15 ジェイク来園
お父様から手紙が来た次の日
なんとライアン殿下との噂は、既に払拭されていた。代わりにジェイク様との婚約の話が広まっており、朝からお祝いの言葉をかけられる。
私は学園の授業を受け、クレマと休憩時間を過ごしていた。
「噂が変わるの早かったわね。」
「本当にびっくりだわ。女性の繋がりって凄いのね。」
「貴方も女性でしょ…。」
「…そうでした。」
その時だ。
「オパール嬢!何故会いに来ない!?朝の挨拶は必須だろう!」
ライアン殿下が怒鳴り込んできた。
私はクレマと顔を見合わせた。
「そんな決め事、あったかしら?」
「側近や婚約者ではあるまいし、無いわよ。」
「「………あっ。」」
小声で話していると、私たちは思い当たってしまった。
「前回といい、今回といい、ライアン殿下の側近は何をしているの?」
「前回は、アンバー家の策略もあったし、殿下は苦言を言う側近を近づけなかったそうよ。」
「では、今回は?」
周りを見ると、侍従しかいない。
「さっきから、小声でコソコソと!無礼だぞ!」
「「申し訳ございません。」」
「ライアン殿下。側近の皆様は一緒ではないのですか?」
「各々休憩しているぞ。」
「……………はい?」
「婚約者に会いに来たのだ。他で時間を潰せと命じた。」
「婚約者?」
「ああ。」
「側近の皆様はなんと?」
「何も。」
噂は払拭されたと思ったのだけれど…。
再度クレマの顔をみたら、クレマも不思議そうな顔をしていた。
「殿下。私は貴方の、」
訂正しようと口を開くと、学園の事務員さんがやってきた。
「ライアン殿下、お話し中失礼します。プルメリア·オパール様、お客様ですよ。」
「お客様?」
「はい。応接室でお待ちです。」
「分かりました。ライアン殿下、失礼致します。クレマ、行ってくるわ。」
「えぇ。行ってらっしゃい。…私もここから離れるわ。」
最後は私だけに聞こえるように言い、殿下に挨拶をして離れていった。そして、私も事務員さんと行こうとすると止められた。
「おい、まて!婚約者をおいていくのか!」
「??婚約者はエメラルド様では?」
事務員さんはライアン殿下の言葉を不思議そうに、質問をしてきた。
「おっしゃるとおりです。」
「…………………は?」
「ライアン殿下、失礼致します。」
私は再度挨拶をし、事務員さんと一緒にその場を離れた。
後ろの方で何かを喚いているが、気にしない。
それから、事務員さんは何も言わず応接室まで案内してくれた。
「こちらです。終わりましたら、声をかけてください。」
「はい。分かりました。」
私は、応接室のドアを開け驚いた。
「ジェイク様!」
「リア、元気だったか。」
「えぇ。まさか、こんなに早く会えるなんて、嬉しいです。」
「俺も嬉しいぞ。」
ニコリと笑うジェイク様。
はあ……、格好良い。いえ、可愛い?
私は、ジェイク様を、じっと見つめてしまった。ジェイク様も私を見ている。
時が止まったような気さえした。
コホン。
ライラの咳払いで我に返る。
「あっ。…ジェイク様、座りましょう。」
私とジェイク様は向かい合って座る。
その時にジェイク様の手に目がいった。
包帯!?
