表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

のみこんだコトバ

作者: aqri

 ひらひら、ひらひら。


 紙が舞い落ちてくる。それはどんな和紙よりも薄く、明かりに照らされると透けて見える。大きさは丁度、七夕で飾る短冊ほど。ひらひらと、ゆっくりと。風のないこの場所に降って来る。

 それらは降り積もり、小さな山のようになっていく。二階建ての母屋よりも高く、ご神木よりも大きく。

 庭にできあがるいくつもの紙の山。色とりどり、模様があるものから線が入ったもの、艶やかに染まったもの。天から降るその紙は、ゆっくりと山に積もっていく。山は、大きくなる。


「おやま、またおっきくなった」


 鞠で遊んでいた少女が山を見上げて言った。少女が前に見た時はもう少し小さかったのだが、急激に紙の量が増えた。


「最近増えたよね」


 ザルを持ち、山の中に手を突っ込んでいくつかの紙を取り出す青年。無作為にとった紙をザルの中で選別しながら、必要ない紙をぽいぽいと山に戻す。


「皆不満を外にぶつけるだけで、自分じゃ何もしないんだよな。自分で行動しないと変わらないのに、悪いのはいつも世間と他人。良い悪いの話じゃないのにね」

「せけんがわるいなら、じぶんもわるいのにね」

「本当にそう。その世で生きてるくせに、何言ってんだか。ああ、だめだな。この山はもう」


 ザルをひっくり返して山にすべての紙を戻した。少女が目を爛々とさせて鞠を抱えたまま駆け寄って来る。


「もやす? やぶく?」

「そうだなあ……ん?」


 青年が庭の片隅に目を向ける。そこには一人の女性が立っていた。


「なに、ここ……?」


 何が起きたのか分からず、今自分がどこにいるのかも分からない様子だ。そんな女性の様子を二人は面白そうにじっと見つめる。


「あ、あなたたちは? ここ、なんなの?」

「なんなのって言われてもなあ。説明して理解できるかな。ここは腹の中だよ」

「腹?」

「おなかー!」

「別に胃袋の中とかじゃない。そういう場所」


 言っている意味がわからず女性は怪訝そうな顔をする。さっきまで確かに運転していたはずだ、取引先へと急がなければならなかった。事故渋滞にひっかかり初めて通る道ということもあって大幅に遅れた、焦っていたと思う。

「まあ強いていうならアンタの腹の中でもあるかな。”どこの下手くそだよ事故った奴、ふざけんなよ” ”遅刻する、ただでさえ謝らなきゃいけない案件なのに” ”そもそもしくじった円藤が悪いのに。何であんな馬鹿の尻ぬぐいしなきゃいけないの” ”無能で役に立たないくせに余計な事ばっかして” かあ。そりゃ円藤がアンタの部下なら尻ぬぐいするのは上司の役目だろ、何言ってんの。部下が無能なのは上司が無能な証拠だよ」

「むのうー!」

「なっ!?」


 車の中で考えていた事を言われ驚く。声に出したわけでもない、本当に苛々しながら考えていたことだ。誰にも言っていない。


「しかも事故起こした人に怒ってるけどアンタも同じだからね」

「おなじー!」

「!?」


 そうだ、思い出した。苛々しながら制限速度を超えて走っていた。急に猫が飛び出してきてブレーキを踏んだら車体がゆれて、そのままカーブを曲がり切れずに……。


「私、死んだの!?」

「知らないよそんな事。ここがあの世にでも見える?」

「じゃあどこよ!」

「さっき言っただろ、頭悪いな」


 女性の相手をするのが面倒になったらしく青年は別の山へと歩きだす。しかし少女は女性の言動が面白かったのか先ほど青年が紙を漁っていた山に近づくと顔ごと上半身を紙山の中につっこみ中に入っていく。そして少ししてから山の中から出てきて一枚の紙を女性の前広げて見せた。


「ほら」


 いつの時代だと言いたくなるようなおかっぱに赤い着物、口には真っ赤な紅が塗られている。ぱっと見の印象ではまるで座敷わらしだ。先ほどの青年も浴衣のようなものを着ている。

