36 噂、作戦決行
次の日、リカルド殿下は私とクレマの元にやって来た。
「ふたりともすまなかった。エメラルド隊長から聞いた。」
「気にしないと言うのは無理かもしれませんが、せっかく親しくなれたのです。楽しく過ごしましょう。」
私は、にっこり笑いかけ、クレマも隣で頷いている。
その時、ジェイクのことが視界に入り、視線はリカルド殿下のまま、耳を触る。
そうだ、昨日決めた合図を送ってみたのだ。
ジェイクは指先で太腿を2回叩く。
表情には出せないけれど、嬉しい。
ふたりだけのひみつの合図、これは癖になりそうだ。
「あら。プルメリア、今日はいつものをしていないのね。」
クレマが自分の首元をチョンと指して言う。
さすが、クレマ。すぐに指摘してくれた。
「あ、そうね。」
私はそれ以上は言わずに、笑ってすます。
「えーと…。」
クレマは困ったように、リカルド殿下をみた。
リカルド殿下はクレマと目があった後、ジェイクの方に振りかえる。
ジェイクは無表情だ。
ふたりを騙しているようで、心苦しいがしょうがない。
解決後に謝ろう。
その後はクレマもリカルド殿下も何も触れずに、今まで通り過ごした。
そんな日常を過ごしていると、ある日…
「プルメリア様!」
「あら、おはよう。」
「おはようございます。」
以前、婚約者の噂を聞きに来た女生徒だ。
「あの、お聞きしたいことが…」
「何かしら?」
ついに来た!?
「…婚約の話がなくなったというのは本当でしょうか?」
来たー!!!
私は何も答えず、微笑む。
そして、間を開けて口を開こうとすると、
「いえ、変な事を聞いてしまってすみません!失礼致します。」
そう言って、走り去って行った。
「なんか…。大丈夫かしら、あの子…。」
思わず呟く。
◇
また別の日…
「プルメリア。貴方、婚約を解消されたと噂されているみたいよ。」
私とクレマのふたりになった時に、噂の事を話された。
きっと、ふたりになる時まで、話すのを待ってくれていたのだろう。
「そう。」
「そう、って…。」
「クレマはどう思う?」
「…間違いだと思うわ。貴方達、馬鹿が付くくらい思い合っているでしょう?」
「ありがとう。」
「何がありがとうなのよ。」
「私達を信じてくれて、かしらね。」
「…意味が分からないわ。」
「うん。…終わったら話すわ。」
「はぁ…。噂はこのままでいいのね?」
「ええ。」
クレマは心配しながらも、私を信じて見守ってくれる。
私は、素晴らしい友達を持ったわ。
リカルド殿下がやってきた。
ジェイクも一緒だ。
私は、腕を組むフリをして、人差し指で肘を触る。
ジェイクは軽く太腿を叩く。
仕事中のジェイクが、肘を触るのは難しい。
この合図は改良点が必要ね。
私は、私室に戻ると、真っ先にベッド横の引き出しに仕舞ってあるネックレスを出す。
「ただいま。今日も格好良かったわ…。」
ジェイクの瞳を思い出しうっとりしていると、ライラに声をかけられる。
「プルメリア様。旦那様からお手紙が届いております。」
「分かったわ。ライラ、お茶を入れてくれる?」
「畏まりました。」
私はお茶を飲みながら、手紙に目を通す。
その間にノア、ネーロ、メランも集まる。
どんな内容か見当はついているのだろう。
「次の休みに、ライラと街にでかけます。3人は、作戦通りに。」
「「「はい。」」」
◇
今日は作戦決行の日
私はライラと、馬車に乗った。
「上手く行くでしょうか?」
