1 転生
「おかあさん!おかあさん!!!」
「おかあさん寝ちゃうの?」
「ゔっ、ゔっ…ずずずずー…」
私を呼ぶ声と嗚咽が聞こえる。
病気で長くは生きられないと言われ、病室で過ごした日々。
まだ小学生の子どもたちには、寂しい思いをさせた…ごめんね…
大人になるまで見守っていたかった…
大人になった姿を見たかった…
死んだら空から見守ってあげられるのかな…
号泣している旦那よ、ありがとう…あとは頼んだよ…
◇
気がつくと、周りは真っ白になっていた。
「なに?どこ?」
目を凝らすと、だんだん人影が見えてきた。それも多くの人だ。同じ方向に歩いている。
その人たちは、周囲を見ることも立ち止まることもない。
「…死の世界?……とりあえず、みんなと同じ方向に行ってみるか、……いいのかな?どうしよう…」
私が立ち止まって思案していると、
「ん?あれぇ?ここで思考が働いているのはめずらしいですね。」
声がした方を見ると、(好みとは別だが)誰が見てもイケメンと言うだろう人がいた。
色白で白く長い髪、目は金色に光っている。
「あなたは天使さんですか?ここは何処…というか何というか…とにかくどうなっているのでしょうか?」
「ここは転生の道。その番人が私です。」
「転生…?」
「そうです。通常でしたら新しい生を受けるため記憶·思考は真っ白になり、ただ生まれ変わる場を目指すのですが……うーん……ん?」
番人が、話の途中に私から視線を外した。その視線の先には女の子がうずくまっている。
「あの子もイレギュラーのようですね。…あなたも一緒に来てください。」
私は、女の子のところへ向かう番人の後ろをついて行った。
女の子は金髪で縦ロール、10代だろうか、若く感じる。
「どうしましたか?」
女の子のところに付くと番人が声をかけた。
「……もういや…ずっと同じ……幸せになりたいのに…」
「お嬢さん?」
「もういや…もう………」
「お嬢さん?どうしたのですか」
「…なんで……」
女の子は番人を見ることなく小声で呟いていて、質問に答える様子もない。
番人は、女の子の頭に手を置き、少しすると手を引いて眉を寄せた。
「…うーん、この子の魂は同じ人生を繰り返している様ですね。それも辛い人生を。…少し休ませてあげる必要がありそうですね。」
「同じ?生まれ変わるのに?」
「多くの方は別の世界や、別の人生の流れを送るのですが…。同じ世界に産まれて、同じ人生の流れを送るということもたまにあるのです。ですが、この子はもっと稀なようで、同じ時間を繰り返しています。」
「そんなこともあるんですね。」
「記憶は一掃される筈なのですが、余程の事が続いているのでしょう。この子は転生はせず、魂を休ませてあげましょう。」
そう話しながら女の子に手をかざすと、女の子の身体は透けて消えた。
「さて、あなたですが、どうしたものでしょう……。そうですね。……あの子の世界に行ってくれますか?」
「は?」
「いきなりで申し訳ありませんが、あなたのその記憶を持ったままなら、あの子の人生を幸せに生きられるかもしれませんし。」
「え?あの子の?私のではなくて?」
「すみません、言い方を変えます。あの子が繰り返している人生を、あなたの人生に変えてください。」
「………はぁああああ?あんなに辛そうな人生と分かってて生きろと?それも、繰り返すかもしれないのに?」
思わず口調が変わってしまう程の衝撃だ。
「断っても良いですが、できれば断らないでくれると助かります。記憶を持ってここに来られる方は、なかなかいないのです。他の魂を送っても同じことになってしまう可能性がありますし、記憶を持つあなたにお願いしたいです。あなたらしく生きて頂いて良いので!」
お願いされたら断れない性分。
35歳ぽっちゃり主婦にできる事は限られるけど、しょうがないか…。あっ……
「ひとつお願いを聞いてもらうことはできますか?」
「可能な事でしたら。」
「私の子どもたちが幸せに暮らせる様にしてくれますか?元気に笑って過ごせるように。」
「私の仕事からは外れていますが担当に話を通しておきます。必ず約束を守らせます!」
担当制なんだ…
「可能なのですね?」
「事が事なので、それくらいは頑張ります。」
「…でしたら、さっきの話をお受けします。」
「ありがとうございます。それでは、目の前にドアが出てきたら、そこへ入ってくださいね。よろしくお願いします。」
そう言うと番人は消えてしまい、私の目の前には灰色のドアが出現した。
「このドアね。…番人さん、ホントに頼みましたよ。」
私はドアを開けて、一歩踏み出した。