18 遠乗り当日
今日は遠乗り当日。
朝からお弁当の用意をしている。
昨日作ったスジ煮と、卵フィリングのサンドイッチを作っていると、ロック料理長が他のおかずや、お茶を用意してくれた。
「作ってくれたの?ありがとう。」
「昨日のスジ煮のお礼です。美味しかったです。」
「あれは、協力してくれたお礼だったのだけれど。」
「また、よろしくお願いします。」
「それは、こちらのセリフよ。」
そうして、出掛ける準備をしていると、来客の知らせが来たので、急いで玄関に向かう。
玄関には、既に家族が集合していた。
ドアは開かれており、ジェイク様もいる。
「リア、ジェイクが来たけれど、もう出れるのかい?」
私は荷物と、自分の姿をざっと見た。
今日は、スカートではあるがフリルがあるわけでもなく、シンプルなものにショートブーツという動きやすい格好だ。
「大丈夫です。出れます。」
「そうか。なら、気をつけて行っておいで。」
「はい。…お待たせ致しました。」
「いや。済まない、会いたくて早く来てしまった。」
「まぁ。」
私がポーッとしていると、後ろからお母様が声をかけた。
「ジェイク様、1つよろしいかしら?」
「はい。オパール夫人。」
「お母様?」
「女性は、準備に時間がかかるのです。ましてや、大好きな人と出かける時は特に。これからは、時間に余裕を持てるよう迎えにいらしてくださいね。」
お母様…。
「…はい。失礼致しました。」
「それでは、気をつけて行ってらっしゃい。」
「はい。行ってきます。」
私は、ジェイク様が乗ってきた馬に乗せてもらう。正面ではなく、横向きに座った。
この座り方、怖い…。
「荷物はこれだけか?」
小さなバスケットを指す。
「はい。」
「そうか。では、出発するぞ。」
馬が動くと体勢が崩れ、後ろから支えてくれているジェイク様の腕を、強く掴んでしまった。
「落とさないから安心してくれ。」
ジェイク様を見ると、見上げる形になる。
「はい。」
ち、近い…。
思わず、俯いた。
すると、頭の上から話しかけられた。
「…夫人を怒らせてしまったな。」
「あれは、怒っているのとは違うと思います。」
「そうなのか?」
「えぇ。怒るときはもっと、こう、どす黒いですので…。」
「どす黒い?」
「うーん、見えない何かがあると言うか…。」
「…そうか。それなら良いんだが。」
「はい。きっと大丈夫ですよ。それにしても、今日は晴れて良かったですね。」
「そうだな。」
「馬での移動も気持ちがいいです。」
「それは良かった。それに、乗馬が苦手だと聞いていたが、上手く乗れている。」
「ジェイク様が支えてくれていますから。今度から、乗馬も練習しようと思います。」
「まぁ、乗れるに越したことは無いかもしれないが…。」
「?」
言葉が止まったので、ジェイク様を見る。
「こうして、一緒に乗る機会が減るのは寂しい…と、思う。」
「!」
ジェイク様は、前を見据えたまま、耳まで真っ赤になっていた。
きっと、私も顔が赤くなっている。
「じょ、乗馬を習っても…ま、また、こうして遠乗りに来たいです。」
「そうか。」
「はい。」
恥ずかしい…。
か、会話どうしよう…。
そこで、ふと気づく。
ドッ、ドッ、ドッ
これは、ジェイク様の心臓の音?
…速い。
クスッ
私は嬉しくなって、小さく笑った。
「どうした?」
「いえ。」
そして、ジェイク様の胸にもたれかかった。
「私は、幸せ者です。」
「そ、そうか。」
「はい。」
そのまま時間が過ぎ、目的地についた。
そこは、澄んだ青色の湖の畔だった。
「わぁ!綺麗ですね!」
「馴れない馬上は疲れただろう。少し、休もう。」
「はい。ジェイク様、お腹は空いていますか?」
「うん?そう言われれば、空いたな。」
「お弁当を用意してあります。食べましょう?」
「ああ、ありがとう。」
私はシートを敷き、準備を始めた。
「何をしているんだ?」
「お弁当を食べる準備ですが…。」
「スターチスが言っていた。オパール家流か?」
「あ、そうですね。私の前の世界は、このシートの上に直に座って、お弁当を食べます。…抵抗、ありますか?」
「いや、遠征の時は野営もするからな。特に、気にはならないな。」
「それなら、良かったです。ジェイク様、こちらへどうぞ。」
私は靴を脱ぎ座ると、隣をポンと叩いた。
「靴を脱ぐのか?」
「脱いだほうが、疲れが取れると思いますが、脱ぎにくかったら履いたままでも。」
「いや、脱いでみよう。」
ジェイク様は、ブーツを脱ぎシートに座る。
「気持ちが良いな。」
「お茶もありますよ。」
「頂こう。」
私は、コップにお茶を注ぎ、ジェイク様に渡した。
!!