「どうかしらね。この機会を逃さないか、用心深く泳がすか、分からないけれど…。とりあえず、買い物を楽しみましょう。ライラも欲しい物を考えておいてね。」
「私ですか?」
「そうよ。3人にもお土産を買わなくてはね。」
街に着き、馬車から降りる。
「それでは、時間になりましたら、迎えに参ります。」
「よろしくお願いしますね。」
馬車は走り去った。
「さてと、端からぐるっと見ましょうか。」
「畏まりました。」
「ふんふんふんふん~♪」
鼻歌を歌いながら、歩く。
「あ、お茶のブレンドですって。この間来たときは無かったわ。行ってみましょう。」
「はい。」
私達はいくつかお店を周っていると、同じ人が一定の距離を開けて、ずっとついて来る事に気づく。
「お土産は買えたわ。…ライラ、しっかり持ち帰っておいてね。」
「畏まりました。」
そして、私達はメイン通りから外れた。
少し歩くと、足音が増える。
「増えたわね。」
「プルメリア様…。」
私達は黒尽くめに囲まれた。
「この間の方達のお仲間さんかしら?」
答えは無い。
黒尽くめは4人。
「一緒に来てもらおう。」
ひとりが口を開いた。
いきなり襲っては来ないのね…。
「なぜ?」
「…」
「理由くらい教えてもらっても良いのではない?」
「…」
襲っても来ないし、話もしない。
うーん…。
「いいわ。行きましょう。」
「「「「!」」」」
「プルメリア様!?」
黒尽くめだけでなく、ライラも驚いている。
応戦して、わざと捕まる作戦だったけれど変更ね。
「ゴホン。…それでは、ふたりとも付いてきてください。」
「それは駄目よ。ライラは帰して。」
「それはできません。」
「私のわがままに巻き込めないわ。」
「たかが侍女だろ?」
「されど侍女よ。ネーロ!」
「はい!」
今までのやり取りを見ていたからか、手は出さず私の近くに現れる。
「護衛…。居たのか?」
えーと…、この黒尽くめ達は大丈夫かしら?女性ふたりの買い物、しかも侯爵令嬢。護衛がいないはず、なくない?
「居るのに、なぜ攻撃してこない?」
黒尽くめのひとりが不思議そうにネーロに聞く。
ネーロがこちらをみて、話す許可を求めている。
相手は、話を聞く気があるようだし、大丈夫だろう。
私は頷く。
「主が囲まれただけで、手を出していては怒られる。」
「いや、普通は怒られないだろう?」
「…」
「マジか…?」
黒尽くめ達は、驚いている。
話している相手だけではない。
他の3人もただ黙っている。
悪い気配もしないのだが、どういう事だろう?
「貴方達は、舞踏会の時の黒尽くめ達と仲間ではないの?」
改めて聞いてみるが、答えはない。
「来てもらおう。」
「先程も言ったけれど、私は良いわよ。ライラは駄目。」
「助けを呼ぶだろう?」
「あら、助けを呼ばれて、すぐに捕まるような方達なの?」
黒尽くめ達は、顔を見合わせる。
この人達、全然悪い感じがしないんだけど…。
「はぁ…。何なんだ、あんたは…。」
「知らないの?オパール家の、」
「そういう事ではない。」
名乗ろうとしたら、遮られた…。
「指示されたのは、ご令嬢だけだ。行くぞ。」
「ライラは良いのね?」
「それは誰だ。俺達には一人の令嬢しか見えない。」
「都合の良い目ね。」
「…」
ライラとネーロは動かない。
私は黒尽くめ達に囲まれ、一緒に歩く。
これ、目立つよね?
と思っていると、人気のない裏道で馬車に乗せられ、黒尽くめ二人も一緒に乗り込む。残りの二人は御者席だ。
馬鹿なの?
それとも、わざと?
