17 遠乗りの約束
数日後、ジェイク様が遠乗りに誘ってくれた。
そこで、気づいた。
私、乗馬の練習してなかった!
「お兄様!大変!私、馬に乗れないわ!」
「ん?この間乗っていただろう。」
「あれは、馬を引いてもらっていたわ。明日、ジェイク様に遠乗りに誘われたの。どうしましょう!」
「リア、大丈夫だよ。ジェイクさんの馬に乗せてもらえるよ。」
「それでは、心臓がいくつあっても足りないわ!そうだ!お兄様、今から乗馬を教えて下さい。なんとか一人で操れるように、」
「ちょっと待て!馬との信頼関係も必要なんだから、そんなにすぐどうこうなるものでは無いんだよ?」
「そう、ですよね…。」
「諦めて、乗せてもらいなさい。」
「…はい。」
「それに、馬車も一緒だろう?」
「…え?」
「え?」
「考えていませんでした。」
「荷物はどうするつもりだったんだい?」
「膝の上に。」
「あ、そうか。それはジェイクさんは知っているのかな?」
「?」
「リア。この世界の貴族は外でもテーブル、椅子だよ?」
「…そうでした。」
この世界ではピクニックに、テーブル、椅子、パラソルなどキャンプ道具のようなものを持っていく。
我が家は私の影響で、シートと、お弁当、水筒のようなものを持っていくだけだから忘れていた。
「仕方ないな。このあと会うから、話しておくよ。」
「良いのですか?ありがとうございます。」
「ところで、二人で行くのかな?侍女達は?」
そうか、デートといっても、ふたりじゃないんだ…。
「それも、考えていませんでした。そうですよね。皆についてきてもらうなら、やはり馬車が必要ですよね?遠乗りというから、てっきり乗馬が必要と思いましたが、皆と一緒に馬車に乗せてもらえば良かったのですね!」
「うーんと…。なんかジェイクさんに怒られそうだから、ちょっと待って。確認したら影に手紙を渡すから、それから準備して。」
「?…分かりました。」
私は手紙を待った。
---ジェイクSide---
「ジェイクさん、仕事前にひとつ聞いても良いですか?」
スターチスに会うと早々に質問された。
「何だ?」
「明日、リアと遠乗りだそうですね。」
「ああ。それがどうしたんだ?」
「ふたりですか?侍女も一緒に?」
「我が家で馬車を用意して、侍女と荷物も乗せていくつもりだったが?」
「やはりそうですか。因みにリアは何処に?」
「は?」
質問の意図がわからない。
「ジェイクさんに誘われて、乗馬が苦手なのを思い出したようです。私に教えてくれと。」
「なんでそうなる?」
「馬に一人で乗れないと、行けないと考えたようです。」
「俺と一緒に馬に乗っても良いし、馬車もあるが?」
「ジェイクさんと一緒は、心臓が保たないそうです。」
「!」
思わず、自分の口を抑えた
なんて可愛い。
こういうのを聞くと、俺を好いてくれているのが、分かって嬉しいものだな。
「私の妹、可愛いですよね。分かりますよ。」
「ゴホン。…それなら、馬車に。」
「馬車の発想が無かったそうです。」
「ん?」
「ふたりで行くつもりだったみたいですよ。」
「!」
「侍女の事も頭に無かったみたいで。」
二人きりで行けるのなら…
荷物は馬に積めるか?
いや、テーブルと椅子…。
しかし、あのリアがそれを忘れるか?