私は思わず手を取った。
「!!」
「ジェイク様。この手はどうしたのですか?」
「あ、ああ。ちょっとな。大したことはない。」
「両手に包帯なのに?」
「ああ。」
「ジェイク様、私には言えませんか…。」
少し拗ねると、ジェイクは狼狽えだした。
「本当に大したことではないのだ。…昨日、何もできない自分が悔しくて、拳を握ったらちょっと傷になっただけだ。」
「!」
「…今回の件、聞いた。それで、オパール候爵に一筆書いてもらい、会いに来た。言伝も預かっている。」
「昨日の今日ですよ?」
「そうだな。」
「お仕事は?」
「殿下に休む許可をもらった。」
「…もしかして、心配してくださったのですか?」
「当たり前だろう。」
昨日手紙を送って、今日には調整して駆けつけてくれる。それには、皆の協力も必要だ。
なんて幸せ者なのだろう。
泣けてくる…。
「心配して下さって、ありがとうございます。」
目に涙が浮かぶ。
それを見たジェイク様は、目を見開き固まった。
私は少し不安になっていたけれど、こんなに心配してもらうほど思い詰めてはいなかった。
というか、推理小説みたいでちょっと楽しんでるところもあった。
申し訳ない…。
何も言えず、只々ジェイク様の手を撫でていると、ジェイク様が口を開いた。
「リ、リア?そろそろ手を…。」
「あ、すみません。」
私は急いで手を離した。
「そういえば、お父様からの言伝というのは?」
「今回の親父たちの話し合いで分かったことだな。」
「話し合い?」
「ああ。噂の出処だが…。親父たちが、陛下へ俺たちの婚約の報告をする時、ドアの近くに誰か居たそうだ。聞き耳を立て、中途半端に話を聞いたのだろうと。」
「それが分かっていて、そのままに?」
「二人の婚約を言いふらして貰おうと、放っておいたらしい。まさか、ライアン殿下とリアの婚約話に変わっているとは思わなかったそうだ。」
「そうですか。」
「その者は今、調査中だと。そして、その話をライアン殿下の耳に入れた者は、教師が有力だ。謹慎中に部屋の出入りを許可されていたのは、教師のみだったそうでな。」
うーん…。
「他に部屋に入れる者は、いなかったのですか?」
「ん?許可は出してないらしいが。」
「許可なく入ることは出来ます?」
「護衛騎士がいたと思うぞ?」
「…そうですよね。」
「気になるなら、親父に聞いておく。」
「ありがとうございます。」
「それにしても、元気で安心した。スターチスの言っていたとおりだ。リアはどんな時もリアだな。」
「お兄様は何と?」
「ん?リアは、感覚で動くから考え込まない。それと、走って発散するから大丈夫だと。」
「……その通りかもしれません。少しは不安でしたが、そこまで心は痛みませんでした。…すみません。どちらかと言うと、推理するのに夢中に…。」
「そうみたいだな。」
「それに、学園内の噂はもう払拭されました。」
「え?早くないか?」
「女性の噂話とは凄いものです。しかし、何故かライアン殿下だけには、新たな噂が入らないようですが。」
「新たな噂?」
「私の本当の婚約者がジェイク様と言う事です。」
「そうか。」
「あとの問題は、ライアン殿下が面倒くさい事だけです。」
「…面倒くさいだけで済むのか?酷いことを言われたのだろう?」
ん?なんの事だろう?
「酷いことですか?」
「ああ。」
「うーん…。」
考えていると、後ろからライラが小声で教えてくれる。
「野蛮だとか、醜態だとか、仰られたことでは?」
「ああ!そういえば言われましたね。野蛮だとか、醜態を見せるなとか。」
「それだ。」
「気にしていませんでした。」
「…そうか。ならいいんだ。しかし、リアが気にしていなくても、ライアン殿下の態度は目に余る。親父も、近々再教育となるだろうと言っていた。」
「…そうですか。」
「リア、また何かあったら俺にも知らせてくれ。又聞きでは無く、リアから聞きたい。」
!!
「は、はい。」
何だろう…。
リアから聞きたいって
なんか…なんか…恥ずかしい。
私の顔が赤くなる。
「ん?どうした?」
「いえ。自分でも分かりません…。」
「???」
ジェイク様は不思議そうな顔をしている。
その後、お茶で一息つくと、ジェイク様は帰る準備を始めた。
「途中までお送りしてもよろしいですか?」
「見送りをしてくれるのか?ありがとう。」
笑顔でお礼を言われた。
空気が甘い、甘すぎる…。
そして、ふたりで応接室を出た。
部屋の外に出た後は事務所に行き、事務員さんに話が終わった事と、見送りに行く事を伝えた。
事務員さんは、行ってらっしゃいと、快く送り出してくれた。
ふたりで話して歩いていると、ライアン殿下と側近達が姿を表した。
「なんで、私以外の男と歩いている!」
「婚約者だからですが?」
「先程も言ったが、婚約破棄は認めない。」
「婚約破棄?」
先程?…あぁ、なんか最後に後ろで騒いでいたやつか。全然聞いていなかった。
「殿下、何か誤解されていませんか?プルメリア嬢の婚約者は最初から私ですが。」
ジェイク様が訂正してくれる。
「そんなはずはない!」
「殿下の婚約者がプルメリア嬢だと誰に聞きました?」
「皆、言っている。」
「皆ですか?」
「あぁ、こいつ等も家庭教師も皆な。」
側近たちを見ると、顔が青い。
急展開!調べなくても解決!?