その馬車には、見覚えのある家紋が付けられていた。
窓につけられたカーテンの隙間から、外が見える。馬車は、リカルド殿下の国と我が国の境界方向に向かっているようだった。
「どこまで行くのかしら?」
「言えるわけ無いだろ。」
「そうよね。」
手続きが面倒だから、国は越えないと思っていたけれど、間違いだったかしら…。
「…恐くないのか?」
「?」
「俺たちのような者に、連れ去られているんだぞ?」
「ああ、そうね。でも、私が選んで付いてきたんだし、貴方達も不思議と悪い感じはしないのよね。」
それに、ノアと、メランがいるし…。
そうなのだ。作戦が順調なら、ふたりが密かに付いてきている。
だから、私は冷静でいられるし、恐くも無い。
そして、思うままに動ける。
「この馬車は雇い主から?」
「…」
「それとも、盗んだのかしら?」
「…」
「何も答えてはくれないのね。まぁ、それが当たり前だけれど…。」
「何が言いたい?」
「聞かれてポロポロ話すようでは、失格と言う事よ。」
「…調子が狂う。少し黙っててくれ。」
「考えておいてね。」
そう言い、微笑みかける。
「「!」」
そこからは言われた通り何も話さず、時間だけが過ぎていった。
木が多くなってきたわね。
その時、馬車が止まった。
「今日はここで野宿だ。あんたは馬車の中で寝ろ。文句は言うな。」
「文句なんてないわよ。貴方達はどこで寝るの?」
「その辺に決まっているだろう。」
「そう。…ちょっとまってね。」
私は馬車をゴソゴソと探る。
「何してるんだ?」
「こういう馬車は、何処かに…。ほら、あった。」
私は、収納庫を探していた。収納庫の中にはクッションや毛布が入っている事もあるのだ。
「中身は…クッションと毛布が二組。はい、どうぞ。」
「は?」
「見張りは交代だろうから、二組でも何とかなるわよね?」
「ちょっとまて。あんたが使えばいいだろ。」
「外の方が寒いし、大変でしょ?はい、受け取って。」
黒尽くめは渋々受け取る。
外が段々と暗くなってくる。
夕飯は固いパンに干し肉だった。
野宿中は、トイレにも行かせてくれた。
「逃げるか心配しないの?」
「自分から付いてきたんだ。逃げないと判断した。それに、ここで逃げたところで、迷うだけだぞ。」
「それもそうね。」
そして、馬車の中で夜を越し、朝が来た。
夜は何事もなく、しっかり寝れたので、すっきり目覚められた。
「おはよう。良い朝ね。」
その言葉に、またもや黒尽くめ達は驚いている。
「良い朝と言ったか?」
「ええ。」
「あんた、本当の令嬢ではないだろう。身代わりか?」
「いやいや。正真正銘、プルメリア·オパールよ。」
「…」
疑っているのか、変な目で見られた。
しかし、それ以上の追求はなく、朝ごはんを食べた後、出発した。
どんどん森の中へはいっていく。
「着いたぞ。」
馬車が止まり、ドアが開けられた。
「降りろ。」
馬車から降りると、眼の前には古い屋敷がある。
「付いてこい。」
私は、また黒尽くめ達に囲まれて移動した。
屋敷に入り、そのまま応接室のような所へ連れて行かれる。
そこには、丸々と太ったおじさんが椅子に座っていた。
「連れてまいりました。」
黒尽くめ達は、その人の前で片膝を付き、頭を下げた。
「ご苦労。ふーん、これはこれは…。」
上から下までみられる。
嫌な視線…。
このおじさん、身なりはいいから他国の貴族、もしくは商人。
我が国の貴族ではないのは確かね。
私達貴族は、国の成り立ちを必ず勉強する。そして、それと一緒に貴族名鑑などという物も覚えるのだ。
この世界、写真はないので、書かれているのは名前のみ。実際に会って、顔と名前を一致させなくてはならない。
この間の舞踏会は、殆どの貴族が参加していた。欠席だった者は少ない。そして、この位の年齢の男性はいなかった筈だ。
「これでは、殿下も離れられないだろうな。一緒に来れば、妾にはしてやるから我慢しろ。」
えーと、リカルド殿下を国へ戻すために、私は人質にされ、正妻は別に立てるけれど、協力すれば妾にはしてくれると。
…そういうことで良いのかしら?
その時、
バン!
ドアが勢い良く開かれた。
「なんてことをしてくれたんだ!」
怒りながら部屋へ入ってきたのは、あの家紋が付いた馬車の持ち主であろう男性。
「やはり貴方が関わっていたのですね。」
それは、学園長だった。