 不気味に思いながらも出された紙を見つめれば、差し出された時は何も書かれていなかったはずなのに見つめた途端先程の自分の愚痴が書かれていた。


「なにこれ」

「おもったでしょ。だからふってきた」


 まさかと思い少女が入った山を見つめる。そして適当に数枚の紙をつかんで見てみると、やはりつかんだ時は何も書かれていないのに見つめた瞬間文字が浮かび上がる。


新人なんだから電話ぐらい出ろよ、役立たず

山本、たばこ臭い。禁煙が当たり前の世の中でタバコ吸うとか馬鹿なんじゃないの

スマホ見てる暇があるんだったら仕事しろよ吉崎、一番仕事できないくせに何様だよ


 すべて職場で自分が考えていた文句。しかし口に出すと明らかに雰囲気が悪くなるしなんで自分が憎まれ役を買ってまでそんなことを言わなきゃいけないのかと本人たちに言った事は一度もない。心の中で考えていただけだ。心の中で何度も何度も吐き捨てていた。

 先程の男、ここは腹の中だと言った。自分の考えていた事が降り積もっているこの場所。腹の中?


「言葉を外に出さずに飲み込む。言葉は腹の中に溜まっていく。どんどん降り積もって山になる。あんたの山は一際大きいな」


 別の山から紙を選別していた青年が振り返らないままそんなことを言う。ここにきてようやく、青年と少女を、この場所を不気味に感じてきた。事故は起こした、それは間違いない。つまり自分は今死にそうか、死んでしまったか。ここが普通の場所じゃないのならこいつらも普通の人間ではない。

 タイムスリップしたかのような古い平屋建ての建物に、無限に続くのではないかというくらい広い庭。そこに大小さまざまないくつもの山がたくさんある。十や二十ではない、暗くて良く見えなかったがもっとある。空は夜のように暗いと言うのに、周囲の光景ははっきりと見えるのが不気味だ。

 先ほど少女が紙を漁った山の紙を大量に掴むと次から次へと紙を見る。そこに書かれていたのは間違いなく自分の愚痴や不満だ。すべてを覚えているわけではないが具体的にいつどこで誰が、どんなことが腹が立ったのかが書かれていてすべて心当たりがある。SNSにあげている内容もある。

なんなのだ、ここは。


「何よここ、あんたたち何なの?」

「それ本当に知りたい事? 自分はどうしたら帰れるのかとか聞かないわけ」


 小さく鼻で笑われ、少女もケラケラと笑う。


「おばさん、あたまわるい!」

「はあ!?」


 まだ二十八だ、おばさんと言われる筋合いはない。この青年も少女も、自分の嫌いなタイプだ。相手を馬鹿にして上から目線で物を言ってくる。薄気味悪いガキ二人、マジでウザイ。

 するとふわふわと数枚の紙が落ちてくる。それを縁側に置いてあった長い棒を使って少女は紙を棒に引っかけた。そのまま棒の先端を青年に向けると彼は紙を受け取りふっと小さく笑う。


「薄気味悪いガキ二人マジでウザイ、か。そっか、僕も一応ガキに入るのか。そりゃそうか、おばさんより年下だもんな」

「ばばあ! ばばあ!」

「うるさい!」


 早く帰りたい、一秒だっていたくないこんなところ。

 紙がふわふわと落ちてくる。先ほどと違って拾わずにじっと見つめた青年は、文字が読めたらしく女を見つめて静かに言う。

「だったらさっさと行けば。さっきから五月蠅いよアンタ」

「どうやって帰れるのよ!?」

「僕が知るわけないだろ、僕はここから出たことがないんだから。自分で探しなよ。なんでもかんでも最初に人に答えを求めないで、まず自分の頭で考えて行動したらどうなんだ」

「何を偉そう……」

「って、一昨日木下さんに思ってたっけ」

「……!」


 思った。中途採用で入ったので優秀なのかと思ったら、一度教えたのにこれどうやるんですかと何度も聞いて来る。そのうちあれもこれも聞いてきて苛々した。とうとう我慢できずに「この間教えてるからまず自分でやって」と言ったが、不満は止まらなかった。


「記憶と同じ、言葉は腹の中に留まり続ける。それは降り積もり山となってどんどん蓄積されていく」

「……だから何。何か困るの」

「困るのは僕じゃないから別にどうでもいいな。でもそうだなぁ、人間の寿命が大体八十歳位だとして。生きている中では不満って絶対にあるだろ。見渡す限り年齢の高い人ほど高い山になるはずなんだけど、そこまで大きな山ってないんじゃないかな」


