misshon1 リジェント
一話
ラブホを出ると、ホテル街のネオンが眩しかった。
こんなとこじゃ、セックスやギャンブル位でしか自分を活かせ無いんでしょうね。
―体中の、三分の一位しか、機能していない。
夜の街って、最初は興奮しても、通い慣れ始めると、どうにもそんな気分になってくる。別に、それが嫌な感覚とは限らないけど。
一息ついてから、禁忌の言葉を呟いた。
「リセット」
これは、私の習慣だ。嫌なことがあれば、直ぐこう言う。その嫌なことが、‘殺人’になったのは、最近の事だけど。
「お帰り。今日は、何か収穫あった?」
葛飾区の下町の方に住むヴァネッサ・ハレンズの家に、私―シエナ・ブルックは‘ホームステイ’という形で暮らしている。
ヴァネッサは、私と同じCIA諜報科の先輩で、独身のピアノ教師として日本に正式な国籍を持っている。彼女は、本部から指示を受けて外国のスパイとの取引をする仕事をしている。日本はスパイ活動が規制されていないので、外国のスパイとは日本で取引するのが一番安全なのだ。
本部に居た頃はあんまり気付かなかったけど、彼女は優しくて可愛くて、一緒に暮らしててすごくすてき。
私は今、母国、アメリカを追い出されて、ツテを頼りにヴァネッサの家に押しかけ、そのまま居候しているのだ。
CIAは、私を始末したがっていた。危険になるよう、危機的状況に慣れる様に訓練したのはあんた達なのに。
12歳の時、飛び級して入学していた大学からCIAに引き抜かれて、私はスパイになった。最初は順調だった―私の何十カ国を操れる言語力と、比較的高い運動能力を買われて、国家エージェントとして大人に負けないくらい仕事をこなす様になった。
それから、段々私は危険を顧みないようになり、‘危険分子’として組織内からも厄介がられる様になったのだ。
そして私は、逃げるように組織から抜けたのだ。本部の人間に殺される前に。
「ううん、何も。…ってゆったら、流石に嘘になるかな」
「何かあったの?」
「別に、大した事じゃないんだけど。私のこと、狙ってる奴がいる。今日、殺されかけた。多分、政府関係者だわ。私があの大臣を殺したこと知ってるんでしょ。栗、なんとか…って言う人。やっぱ、ブラックリストに登録されてる、私の名前。どっから情報がリークしたんだか…」
言いつつ、ヴァネッサの顔色を伺った。動揺している様には見えないけれど、少し不安げに瞳が曇っている。
「私、ここから出るわ。このままじゃヴァネッサにも被害が出ちゃう」
軽く言う私を、ヴァネッサは睨み付けた。
「それは許さない。私、良い考えを思いついたわ。偽装するのよ!あなたを高校生にする。ちょっとばかり、いつもより本格的なリジェントだと思えば、大した事無いでしょ?」
そう言って、ヴァネッサは真似できないほど魅惑的な笑みを浮かべた。