…何かまだありそうだな。
「でも、荷物があるだろう?」
「我が家のピクニックの荷物は最小限です。家族で行っても、これくらいのバスケットひとつ、といったところでしょうか。」
スターチスは手で大きさを表した。
「そんなに少ないのか?」
「はい。二人分ならもっと少ないので、馬でも可能です。」
「どういう事だ?」
「荷物に関しては、リアの影響とだけ。詳しくは本人から聞いてください。」
答えを濁すということは、前世の記憶か…。
「それで、二人で行きますか?侍女も一緒に?」
「…ふたりで、と伝えてくれ。」
「分かりました。」
「良いのか?」
「婚約もしていますしね。ジェイクさんなら泣かせることもしないでしょうし、俺は良いと思いますよ。」
「俺は?」
「父上は、分かりません!」
オパール侯爵か…。
「今日は登城しているか?」
「ええ。」
「後で挨拶に行ってくる。」
「そうですか。」
俺--は休憩時間に、オパール侯爵へ会いに行った。親父の口添えもあり、渋々だったが了承を得た。
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お兄様の影から手紙が届けられた。
「ふたりで…。」
せっかくだから…。
「プルメリア様?」
「カルア、ロック料理長に明日のお弁当のことで相談したいの。」
「お弁当ですか?」
「ええ。自分で作らせてもらえないかと思って。」
「プルメリア様がですか?」
「そうよ。とりあえず、キッチンに行ってみましょう。今の時間忙しいかしら?」
「今なら空いていると思いますが…。」
私は席を立った。
「行く前に、お母様に許可を得るわね。」
「畏まりました。」
こちらに生まれてから、料理をした事はない。しかし、前世は主婦。材料と道具さえあればどうとでもなる。…たぶん。
「お母様。」
「リア、どうしたの?」
「私、お料理がしたいのです。許可をいただけますか?」
「え?……それは。」
目で語りかけられる。
たぶん、大丈夫なの?とか、前世の記憶?とかそんなあたりだろう。
「大丈夫だと思います。明日のジェイク様とのお出掛けに、手作りのお弁当を持っていきたいのです。」
「そう。料理長に聞いてみなさい。」
「はい。では、行ってきます。」
キッチンに着き声をかけると、ロック料理長が出て来た。
「プルメリア様。どうなさいましたか?」
「明日のお弁当、私に作らせてもらえないかと思って、相談に来たの。」
「無理です。今まで包丁も握ったことが無いのに、怪我でもしたら。」
ごもっとも!
でも、引き下がらないわよ。
前世では、結構料理が好きだったのだ。
良い機会だから、また料理をしたい。
「お願い。邪魔にならない様に時間や、材料を指定してもらってもいいから。初めてのふたりのお出かけなの。思い出にしたいのよ。」
「しかし…」
もうひと押し!
「危ないと思ったら、すぐに言って。止めるから。」
「…それなら。」
「ありがとう!」
やったぁ!
「明日のお弁当なら、ディナーの片付け後に仕込む事になりますが。」
「分かったわ。それでお願い。」
「畏まりました。」
「それとは別に、今、ロック料理長の時間が空いていたら、使える材料と道具だけでも見たいのだけれど、どうかしら?」
「……今なら大丈夫ですよ。どうぞ。」
本意では無いのだろうが、ドアを開け、中に促してくれた。
キッチンでは数人の料理人が、皮むきや掃除をしていた。
私の姿をみると、すぐに姿勢を正す。
「仕事を続けて下さい。私のせいで仕事が遅れたらロック料理長に、私が追い出されてしまうわ。」
「まさか、そんなこと。」
「キッチンは料理人の場所でしょ?私が部外者なのは、分かっているつもりよ。でも、ごめんなさい。キッチンの使わない端の方だけ貸してね。」
「プルメリア様…。」
ロック料理長に呼ばれたが、そこから言葉が出てこない。
「ん?…ロック料理長どうなさったの?」
「料理長、プルメリア様はこういう方です。」
カルアが理解したように、ロック料理長に話しかけた。
「そうか。…プルメリア様、材料も道具も好きに使ってください。危ない時には、きちんと注意させて頂きます。」
「良いの?ありがとう。」
私は、邪魔にならない様に注意しながら、材料や道具を見て回った。
「今日はビーフシチューなのね。」
「はい。」
「!…これは。」
もしかして、牛すじ!