 言われてあたりを見渡せば確かに。大小様々な山が並んではいるが、巨大な山があるかというとそんなものはない。自分の山がかなり高い方ではあるが似たような高さの山があってもそれ以上は無いのだ。


「一定の高さになるとね、積もりきらなくなった不満が自然と口からこぼれていくようになるんだ。だから溜まらなくなる。子供のころは文句なんてあまり言わないのに年を取って来ると愚痴が多い。年寄りなんて文句しか言わないだろ。でも、あまりにも多いとそのうち言葉だけじゃなくて体から溢れ出てくる。そうなるとね、壊れちゃうんだ」

「壊れるってなに」

「身の回りにたくさんいるんじゃないの。仕事を辞めた人たち、何で辞めたんだ」


 人間関係が悪化して、ほとんどの者は鬱のような症状で辞めていた。鬱でなくとも糖尿病、睡眠障害、体調不良。ストレスを溜めすぎたことによる身体の不調。そんな具合悪くなるのは自己管理ができていない情けない奴だと思っていたが。


「どのくらい積もったらだめなの!?」

「だいたい、そのくらいかな」


 クイっと顎で示されたのは、自分の不満の山。

 そんな馬鹿な、たしかにイライラすることは多かったが鬱になんてなっていない、こいつ口から出まかせを。そう考えるとふわふわと紙が落ちてくる。それを見た青年は小さくため息をついた。


「苛ついて運転したから事故起こしただろ。本当にこういう奴らって自覚ないんだな、不思議なもんだ」


 やれやれ、といった様子で青年は首を振ると別の山から数枚紙を掴む。今見ているのは女性の隣の山で大きさは背丈ほどもない。かなり小さな山といえる。


「へえ、面白い。みてごらん」

「なにー?」


 少女を手招きして紙を見せる。女もチラリと見ると、ふわっと文字が浮かんだ。


"杏奈がよそよそしい、嫌われる事したっけ"


 しかしその紙はあっという間に透明になり消えた。


「きえた。ひさしぶりにみたー」

「本当にね」

「……なに、今の」

「娘の態度が変わって不安に思ってたから話をしたんだよ。そしたら実は恋人からプロボーズされて、いつ話を切り出そうか考えこんじゃったみたいだ。この人はタイミングを見計らって伝えたい事を真っすぐ伝える。だから一時的不満、いや不安かな? それがあってもすぐに解消されて消えていく」


 見ればたしかに、その山は何も降ってこない。しかも見つめていたら目に見えて数センチ山が低くなった。どうやら娘と談笑できて他の不満も消えたらしい。


「今の時代、これができる人は珍しいな。大勢の人間は誰かが、何かが、国が会社が家族が友達がなんとかするまで待って自分では何もしない。何かあればいつも目に見えない誰かのせいにする。馬鹿みたい」

「ばーかばーか」


 少女は明らかに女に向けて言っている。そして、再び女の山に紙が降ってくる。

 この紙をどうにかしなければ、自分がどうにかなってしまう。元の生活に戻ったとしても体を壊したら意味がない。ここから出る方法はこいつらから吐かせるとして、山をなんとかしなければ。

 崩せばいいのか、それとも紙を破って捨てる? この膨大な量を。果てしなく徒労だ、無駄なことが大嫌いな自分には向かない。

 しかし女はふっと笑う。もっと簡単な方法があるじゃないか。建屋のそばに置いてあった農具の中から、大きなザルのような物を掴むと大量に紙を乗せ、すぐ隣の山に投げつける。

 その様子を見ていた青年は目を丸くした。少女はキョトンとしている。

 山が積もって支障がでるなら、移動すればいい。積もらなければいいのだ。元の生活に戻ったらもっと優秀な人材が揃う会社に転職してストレス発散を何か見つければいい。今、これをどうにかすればいいのだ。

