35 ジェイクの不安
「どうぞ。」
私は私室のドアを開き、中へ促した。
「良いのか?」
「ええ。」
「…失礼する。」
ジェイクが入ると、私はドアを締めた。
「リア…。」
ジェイクに抱きしめられる。
私もジェイクの背へ腕を回す。
「ジェイク。噂を流すだけよ。このような事をする訳でも、誘惑する訳でもないわ。」
「当たり前だ!」
「それなら…」
「リカルド殿下が勘違いをして、リアに惚れるかもしれない。」
「はい?」
「リアは可愛く、美しいんだ。婚約者がいなくなったら、群がってくる輩もいる。」
「だ·か·ら、噂だけで本当に婚約破棄はしないですよ?リカルド殿下にも、それは話しておけばいいのではない?」
ジェイクの私を抱きしめている力が段々と強くなる。
「ジェ、イク。少し苦しい…。」
「す、すまん!」
腕の力がぬけた。
「ふぅ…。」
私は息を吐き、改めてジェイクの顔を見る。
「私の婚約者は誰?」
「俺だ。」
「私が愛しているのは?」
「…」
ジェイクの胸元を触ると、服の下にネックレスの感触がある。
「ジェイク?」
「…俺だ。」
私はネックレスを、服の上にそっと引っ張り出し、タンザナイトにキスをする。
しかも、わざと音を立てて数回。
「…リア、わざとか?」
「クスクス。こういう事をしたくなるのも、ジェイクだからですよ?」
私が笑いながら言うと、ジェイクは作戦についての動揺は落ち着いたようだ。
「はぁ、こういうのはどこで覚えてくるんだ。…前世か?」
「前世は色々な情報がすぐ手に入ったの。実際にした事なくても、知識はあると言う物もあるわよ。…戻れる?」
「…もう少し、落ち着いてからな。」
「ごめんなさい。煽りすぎました。」
ジェイクは頭を抱えた。
「今後が楽しみな様な、恐いような。」
その後、ジェイクとは他愛もない話をしてから、応接室に戻った。
部屋へ入ると、師匠がジェイクに声をかける。
「ジェイク。落ち着いたか?」
「ああ。すまん。」
「納得は?」
「した。」
お父様はそれを聞いて、これからの話を始めた。
「それでは、今後だが…」
噂はお父様の方で秘密裏に流す事。
私がいつもしているネックレスは外しておく事。(噂に信憑性をもたせる。)
リカルド殿下へ、噂は嘘だとは言ってもいいが、詳しい事は話さない事。
クレマの護衛に影をつける事。(これは本人には知らせない。)
そして、
「リアの護衛も1人増やす。」
「しかし…。」
「結婚後にリアに付いてもらおうと思ったが早めよう。」
「え?結婚後って…。我が家から他家へ宝を出すと言うことですか?」
「リアも宝だろ?」
「それとこれとは!」
「リアを守るために、必要な事だ。エメラルド家を信頼していないわけではない。ジェイソンとも話した結果だ。リアが好きに動かせる者たちがいたほうが良いと判断した。ついでだから、結婚後に連れて行く事になる者たちを伝えておこうか。ジェイソンとジェイクにも挨拶できるしね。」
「お父様…。」
「ここへ。」
お父様の一声で、3人が現れる。
ふたりは今でも付いてくれているノア、ネーロ。もうひとりは、お父様の手紙を持ってきてくれたことがある影で女性だ。
メラン
私は既に、彼女の呼び名が浮かんでいた。
「この3人と、ライラが結婚後もリアに付く。」
「ライラもですか?」
「ああ。」
「良いのでしょうか。」
「皆、本人たちの希望だ。1人追加する話をした時には、争奪戦になったらしい。」
お父様は笑いながら、話す。
「ジェイソン、ジェイク。会ったことがある者もいると思うが、結婚後もリアの護衛はこの顔触れになる。よろしく頼む。」
「了解した。」
師匠は軽く返す。
「俺はリアを全力で守るが、結婚後遠征に出ることもあるだろう。一人ではリアを守りきれないことは分かっている。一緒に守ってくれ。」
ジェイクは3人に頭を下げた。
メランは驚き狼狽えているが、ノアとネーロは驚く様子を見せず深く頷いた。