「そこは固くて臭いので捨てます。」
「使わないのなら下さる?」
「え?ゴミにするものですよ?」
「勿体ないわ。ここ美味しいのよ。」
「食べたことがあるのですか?」
「うーん、でも煮るとなると時間が…。」
「…聞いてないですね。」
「プルメリア様!」
「あ、ごめんなさいカルア。何?」
「これを使うのですか?」
「使いたいのだけれど、煮込む時間が足りないと思うの。」
「何故分かるのですか?」
「そうね。…勘?」
「勘…ですか。」
カルアは不思議そうな顔をしている。
「プルメリア様。」
「何?ロック料理長。」
「今からコンロをひとつ空けます。お使いください。」
「え?ディナーの準備の邪魔になってしまうのではない?」
「それは、どうにかします。私は、その肉の切れ端が、どう変わるのか見てみたいのです。何故かは分かりませんが、プルメリア様なら作れるような気がしています。」
「えーと、そんなに期待されても…。まぁ、時間をくれるなら、作らせてもらおうかしら。」
私は、必要な材料をロック料理長に伝えると、野菜くずを使うことに驚いていた。
「ネギの青いところと生姜の皮ですが、本当に使うのですか?公爵のご子息とプルメリア様が食べるのですよね?」
「そうよ。さて始めましょう!」
私は、鍋に材料を入れ、数回ゆでこぼした。
「これは、なんの為にするのですか?」
「臭みやアクを取るのよ。これが終わったら味付け。そして、煮込む!」
久しぶりのこの感じ。楽しいわ!
自然に鼻歌も出てしまう。
その様子をカルアもロック料理長も、ジッと見ている。
そして、いつの間にかディナーの時間になっていた。
「もう少し煮込みたいのだけれど、仕方ないわね。一度火を止めましょう。」
「いえ、私が続きを。」
「良いの?忙しいのではない?」
「大丈夫です。」
「それでは、焦げないように混ぜてね。水分が少なくなったら、火を止めて下さい。」
「畏まりました。」
続きをお願いして、私は食堂に向かった。
◇
ご飯を食べ終わったあと、すぐにキッチンへ行くと、鍋の周りには料理人たちが集まっていた。
キッチンの中は煮こみのいい香りがする。
「ロック料理長。スジ煮はどうなったかしら?」
「こちらに。」
お玉を受け取り、すくい上げてみる。
「これよ、これ!お肉も柔らかくなっていそうね。味見しましょう!」
スプーンで一口分を口に入れ、味わう。
トロトロだわ。
「美味しい!」
思わず、笑みが溢れる。
それを見ていた皆が唾を飲んだ。
「ロック料理長、器を1つ…いえ、2つお願い。」
「は、はい。」
器を2つ受け取り、そこにスジ煮を入れる。
「こちらは、明日サンドイッチにしたいの。こちらは、お父様たちに持っていくわ。」
「畏まりました。」
「明日は、他に卵とマヨネーズ、唐辛子を使いたいのだけれど、大丈夫かしら?」
「たまごサンドですね。ゆで卵を作っておきますか?」
「良いの?ありがとう。」
マヨネーズは既にこの世界にあり、他には醤油とか、味噌とか調味料系は揃っていた。
前の記憶持ちさんの努力の結晶ね。
「唐辛子は一体?」
「そっか。今、あるかしら?ついでに、ネギも少し良い?」
「はい。」
私はその2つを千切りにして、1つの器のスジ煮の上にのせた。
「こうすると、もっと美味しいのよ。でも、ネギは歯に挟まるし、デートには不向きなの。だから、明日は唐辛子だけ。」
「…そうなのですね。」
ロック料理長含め、料理人達はジッとスジ煮をみている。
クスッ
思わず笑ってしまう。
「ロック料理長、もう1つスプーンを頂ける?」
「あ、はい。どうぞ。」
私は一口分掬ったあと、カルアを呼んだ。
「カルア。」
「はい。」
「あーん。」
「え?」
