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トイレ、外は大通り、そして女神

「・・・・・・」

 用を足し、トイレのドアを開けると市街地が広がっていた。

 さっきまであったPCデスク、そして、カーテンレールに干してあったカーディガンは消え失せていた。

 代わりに目につくものというと年季物の木箱、茶色の古ぼけた布が落ちている。

「ふう。やれやれ・・・・・・」

 アレだ。

 徹夜でネトゲしたから疲れているんだ。

 ユーマはため息をつき、ドアを閉める。

 心の中で10秒数えたあと、再度開ける。

「白昼夢か」

 やっぱり市街地が広がっていた。

 石と木で出来た家々、石畳に荷馬車、どう見ても外国人。

 少しばかり木の香りがする。

 一言でいうとヨーロッパ風情のする町だ。

 涼しい風が頬をなで、ツンツンヘアーを揺らす。

 夢にしてはリアル。

「どれどれ?」

 一応、ドアから顔だけ出して左右を見渡してみる。

 完全なる興味本位だが、トイレからは出ない。

 うっかり出てしまい、戻れなくなってはことだ。

 ユーマは慎重な男であった。

「・・・・・・」

 どこまでも続く大通り。

 遠くにそびえる教会らしき建物や四角い美術館のような建物。

 人々で賑わうあたりは市場だろうか。

 おいしそうな匂いが風に乗ってくる。

「2Kの家が四次元空間になってしまったぞ・・・・・・?」

 若干、坂になっているのか、片側が下り、もう一方が上りになっている。

 道幅3車線分くらい。

「いやー、広くて清々しい! 開放的な大通り! 行き交う人! 人!! 人!!!」

「・・・・・・なんじゃこりゃあ!!!!」

 ノリで大声を出してみたものの誰も見向きしない。

 やっぱりリアルなだけの白昼夢か、などと思いかけた途端、脳裏に声が響いた。

『ここはアラド。お前からするといわゆる異界もしくは異世界というところだ』

「!?」

「こいつ、脳に直接!」

 人生で一度は言ってみたいセリフ。

 事実、姿なき何者かの声が脳裏に響いていた。

『ふん。他人の心に土足で踏み入るのは気に食わんが、仕方が無いこと。おまえにはこの世界であった冒険譚を綴ってもらおう』

 かたい口調ではあるが、女性のようである。

 どこかのアニメで聞いたことがあるような気がするが、似たような声色の人など山のようにいる。

『理由など問うなよ?』

 唐突に土足でヅケヅケとユーマの脳裏もとい心に押し入ってくる。

 振り返るとトイレの便座フタが神々しく輝いていた。

 トイレのフタというより、いつの間にか出現した魔導書のような本が輝いていたわけだが。

「いかん・・・・・・マジでヤバい。頭がおかしくなってきたぞ。・・・・・・そうか?! ドッキリだな?」

『現実を受け入れよ。黄昏有馬たそがれ ゆうま、いやダサいな』

「ちょ! 俺の名前をダサいとかなんて野郎だ!!」

『ユーマ・トワイライト。ふん、こちらの方がしっくりくるだろう? ああ、あと私は野郎では無い。女だ』

 一方的に物事やニックネームを押し付けられる恐怖に戦慄する。

 なんだコイツは。

 それにたぶん女だろうという事は分かっていて、野郎と言った。

 まさか揚げ足を取られるなどと。

「高圧的な人嫌い!!!」

 ユーマは正直だった。

 一言多い、とかは言われないけれど、みんなが遠慮する局面でも遠慮が無かった。

『どうとでも言うがいい! 良いか、冒険譚を記して天上人を喜ばせなければ明日は無いと知れ!』

 売り言葉に買い言葉。

 高圧的なお姉さんの声色が怖くなる。

「コワイ!!! それに誰だ、アンタ!! まずは名乗れ!!」

 率直な意見を述べる。

 とても大事な事だ。

 情報の一方通行は事故の元である。

 押し付けられたことを実施するもしないも素性が分からない相手だと危険である。

『天上人と書いて、読者と読む! 良いな!?』

「メタ発言!! そして、ホントに誰だ!!!」

 天上人とか聞けば、天使だとか神話の神だとか想像しそうなところである。

 だって、周りの世界がRPGとかに出てきそうな感じだからだ。

『我が名か。我が御名を讃えよ。我、イサオメイヤイナリなり』

「え、もう一度」

 早口で長ったらしい名前を高速詠唱されても聞き取れない。

『さあ行け! 必要あらば念じよ!!』

「・・・・・・え? ちょっと・・・・・・」

 だが、世の中不親切なものもいるのである。

 プツッというイヤホンが抜けた時みたいな音がし、沈黙。

 唐突に心の中に踏み込んできた何者かは、突風のように去っていった。


 冒険譚を魔導書みたいなヤツに書けばいいのだろうか?

 書いたあとは、どうやって回収されるのだろう。

「いや、なんつー不親切な」

 異世界転生とやらでも、もうちょっと親切であろう。

 某RPGゲームでも最初にお駄賃が貰えるのだ。

「何も。無いのかッ」

 念じろ、と言っていたから念じながらも声に出してみる。

 せめて何かよこせ!


 ユーマは割と強欲だ。

 いや当然の反応だろうか。

 比較対象を持たないユーマには分かりかねる。


『すまんな。忘れていた! 無償のゴッデスポイントを進呈する。500ある。有意義に使え』

 いよいよ機嫌が悪くなってきたところで声が響く。

 さっきの脳に直接語りかけてきたアレだ。

「なんだそのゴッデスポイントとかいうヤツは!?」

 そして、本当に今度こそ無音になった。

 目に見えないが、謎のポイントを貰えただけでもよしとするか。

「ゴッデスポイント? 女神のポイント? 課金アイテムか?」

 謎は尽きない。

 だが白昼夢で無くて、異世界転移というならチート能力のひとつくらいくれても良いのではなかろうか。

 あるのは着の身着のまま、そしてトイレのスリッパ4つだ。

 4個セットで売っていて、ひとつしか使っていない。

「マジか・・・・・・」

 とりあえず思案していても仕方ない。

 やらねばならぬと決まったら情報量が多い方が良いだろう。

 スリッパに足を突っ込むと大通りに踏み出す。

「ハッ!?」

 慌てて振り返る。

「よかった。外に出たらトイレに帰れなくなるとかなくて」

 チュートリアルエリアから出たら2度と戻れない、なんてネトゲは山のように見てきた。

 トイレと言えどウォッシュレットも付いているハイテクなヤツである。

 中世ヨーロッパ的な世界なら、便所はポットン便所以下の文化レベルであろう。


 こうしてユーマ・トワイライトは異世界アラドに飛ばされ、帰還の道を探りながら冒険譚を書き綴るのであった。

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