まるで、言われるのが分かっていたような…。
まさかね。
「ノア、ネーロ。これからもよろしくね。」
「「はい。」」
「メラン。これからよろしくね。」
「メラン、ですか?」
「そう呼んではだめ?」
首を傾げて聞くと、
「喜んで!」
と返事が返ってきた。
「ぷっ、ふふふっ。」
私は、笑いがこらえきれなかった。
ライラも呼ばれたのだろう。後からやってきて、やはりジェイクのお願いに驚いていた。
「あ、お父様。学園には護衛が増えることを何と?クレマへつける影も学園へどう入るのですか?」
「うーん。」
そこで師匠がジェイクへ質問をした。
「ジェイク。学園の護衛は増やしているんだよな?」
「ああ。あの事件から学園長に許可を得て、スターチスにも協力してもらい、個人ではなく学園全体を守る形で配置している。」
お兄様も頷く。
「ふたり増えてもどうにかなるか?」
師匠がニヤリと笑う。
「俺が把握していれば問題ない。」
ジェイクも同じ顔をした。
やはりふたりは親子。
こういう表情がそっくりだ。
「悪人面ですね。」
お父様がボソッと言った。
師匠がジロリとお父様を見る。
「さて、そういう事でよろしく。解散!」
「おい!」
「父上、まだ途中ですよ。」
「…噂がある程度広まったら、リアにはライラと街に出掛けてもらう。そして、」
お父様が作戦を話していく。
最後まで聞き終わると、師匠が言った。
「プルメリア嬢に負担ばかりかけてすまない。よろしく頼む。」
師匠が、頭を下げる。
こういう所も似ている。
「頭を上げてください。これは、自分の平穏の為でもありますので。」
「噂が広がるまでに、そう時間はかからないと思うが、拍車をかける為に二人で話すことは控えるように。」
私とジェイクは顔を見合わせてから、お父様を見る。
「「はい。」」
声を合わせて返事をした。
私達は、同じ馬車で帰る事になった。当分、二人で話すことはなくなってしまうからとのお父様の計らいだ。
ライラ達も別に戻り、学園で合流する事になっている。
私は、馬車に乗る時に、ジェイクの隣に乗った。
「リア。」
ジェイクが私の手を握り、フニフニと触っている。
「当分は手紙のやり取りもなしか…。」
「そうですね。」
「我慢できるだろうか。」
「あ、そうだ。合図でも考えておきましょうか?」
「合図?」
「ええ。愛してるとか、好きとか、格好いいとか、口に出さなくても分かる様に。」
「言葉のチョイスは考えるとして、それは良いな。」
私達は馬車の中で、ふたりだけの合図を考えた。
そして、決まったものがこれ!
人差し指で肘を触る→愛している
耳を触る→格好いいわ
太腿を軽く2回叩く→可愛い、美しい
『格好いい』は私が、『可愛い、美しい』はジェイクが譲らず採用となった。
ついでに、こんなのも…。
爪を見る→大丈夫、問題ない
靴の踵を軽く鳴らす→助けがほしい
この2つは実践で使えるかは分からないが、面白半分で考えた。
私は窓の外を見る。
学園へ着きそうだ。
「ジェイク。もう少しで着きます。私に頑張る力をください。」
手を広げ、ジェイクを向かえる体勢をとる。
ジェイクは私の腕の中に入り、背に手を回した。しっかり抱きしめ合う。
身体を離した後、私は首元にあるネックレスを取り外す。
「これは、ここまでですね。…大切に仕舞っておきます。」
「ああ。俺は服の下に入れておく。」
「見られないようにしてくださいね。」
「分かっている。」
馬車が止まった。学園に着いたようだ。
「それでは、馬車から降りたら、それらしくするので、こちらを振り向かないで下さいね。」
「何をするんだ?」
「まあまあ。気にせずに、先に降りて歩いて行ってください。」
「…分かった。リア、気をつけろ。」
ジェイクはそう言って、軽く口付けをした後、馬車を降りた。
切ない…。
すぐに黒幕をあぶり出し、平穏な日々を手に入れましょう!
私も馬車から降り、切なさを込めてジェイクの後ろ姿を見つめた。