 建物より高い山だが、下の方をザクザク掘るように隣に移せば崩れてきて丁度掬いやすい。二人は咎めるわけでも、止めるわけでもなくただひたすらその様子を見届ける。


「破るとか燃やすかと思ったら、移動か」

「おもしろーい!」


 二人の会話を無視し、疲れるまで作業を続ける。そしてだいぶ山が低くなったころ、汗だくになり動きを止めた。そして二人を睨みつける。


「ここから戻る方法教えなさい、知ってるんでしょ!」

「相手の事情を聞かないし配慮もしない、自分が思った事がすべて。めんどくさい奴」

「さっさと言え!」

「かがみー、ひまー。あそぼー」


 少女が緊張感のない声でかがみと呼ばれた青年の裾をクイクイと引っ張る。するとかがみはそうだねとうなずいた。


「僕は静寂が好きなんだ。お前ぎゃあぎゃあ五月蠅いしさっさと消えてくれ」


 そう言うと女に向かって右手を差し出し額を指で弾いた。


「痛い!」


 指で弾かれたとは思えない位凄まじ痛み。額が裂けて血でも出たのではないかと言う位に激痛だ。

 痛い、痛い。そっと指で拭って見てみると本当に血が出ている。なにこれ血じゃない、軽くパニックになっていると外から声が聞こえた。


「大丈夫ですか!」


 朦朧とする意識の中、外を見ると救急隊員のような格好の人が車の窓を叩いている。

 そうだ自分は交通事故を起こした。何とか車の窓を開けようとするがドアが歪んでしまったらしく窓が開かない。ドアのロックを解除すると外から無理矢理扉をこじ開けもう大丈夫ですからと数人の男性が救助に取り掛かる。

 助かった。その安心感とともに先程の出来事が脳裏をよぎる。あれは死後の世界だったのだろうか、自分は死んでいないからその手前の世界なのだろうか。

 今妙に頭が、心がすっきりしていた。最近ストレスが溜まりイライラすることが多かった。いつもの自分だったらなんでこんな目にあわなきゃいけないんだ、早く救助しろノロマ、など考えていたに違いない。しかし今こみ上げるのは救急隊の懸命な活動に対する感謝の気持ちだけだ。


「ありがとうございます」


 素直にそう言うことができる。腹の中に書かれていたものが減ったおかげなのだろうか。

 言いたい事は口に出した方が良い、言葉を飲み込むと腹の中に止まる。飲み込んだ言葉は腹の中に積もり積もって体に悪い影響を及ぼす。

 その後、彼女は少し人が変わったと周りから噂されるようになった。前は上から目線で厳しい言葉を投げかけ話しかけるなオーラがすごかったのだが、今は他の人の意見に耳を傾け言いづそうにしながらも注意すべき事は注意する。

 事故にあったので頭を打ったから人が変わったんじゃないかと揶揄されることもあったが、本当にそうだと思うよと返すと皆神妙な顔をした。前だったらもう一度言ってみろと食ってかかっていただろう。

 優しい人になって安心したと言うよりも、少し気味の悪いものを見られるような遠巻きに見られていることの方が今はまだ多い。それは今まで自分が周りに対してしてきた行いの結果だ。信頼されていないし信用もされていない、尊敬もされていない。なんてバカだったんだろうと思う。心を入れ替えてこれからはきちんとコミュニケーションを取ろう、そう考えるようになった。腹の中に溜まった不満が減ったおかげだ。


はっくしょん。


どこからか、そんな音が聞こえた。幼い子供の小さなくしゃみ。


ドクン。


心臓が、不自然に鼓動する。





 はっくしょん。


 その瞬間、紙の山が一斉に宙を舞い、まるで雨のようにザーッと降ってくる。すぐに吸い寄せられるようにもともとあった山の場所にバサバサと降り積もる。一枚一枚ふわふわと降りてくるのが本来の言葉の蓄積。それがほんの数十秒の間に竜巻のように荒れ狂いながら山に蓄積された。

 別の場所に移動しようが、同じことだ。本来あるべき場所へと戻る。


「山、戻ったね。勢い良く戻ったから大変な事になってるだろうけど」

「知ったことか」


 女と接していた時の少女とは思えないひどく冷たい声。表情も人形のように無表情だ。その様子にかがみは小さく笑いながら、池を覗き込む。泳いでいた鯉がぴたりと止まり水紋が消えた。するとそこには景色が映る。


