4 護身術
あの日から5年…
私達家族の距離は縮まった。
仕事はできるが、子供の事となるとヘタレなお父様。
甘々なお母様はこちらがしっかりしていれば無茶なことはしないし、暴走気味な時も憎めない。
お兄様との関係は変わらず良好。ちょっとシスコン気味?
家族円満!穏やかに過ごしています!
さて、今度お兄様が学園に入学する歳になりました。この世界の学園は寮生活で、13~16歳が通い、社交練習と人脈づくりが主となります。
勉強は家庭教師をつけているため、学校では復習程度だと聞きました。
お兄様が学園に行ってしまったら、私ひとり何をしようかしら…
そうだ!運動しよう!!
そろそろしっかり運動してもいい歳よね!でも、女の子では無理かしら…。
まぁ、1度お父様に聞いてみましょう!!
「お父様。お兄様の剣術の先生は辞めてしまうのですか?」
「まぁ、チスが学園に行ったらそうなるかな。学園には剣術の授業もあるしな。」
「その先生、私につけてくださいませ。」
「……どういう事だ?」
「体型維持の為、運動がしたいのです。」
「それなら、ダンスをしたら良い。」
「ダンスでは身を守れません!剣なら体型維持だけでなく、身を守る為にも使えます!!」
「体型維持の為に運動したいのではなかったのか?自分で守らなくても、護衛を雇ってやるぞ。」
「せっかくなら、得る物が多いほうが良いではないですか。護衛が付いていても、ひとりになる時はあります。」
「………剣を習うなんて、貴族女性としては例にないぞ。」
「女性騎士はいないのですか?」
「いるが、平民かそれに近い家の者だけだな。」
「まぁ、候爵家第1号ですね。」
「変わり者と言われ、嫌な気持ちになるかもしれないぞ?」
「そしたら、その時にどうするか考えます。」
「……ふぅ…、分かった。しかし、無理はするな。お前は女の子なんだから。」
「はい、ありがとうございます。」
こうして私は剣術を習う事になった。
前世で、武道ができる人に憧れてたのよね。この歳から習えば強くなれるかしら。
しかし、現実は甘くなかった。まず、先生が来なくなってしまった。候爵家の娘に教えられないと…。怪我をさせてしまったらとか、はしたないとか色々言っていた。
まぁよく考えれば、そうよね…。責任問題が出てくるわよね…。私が大丈夫と言っても、向こうが無理よね…。よっぽどの変わり者じゃないと…。
私は、先生が見つかるまで時間がかかると覚悟していたが、案外早くその時はきた。
先生、いや、師匠の名前はジェイソン·エメラルド。現役騎士団長様だった。
なんでも、お父様が引き受けてくれる人が居ないか探していたら、聞きつけた師匠が「面白そうだ」と引き受けてくれたらしい。
騎士団の仕事が気になるところだが、「副団長が優秀だから大丈夫だ!」と言っていたそうだ。
◇
お兄様が学園へ入学するため、家を出る日。
「リア、無理はしないでくれよ。…やっぱり、怪我をしたら大変だよ。今からお父様に言ってやめてもらおうか。」
「お兄様、私が自分で決めた事よ。妹がはしたない事をすることになって嫌かもしれないけれど、お願い。見守って下さい。」
「確かに貴族令嬢としては変わっているけれど、嫌というわけではなく心配なんだ。」
「無理はしませんから。お兄様も気をつけて行ってらっしゃいませ。」
お兄様は、お父様とお母様そっちのけで、私から離れようとせず、なかなか出発しようとしない。
「妹が心配なのは分かるが、そろそろ出発しろ。」
「そうですよ。もう行きなさい。」
お父様とお母様に促されるが、まだ動こうとしない。
「でも………」
「令嬢としては例はないが、女性騎士はいるし、身を守る手段は、あるに越したことはない。うちの子なら特に。それは分かるだろう? 」
「はい…」
「???」
うちの子なら特に?
なんか引っかかるな…
お兄様はやっと馬車に乗り、学園へ向かった。
お兄様が出発した日の午後、これからの事を話すため、お父様が師匠を連れてきてくれた。
お父様は仕事のため、私とメイのふたりで応接室に入る。中には、鍛えられた筋肉が目立つ男性と、ロバートがいた。
「オパール家長女、プルメリアでございます。よろしくお願い致します。」
「ジェイソン·エメラルドだ。騎士団長を務めている。さて、堅苦しい挨拶は終わりにして、普通に話そうか。身を守る為に剣を習いたいという事で良かったな?」
「はい!」
「でもな、身を守る為ならば、剣ではないほうがいいと思うぞ。」
「え?」
「騎士と違い、令嬢は常に剣を携帯している訳ではないからな。」
「あっ!」
「考えもしなかったか。ははは!大人びているとは聞いたが、まだまだだな!」
師匠は大きな身体を揺らして笑った。
師匠…好みだったのに…。
邪な考えとかではなく、ただ純粋に好みの人に教えてもらったほうが、やる気が出ると思ったのに!
「では、別の先生を探して頂かなくてはなりませんね……」
「そんな事ないぞ。剣だけで騎士団長にはなれんからな。体術も教えられるぞ。」
「!!ぜひお願いいたします!」
「おっ!やる気だな。じゃあ、まずそのまま外を走れ!」
「このまま?」
師匠は笑顔でこちらを見ている。
今の私はゴテゴテのドレスを着ていた。今日は話だけの予定だったからだ。
「そうだ!ドレスで走れるようになったら、その後に体術を教えてやる!」
「えっと…靴は…」
「そのままだ。」
「……ハイヒール…」
「ん?やらないのか?」
「エメラルド騎士団長様、失礼を承知で言わせて頂きます。それは、あまりに、」
「……行ってきます。」
ロバートは止めようとしてくれたのだろうけど、私は部屋を出て外に向かった。後ろからはメイがついてくる。
「プルメリア様!着替えましょう!」
「いいえ!師匠はこのまま走れと仰ったわ。」
「でも!」
途中、カルアに会った。
「プルメリア様、お話は終わったのですか?」
「いいえ、これからちょっと走ってくるわ。」
「……え?」
カルアは目が点になり、一瞬固まった。そして、メイがカルアに説明しているようだが、それを気にせず、私は外へと向かう。
「プルメリア様、お待ちください。」
いつも冷静なカルアが取り乱していたわ。こういう姿が見れるなら、走りに行くのも、悪くないわね。
ハイヒールで走るという未知の事が不安だったが、気持ちを切り替えるしかない。
走る事を、断る事はできるかもしれないし、それが正解かもしれない。もしかしたら、からかわれているだけかもしれない。でも自分で決めた事、撤回する事も嫌だし、やる気があると見せたかった。そして、何か意味があると信じて走る事にした。