「どういう事か話してもらおうか?」
ジェイク様が側近達を見て凄むと、側近たちはペラペラと話し始めた。
「噂です。オパール嬢が、」
「嬢?」
「!お、オパール様が殿下の次の婚約者で、候爵も了承したと。18の社交界デビューで正式に発表されるという事です。」
「それは、どこから聞いた?」
「父上です。他の者も親から聞いておりましたので、正しいと…。」
「そうか。だが、間違っている。親にも言っておけ。プルメリア嬢の婚約者は私だ。」
側近達はブルブル震えている。
「「「はい!」」」
私もその光景を見て、震えた。
それに気づいたジェイク様は、私に向かって謝った。
「すまん。怖がらせた。」
「……」
「リア?」
「…格好良い。」
「ん?」
「「「え?」」」
「ジェイク様、格好良過ぎます。私、ジェイク様の婚約者で良かったです。」
「そ、そうか?」
「はい!」
ジェイクを見つめるプルメリア、真っ赤になっているジェイク。
ふたりの婚約は幸せに満ちているのだと、見ているもの全てに伝わる光景だった。
「お前は本当に、あのジェイク·エメラルドか?兄上の側近の?」
空気を読まないライアン殿下が口を開く。
「そうですが、何か?」
ジェイク様はライアン殿下に向き直ると、威圧した。
「ち、違わないようだな。」
「何なんですか?」
「いや、何でも…。」
ジェイク様がイライラしているのが分かる。
「失礼致します、エメラルド様。ライアン殿下はデレデレのエメラルド様を見て、別人だと思ったのではないかと。」
ライラが私の後ろから、そう発言した。
ライアン殿下はコクコクと頷いている。
「デレデレ…。リア、オパール家の使用人は皆こうなのか?」
「こうとは?」
「怖いもの知らずと言うか、辛辣と言うか…。」
「どうでしょう。辛辣だとか思った事はありませんが…。言われてみれば、はっきり物を言う者が多いかもしれませんね。」
「そうか。」
「おい、いつまで俺を放っておく?」
お?持ち直した?
「ライアン殿下。…そういう事で、プルメリア嬢は私の婚約者ですので、今後近づかないで頂きたい。」
「フンッ!そんな、野蛮な奴こちらから願い下げだ。」
ピキッ
空気が凍る。
「で、殿下、もう行きましょう。」
「おい、何をする!」
「「失礼します!」」
察した側近達に、ライアン殿下は引きずられていった。
「再教育…、俺がする。」
ジェイク様が言うと、ライラも賛同する
「お手伝いさせてください。」
「「俺たちもお願いします。」」
ノアとネーロも、いつの間にかそばに来ていた。
「ノアとネーロ、いつの間に…。ジェイク様、皆も落ち着いて。」
「落ち着いている。」
「「「落ち着いています。」」」
いやいや、そうは見えないのだけれど…。
私達は再度歩き出し、そして学園の門に着いた。
「またすぐに会えますか?」
「ああ。候爵から婚約者であると一筆貰っているから、これから会いに来れるときは来るし、今度は来る日を手紙で知らせる。」
「はい。その日を楽しみにしております。」
「ああ。またな。」
ジェイク様は帰っていった。
時計を見ると既に授業の時間になっている。
先程のライアン殿下達は、休憩が終わり教室に戻るところであったのだろう。
「さて、授業はもう始まっているわね。」
「そうですね。」
「次の授業が始まるまで…。」
「走りませんよ?」
「裏の林で!」
「駄目です。この後授業に出るのに、ハイヒールが泥だらけになります。」
「…はい。」
-----後日-----
ライアン殿下は連れ戻された。
再教育は、我が家が請負うらしい。
…大丈夫かしら?
噂の真相も分かった。
聞き耳を立てていたのは、書類を届けに来た文官や、侍女。
お父様が出入りしていた事と、『婚約、18のデビュー』の単語で壮大な勘違いで盛り上がったまま他者に話したことで、噂は広まった。
長期休暇に入っていたこともあって、すぐに子供たちの耳にも入った、と言うことらしい。
ライアン殿下に噂を教えたのは、王妃様のお父上、ライアン殿下のお祖父様だった。
噂を聞き、お祝いを言いに訪問したそうだ。立場的に、護衛騎士も何も言えなかった。
この件は、関係者に厳重注意で終わっている。
なんとも衝動的な行動…。
ライアン殿下は、きっとお祖父様似なのね。
最後に、ノアとネーロが調べてくれたのだが、ライアン殿下の耳に訂正された噂が入らなかったのは、殿下と側近のみで行動していて、周りの噂が伝わらなかったからという理由だった。
「あの方達、全く周りを気にしていませんでした。交流も、挨拶もありません。」
「あれは、いつでもヤれますよ。」
「そうですか。それなら…」
「駄目よ?」
3人は顔を見合わせた後、答えた。
「「「…分かっております。」」」
危惧していた策略とか、何もなくて良かったのだけれど、王宮の警備や情報管理が不安になる。