「これは…まだ温かい。これも、リアのアイディアか?」
「幼い頃に話したら、我が家の料理長が、考えてくれました。こちらも、どうぞ。」
蓋を開けて、お弁当も差し出した。
「美味しそうだな。どれから食べるかな。」
ジェイク様は迷いながらも、スジ煮のサンドイッチを手に取り、口に入れた。
「これは!」
「どうですか?」
「美味しい。今までにない食感だ。」
「良かった。実はそれ、お肉のスジで、捨てられてしまう部分なんです。」
「そうなのか?」
「はい。前の世界では、煮込んで美味しく食べてたので、今回作ってみました。」
「作った?リアが?」
「はい。結構、料理が好きだったのですよ。」
「料理人だったのか?」
「いいえ。全て自分で行う生活でしたので、料理人ではないですが、ある程度はできるのです。」
「そうか。リアの手料理を、もっと色々食べてみたいな。」
「ぜひ!また、作りますね。」
「あぁ、頼む。」
話をしながら、私がサンドイッチを1つ食べている間に、ジェイク様の分はほとんど食べ終わっていた。
「もっと食べますか?」
「良いのか?」
「もちろんです。どれにしますか?」
「では、先程の肉のサンドイッチを貰っても?」
「はい、スジ煮ですね。口に合ったようで、嬉しいです。」
そうして、楽しい食事の時間を過ごした。
「穏やかだな。」
「えぇ。」
「少し、歩くか?ここは獣がいる所でもないし、少しなら馬も繋いだままで大丈夫だろう。」
「はい。」
私達は二人並んで、歩いた。
「そういえば、ジェイク様はお兄様とお姉様の間を取り持ったと聞きました。」
「取り持った?あれは、取り持ったというのだろうか。スターチスに聞かれたから、紹介したくらいだな。紹介する前から、知ってはいたようだ。」
「そうなんですね。」
「リア。」
「はい?」
「その、なんだ、呼び方なんだが…。」
「呼び方、ですか?」
「あぁ。…様はつけないで、呼んでくれないか?」
「え?」
ジェイク様を、様無しで…。
「…ジェイク。」
小声で言ってみる。
む、無理…。なんか、恥ずかしい…。
「ジェイク様。すみません、まだ…。少しずつでもよろしいですか?」
「もう一度。」
「?」
「ジェイクと…。」
さっきの、聞こえてたの!?
ジェイク様は、こちらをジッと見ている。
「ジェイク様。」
「ジェイクだ。」
もぉ~う!
「ジェイク!」
勢い良く言った後、すぐに顔を手で隠した。
「…」
…何も無い?
「…もう、なにか言ってください。」
顔を隠していた手を外しジェイクを見ると、口元に手を当て、こちらを見ていた。
顔は真っ赤だ。
また、赤い…。
なんか、可愛いなぁ。
「…」
「…」
会話はなくお互いが見つめ合う形になり、吸い寄せられる様に口付けを交わした。
そのまま、抱きしめられる。
「リア。」
「ジェイク…様。」
「また、戻ってしまったな。」
「申し訳ありません。早く慣れる様に致します。」
「そうしてくれ。」
「はい。」
私は、ジェイクの背に腕を回した。
心の中では、ジェイクと呼べるのに、口に出すのは難しいわね。ドキドキしてる。
…ジェイクも鼓動が早いわ。
その体勢で、どれくらい時間が過ぎたのか分からない。
「ずっとこうしていたいが、そろそろ行こうか。」
ジェイクの声で、身体を離す。
「そうですね。」
私達は、シートと馬の所に向かって歩く。
「ジェイク様。…使用人たちに記憶持ちの事を、話そうと思います。」
「そうか。」
「こういう場合、陛下の許可も必要なのでしょうか。」
「うーん。侯爵の許可があればいいと思うが…。」
「帰ったら、聞いてみます。」
「ああ。情報管理を考えても、リアの使用人たちなら大丈夫だろうがな。」
「はい。私もそう思います。」
私達は片付けをした後、帰路についた。
「もうすぐ着いてしまうな。」
「はい。着きますね。」
「今日は楽しかった。弁当も美味しかった。」
「はい。また作りますね。」
「リア。」
「はい。」
「愛している。」
!!
「…私も愛しています。」
私達は、馬上で軽い口付けを交わした。
♢
家に着くと、家族皆で出迎えられた。
「「「「おかえりなさい。」」」」
「ただいま戻りました。」
その後私は、皆へ記憶持ちの話をする許可を、お父様にもらいに行った。
「リアの侍女と影には教えておこうか。というか、影達はきっと分かっているだろうな。」
「そうなのですか?」
「まぁ、ずっと護衛をしてくれているしな。」
「そう言われれば、そうですね。記憶持ちの話をしたときも、守ってくれているのですものね。」
「そうだな。」
ハッ!
「お父様、まさか今日の遠乗り…。」
「…付けてないから、安心しなさい。」
「…はい。」
「それでは、ジューン、カルア、メイ、ライラ。影は、とりあえずリア付きのふたりを呼ぼう。それから、ロバートだな。」
「はい。お願いします。」
皆が揃うと、私はお父様に促され話した。
「私は、産まれる前の記憶があります。こことは違う世界の記憶です。今まで黙っていて、ごめんなさい。」
皆、こちらを見て視線をそらさない。
「リアは記憶持ちと言われる者だ。この事は外に漏らさないでほしい。」
「旦那様、エメラルド公爵家には。」
「ジェイソンとジェイクには伝え済みだ。」
「そうですか。」
そう言うと、ロバートは笑った。
「色々、腑に落ちました。」
他の者の反応も、あっさりしたものだった。
「ええ。大人びたお子様でしたものね。」
「プルメリア様は、プルメリア様です。」
「知ったからと言って、何も変わりません。」
「プルメリア様ですから、驚きはありません。」
影たちはやはり、知っていたようだった。
「皆、ありがとうございます。」
これで、1つ区切りがついたわ。
うん。良かった、良かった!