 奇声を挙げ、暴れ回る女の姿。長い時間をかけて蓄積させるものを一瞬でねじ込まれたのだ。狂うに決まっている。

「ほんっとうに心配したんだからね!? 働きすぎ! お馬鹿!」


 妻に叱られしゅんとなる。結婚が決まった娘のために結婚資金を作りたくて仕事をしすぎた結果、会社で倒れたのだ。それまで体調不良などなかったのに突然感情の起伏が激しくなり酒が増え、そんな状況が二日続いた結果職場でひっくり返った。何故なら男はもともと酒に弱い、体が限界を迎えたのだ。

 いろいろな人からストレス大丈夫? と心配された。部長は仕事任せすぎた? ごめん、とこれまたしゅんとしていた。


「なんか突然頭の中ごちゃごちゃになってなあ、なんだったんだろ。でも今は大丈夫だよ、スッキリした。むしろひっくり返ったから病院来たし結果的には良かったかな」

「本当? まあ確かに、なんか人が変わったみたいで怖かったよちょっと。二日間ずーっとイライラして。杏奈が本当は結婚反対なんじゃないかって落ち込んでたから、お寿司でも連れてってあげてよね。もう一回二人で腹割って話してよ」

「え、そりゃイカンそうする。ほんと、なんだったんだろうなあ。あ、イライラといえばさ。今日ニュースで騒いでる通り魔」

「ああ、数人切り付けた後電車にはねられて死んじゃった人?」

「おい、言い方。まあいいけど。部長からメールきて、あの犯人ウチの職場の女の子らしいんだ」

「ええ!?」

「仕事はできるんだけど、ちょっと物の言い方がきつくてあまり周りとは打ち解けてなかったんだけどね。なまじ仕事できるもんだから、自分より仕事できない人が嫌いでさ、見下した物の言い方なんだ。俺も何回か舌打ちされたなあ。犯人がその子ってことで、警察が職場に変わったことなかったか聞き取りにきたらしいんだ」

「怖いわね、そんな事件起こす人が同じ職場だったなんて。性格も悪そうだし起こるべくして起きたって感じ?」

「まあ、亡くなった人を悪く言うのはやめよう。その子の仕事は新人に任せるらしいから、俺が教育担当になると思う。残業続くかも」

「また無理しないでよ?」

「わかってるよ」




 一連の出来事を見届けたかがみは小さく笑った。


「そういえば本音で話し合うのも腹を割って話す、って言うな。腹の中に言葉があるって知ってるはずなのに理解しないんだもんな。人間って面白いよね」

「鏡」

「ん?」

「馬鹿を入れるな、反吐が出る」

「いいじゃないか。せっかく暇つぶしに呼んでるのに真っ当なのを入れてもつまらないだろう? (あかり)だって楽しんでるんだし」


 灯がふぅっと女の山の紙に息を吹きかけるとあっという間に燃えて全て灰となる。薄い紙なので灰の量はテミ一つ分だ。灰を箒ではいてすべてテミに入れると、泳ぎ始めた鯉に向かって柄杓でまく。鯉が集まり、バクバクと灰を食べ始めた。大量の鯉は一斉に叫ぶ。


「ナニヨコレ、ナニヨコレエ!? ドウナッテルノ!」

「アンタダレヨ!?」

「ワタシハワタシダヨ! フザケンナヨ!」


 鯉同士が争い始める。牙もなく噛みつくこともできない、体当たりも大した威力もない。ばしゃばしゃと音を立てて暴れるだけだ。何十匹もの自分自身と。灰がなくなるまで。


「さて。しばらくは鯉を眺めて暇つぶしができるな。次の退屈までは時間が空きそうだ」


 はらはらと紙が舞い落ち降り積もる。

 一億二千万の山を管理する鏡と灯。暇つぶしに招いて、たまに悪戯をして、のんびり紙を管理する。

 腹の中にためる言葉は不満だけではないはずなのに、この二十年ほどで急激に不満の紙が増えた。温かみのある(ことば)を探すのも一苦労だ。


「大変な思いして管理してるんだし。これくらいの慰めは大目に見てよ」


 その言葉に灯は無言のまま、鞠をつきながら歩き出した。たぶん、また面白そうな山を見つけたのだろう。

 ここに招くに相応しい、取るに足らないくだらない山を。



END

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