幼女とクエスト
「そうですね。単独で受けられる依頼はございません」銀行の受付みたいな窓口で瘦せっぽちの職員が申し訳なさそうに返答した。
「ですが、複数人で受けれるものでしたらご案内できますよ。メンバー募集のパーティをご紹介しましょうか?」
棚に並ぶ巻物状のものをいくつか確認する。
どうやら依頼書の類らしい。
「なるほど」
ユーマは腕組みをしたまま唸った。
一字一句同じでは無いが、去り際にばあさんが言っていた内容と一致する。
やはりババアはエスパーだったようだ。
「どういったパーティがあるんですか?」
バイトの案件を見たりするのはタダだ。
一緒に冒険するメンバーのおおよそを知ることもタダである。
どうするかは知ってからでも遅く無いだろう。
ユーマは割と慎重であった。
「いまメンバーを募集されているのは、2パーティありまして、魔法使い、薬師、剣士の3名パーティと魔法使い、魔法使い、拳闘士、シスター、剣士の5名パーティがありますね」
「ふむ」
ファンタジーな職業名が出ると途端に現実味が失せる。
手触りのいい木製の受付台も揺らめく燭台の火も夢か映画の世界のような感じがしないでもない。
やはりよくできた夢かもしれん、などと疑いを持つくらいにはユーマは醒めていた。
「前者は魔法使いの方だけが女性です。後者は、その、剣士の方以外はみな女性でして・・・・・・」
「ふむ」
もう一度唸る。
両手にバラの園かハーレムパーティか選択が難しいところだ。
波乱万丈な運命しか見えない気もするが、ばあさんは“平凡な”とも言っていた。
その平凡がユーマの思う平凡とは、意味が違うかもしれない。
「うむ」
「どうされますか?」
顔見知りならともかく、見ず知らずの男女の間に入っていくほど命知らずなものは無いと思っている。
思い起こされる苦い思い出。
ユーマは、ちょっと考える、と言い残し館内を歩き出した。
「それに」
立ち並ぶ掲示板を横目で見ながら呟く。
職業は何ですか? と聞かれるに決まっている。
その時に何と答えたらいいだろう、と。
バイト戦士です。とか言うと異国の戦士にも聞こえない事も無い。
「無いな」
もう一度呟いて、平凡な冒険を諦める事にした。
そう! 平凡だと綴る物語も平凡になりかねないのだ。
つまりは、ゴッデスポイントとやらの貰える量が減りかねない。
所詮トイレ、されど現代につながっているであろう唯一のトイレ。
アレを失うという事は、帰還の道が閉ざされるという事である。
あとは、ウォッシュレット付きというメリットは手放したくない。
この世界の便所は、用を足したあとは手桶でカメから水を汲み、セルフで洗い流すというローテクの極みみたいなものである。
繰り返しになるがポットン便所並みにヒドイ。
一応は、汚物が地下のどこかに落ちていくようだが。
ユーマは狡猾で計算高い男であった。
「しかし、どうやって見たら良いんだ・・・・・・」
立ち並ぶは、高さ170㎝ほどの掲示板。
それが奥の方までズラリと並んで立っている。
身長175cmほどなので見やすい高さではあった。
だが色は4色ほどに分けられていて、そもそも色違いの意味も分からないし、どこを見ればいいのかも分からない。
とりあえず適当に黄色の掲示板から一枚引っぺがした。
「読める! 読めるぞ!!」
どう見ても未知の言語。
下手すると文字じゃないかもしれないグニャグニャしているそれの意味が分かるのだ。
やはり、チート能力か。
などと思わなくも無い。
“まっさからんどべべぞくわん”
「???」
意味不明であった。
チート能力かと思ったが、錯覚であったらしい。
「意味が分からん」
”まっさからんど”と書いてあるから地名だろう。
「マッサカランド・・・・・・マツサカランド?」
「べべ、おべべ? 食わん???」
ユーマは眉間にシワを寄せたまま歩き続け、視界の隅に入ったテーブル席に腰掛ける。
「まるで意味が分からない」
はたから見ると呪文を唱えているようにしか見えない絵面だ。
「静かにせんか。はっ倒すぞ、おぬし」
ハッとして顔を上げると、無人だと思ったテーブル席には先客がいた。
テーブルを挟んだ反対側に座るのは、みどり色のポニーテールを結った青い目の幼女だった。
ぱっちりとした両目からは覇気のようなものを感じる。
への字に曲げられた口元。
無い胸に撫で回したくなるようななだらかなお腹をピッチリと覆うスク水。
「・・・・・・スク水幼女?」
「おおん?」
スク水幼女が眉を八の字に歪め、小首を傾げる。
スク水はスク水だが、紺色一色のシンプルな感じではなく、装飾みたいなものが見受けられる。
この世界では、こういう服装で出歩く人もいるのだろう。
幼女は自分の席を立つとユーマの横で腕組みを始める。
「尻尾がある」
ユニタードタイプ、スパッツみたいになった腰周り。
ちょうど尾てい骨の辺りからだろうか。
は虫類っぽい金色のウロコの尻尾が生えていた。
「おおう、ファンタジー」
「ぬしよ。我が眠りを妨げるとは良い度胸じゃ。我が安らかな眠りに誘ってやろう・・・・・・」
どうやら仮眠していた彼女の横で怪文書を読み上げたことで叩き起こしてしまったようである。
「わ、悪い」
ここは少しフレンドリーに・・・・・・ と思ったユーマの脳裏を何かが駆け抜けた。
『野生の猿と竜人には歯茎を見せてはいけない』
金貨2枚の対価? としてポケットにねじ込まれていたメモ。
竜人と言われれば、竜人かもしれない。
「すまなかった」
へらりと笑いかけて、イヤな予感がしたユーマは頭を下げる。
「む! ・・・・・・ん、んむ。分かれば良いのじゃ! 過ちを認めるものは許してやるのじゃ! デキる大人のレディなのじゃ!」
自称大人のレディこと幼女が戦闘態勢を解除する。
「おとな・・・・・・?」
どう見ても幼女であった。
小学生とは言わないが、よくて中学生である。
「うむ。我が名はマウス・トゥ・ヴェサ・エレクトロニカ! 由緒正しきドラゴン族の大人のレディであるぞ!」
「なるほど」
この世界の大人の基準は違うのかもしれない。
尖った歯を見せてふんぞり返っている幼女マウス。
これが彼女との出会いであった。