12
翌年の4月、池辺うどんは騒然となっていた。今日から新人が入るというのだ。噂では、今日から入る新人は、琴平のうどん屋の大将の娘だという。琴平は金毘羅山のある町で、琴電の終点、琴電琴平駅がある。そしてここには、中野うどん学校という讃岐うどんを作る体験施設がある。そんな場所からやって来たのだ。どんな人だろうか?
「新しい子がやって来るんだって?」
俊介はワクワクしていた。どんな人だろうか? 高校を卒業したばかりで、独立してうどん職人になろうと思ってやってきたそうだ。
「うん。琴平からやって来たんだって」
それを聞いて、安奈は 金毘羅山に行った時の事を思い出した。とても疲れたけれど、その後で食べた讃岐うどんはとてもおいしかったな。
「ふーん。名前は?」
「内村直子」
直子は琴平にあるセルフの讃岐うどんの店「うちむら」の店主、昭三の長女で、店を継ぐ決意をした弟と違い、自分の道を切り開きたかったそうだ。
「へぇ。どんな子?」
「実家がうどん屋なんだって」
俊介は期待した。この子となら、望と仲良くなれるかな? そして、結婚に至れるかな?
「そうなんだ。楽しみだな」
「うん」
と、そこに栄作がやって来た。その後ろには若い女性がいる。その女性が直子だろうか?
「来た来た!」
「えー、今日から新しく入った、内村直子さんだ」
栄作はみんなに直子を紹介した。なかなかかわいい女性だな。望は一目ぼれした。望の顔を見て、直子は何かを感じた。
「内村直子です。よろしくお願いします!」
直子はお辞儀をした。直子は中学校から休日の空いた時間に店の手伝いをしながら、仕事のいろはを学んだという。望と一緒だな。
「じゃあ、今日は天ぷら作りに入って」
「わかりました」
直子は天ぷらづくりに入った。直子の表情から、全く問題なさそうだ。直子はとても慣れているようだ。さすがは中学校から手伝いをしていたという表情だな。
と、望の表情が気になった。直子がとても気になるようだ。まさか、一目惚れしたんだろうか? 今日、初めて会ったばかりなのに、どうしたんだろうか?
「どうしたんだい?」
俊介の声で、望は我に返った。
「かわいいなと思って」
望は笑みを浮かべている。俊介は嬉しそうだ。気に入ってくれたようだ。これは恋人になれそうだな。
「そう?」
「恋したい?」
だが、望はまだ考えていないようだ。自分の出征の秘密があるからだ。こんな過去があるのに、本当に結婚できるんだろうか? でも、この子と結婚できたたらいいな。
「うん」
「そっか・・・」
と、望は時計を見た。もう作業を始める時間だ。さっさと頑張らないと、さぼっているように思われて、栄作に怒られるだろう。
「さて、頑張らないと」
「そうだね」
と、そこに安奈がやって来た。何か言いたい事があるようだ。だが、望は安奈が近づいてきた事に気が付いていない。
「ねぇ」
「どうしたの?」
望は横を向いた。そこには安奈がいる。何か言いたい事があるんだろうか?
「どうして見てんのかなと思って」
「いや、何でもないよ」
望は何とも思っていないようだ。今さっきは気になっていたような表情だったのに。どうしたんだろうか? 何かを隠しているんだろうか? この子に一目ぼれしたんだろうか?
「そう・・・」
「頑張れよ」
「はい!」
と、直子は何かに気付いた。望に見られているのだ。この子は栄作の養子だという。そして、この町では知られた若き天才うどん職人だと聞く。次の大将候補だと言われている。何も言っていないが、直子は望の過去を知っている。それを、昭三から聞いた。そんな人でも、全く問題ないと思っていた。なぜならば、うどんを作るのがうまくて、栄作が一番弟子だと認めるぐらいだと聞いている。
「どうしたの?」
俊介の一言で、直子は我に返った。集中しないと。天ぷらを焦がしてしまったら、天ぷらが全部だめになってしまう。
「見てる事を言われて」
「そっか」
直子は笑みを浮かべている。何を考えているんだろう。全くわからないな。
「さて、頑張らなくっちゃ」
「ああ」
と、そこに客がやって来た。若いカップルだ。大きなリュックを持っているので、ここにやって来た観光客のようだ。
「いらっしゃいませ、ご注文は?」
注文を聞いたのは、俊介だ。
「ひやあつのかけ並」
「かしこまりました」
俊介はうどんを湯がき、冷やして、温かいだしをかけた。
「どうぞ」
「ありがちょうございます」
2人はその先の天ぷらやおかず、ごはんもののあるカウンターに向かった。2人は天ぷらを2本ずつ取っていった。安奈はその様子をじっと見ている。
次にやって来たのは中年の男性だ。この近くに住んでいて、店員はこの人の事を知っていた。
「いらっしゃいませ、ご注文は?」
「ひやひやのぶっかけ並」
「かしこまりました」
俊介はうどんを湯がき、冷やして、冷たいぶっかけつゆをかけた。直子はその様子をじっと見ている。直子はこの工程をやった事がなかった。自分もできるようにならないと。




