急にどうしたんだろう。何があったんだろう。
「どうした?」
「今まで父さんと思ってきたのに・・・」
栄作は望の頭を撫でた。まるで本当の父のように温かい。死んだ本当の父に抱かれた覚えはないけど、父の温もりって、こんなんだろうか?
「本当にごめんな。もう今日は帰るからね」
「うん・・・」
栄作は帰っていった。望と俊介、安奈は栄作の後姿を見ている。
望は下を向いたまま、2階に向かった。まだショックから抜け出せないようだ。
「よほどショックだったみたいね」
「うん」
2人は心配そうだ。明日はいつも通り登校するんだろうか? 小学校では大丈夫だろうか?
「今日は何も言わないでおこう」
「そうだね」
望は寝室に戻ってきた。そこには俊作と明日香がいる。俊作と明日香は、今さっきの事を全く知らないようだ。だが、2人は知っている。望が栄作の本当の子供じゃないという事実を。
「望くん、大丈夫?」
「何とか・・・」
明日香は心配している。今日の夕方に落ち込んで帰ってきた。あれから落ち込んでばかりだ。
「相当ショックなの?」
「うん」
俊作は望の頭を撫でた。早く立ち直ってほしいようだ。
「大丈夫大丈夫。望くんはどう見ても普通の子だから。気にしないで」
「ありがとう・・・」
と、そこに俊介がやって来た。望の事が心配になってやって来たと思われる。
「俊作、もう今日はそっとしておこうよ」
「そ、そうだね」
と、望は立ち上がり、池辺うどんの方向を見た。何を思ったんだろう。3人は望の後姿を見ている。
「大将・・・」
俊介は驚いた。大将とは栄作の池辺うどんでの呼ばれ方だ。それがどうしたんだろう。
「どうしたの?」
「いや、何でもないよ」
そろそろ寝る時間だ。明日も小学校がある。早く寝よう。
「そう。じゃあ、おやすみ」
「おやすみ」
2人はベッドに横になった。だが、望は外を見ている。その様子を、俊介はじっと見ていた。