「味見してみて。」
「でも…」
「あーん。」
カルアは葛藤しているのだろうが、負けたようだ。
「頂きます。………美味しい。」
「でしょ?ロック料理長、皆さんも味見をどうぞ。私はもう行くわね。」
「…良いのですか?」
「もちろんよ。キッチンを貸してくれてありがとう。…あ、でもこの器の物は食べては駄目よ?」
「もちろんです。」
私がキッチンを出ると、ドアの向こうからワチャワチャと音が聞こえだした。
少しはお礼になったかしら。
そのまま、ネギと唐辛子をのせたスジ煮の器を手にお父様の所へ行く。
お父様は、ちょうどお兄様とお酒を飲んでいた。
「ちょうど良かったわ。おつまみにこちらをどうぞ。」
「これは?」
「スジ煮です。カルア、お母様とお姉様も呼んできて。味見をしてもらいたいの。」
「畏まりました。」
「スジ煮?リアが作ったのかい?」
「はい。昔を思い出して作りました。」
「そうか。…頂いて良いのか?」
「もちろんです。どうぞ。」
お父様は恐る恐る口に入れる。
「これはスジ煮と言ったか?」
「はい。」
「なんの肉だ?」
「牛ですよ。」
「こんな食感は初めてだ。」
「うん、まぁ、そうでしょうね…。今まで捨てていた所ですから。」
「え?…こんなに味が良いところを捨てていたのか。」
そう言うと、お父様は次を口に運ぶ。
「父上、私にも食べさせて下さい。…美味しい。」
「お口に合ってよかったです。」
そこへ、お母様とお姉様もやって来た。
「私たちの分も残っていますよね?」
スジ煮はあっと言う間になくなった。
「無くなったな。」
「無くなってしまったわね。」
「「そうですね。」」
「「「「おかわりは?」」」」
4人の声が重なる。
「どうでしょう。料理人たち用に、キッチンに残りは置いてきましたが、」
「ちょっと見てこよう。」
お父様がそそくさと席を立ち、キッチンへ向かったが、肩を落として戻ってきた。
「残りはお弁当用だと追い返された。…リア。」
こちらをジッとみつめる4人。
「だめですよ。煮込むのに時間がかかるのですから。」
「そうか…。」
「また、機会があれば作りますね。」
「楽しみにしてる。…それにしても、美味しいものとはまだまだあるのだな。」
「リア。これから、どんどん料理なさい。」
「お母様…。今回は、たまたま無かった料理ですが、私の知っている料理は既に食べられている物も多いですよ?」
「あら、そうなの?」
そんな話をしていると、お姉様がおずおずと口を開いた。
「あの…。聞きたいのですけれど…。」
「はい、お姉様。何でしょう。」
「無かった料理とか、食べられているとかどういう事なのですか?」
!!
お姉様には記憶持ちの話は、まだ?
私はお兄様を見た。
お兄様は、『しまった』という顔をしている。
「…父上。」
お兄様がお父様に声をかけると、お父様はコクリと頷いた。
「ジャスミン。大切な話があるから、向こうに行こうか。」
そう言って、ふたりは別室に移動した。
「…大丈夫かしら。」
私の周りは記憶持ちの事を受け入れてくれているが、そうでない人もいるのは分かっている。
不安になっていると、お母様が声をかけ、肩を抱いてくれた。
「ジャスミンなら大丈夫よ。」
「そうよね…。」
少しの時間が経ち、ふたりが戻ってきた。
「リア。ジャスミンに話したよ。」
「…はい。」
私は俯いて、続きをまつ。
「『そういう事もあるのね』」
「え?」
「ジャスミンの答えだよ。」
「…それだけ?」
私はお兄様の後ろにいるジャスミンを見た。
「他に何かあるの?」
ジャスミンはコテンと首を傾けた。
「…い、いいえ。」
私は、本当に周りに恵まれている。
そして、ある決心をした。




