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夜のうちに

作者: カーミラ








 

 家でフライパンでフライドポテトを炒めていると、スマートホンが物静かな振動を震わせているのに気付いた。置いている机に行って確かめると、以前、マッドシティに行って逮捕されたことのあるクニゲーダー冬子からだった。Cメールで、簡潔に送られてきていた。

 「君に仕事が出来た。今からそっちに行く。行ってもいいな?」

 僕はすぐに返事を返した。

 「いいよ」

 それから5分ほどして、冬子が家にやって来た。玄関のベルがチリチリ鳴った時、僕はちょうど出来上がったばかりのフライドポテトを食べている最中だった。僕は2Kの狭い部屋を横切ってすぐにドアに辿り着くと、一応覗き穴からドアの外を伺い、青い髪の女が立っているのを確かめてからドアを開錠した。万が一奴らとも限らないからだ。

 「調子はどうだ」

 冬子が無表情に、玄関に置いている僕のスニーカーを見ながら訊いてきた。

 「まずまずだ」

 僕は答える。

 「そうか」

 冬子が答えた。その時にはもう二人は奥の方の部屋にいた。テーブルの上のフライドポテトを見ながら僕は冬子に言った。

 「今おイモを食していたところだ」

 「そうか。それは良かった」

 冬子は無感動に答えると、今度は僕の顔を真っすぐに見て言った。

 「この前言った例の件だ。時間は18時」

 「ネギホールだな」

 「オタマジャクシでも掬いに行くと思ったかい?ベイビー」

 そう言うと僕のイモをひとつ指に挟み、顔の前に翳し、それをまじまじと見たかと思うと、自身の着用している軍隊払下げの、アーミージャケットのポケットの中に収めた。

 「じゃあまたな」

 冬子は玄関口でそう言うと、僕のほっぺたを片方だけ軽く抓ってから、口元に微妙な笑顔の痕跡を漂わせた表情で僕を振り返り、片手を振ると同時に背を向け足早に去ってしまっていた。僕はいなくなった後の通路を暫く眺めてからドアを閉め、念のために錠をして、部屋の中に戻った。

 そして15時頃まで眠ることにした。世通しの作業になるからだ。












 18時。

 ネギホール。

 ここに居るのは、自分は神だと思い込んでいる、大手の銀行や証券会社の金融マフィア共だ。そんなマッドシティの中心部、壁通りの界隈には多くの巨大資本が犇めきあっている。ネギホールはその中でもひときわそれを象徴するような建物だ。ひとはネギホールのことを別の名前で呼ぶこともある。札束ビルと。この町のタクシー、イエローキャブの運転手は、車に乗せた観光客に決まって言うセリフがある。このビルは札束ビルっていうのが、本当の名前なんさ。ネギホールの前にタイミング良く信号待ちした時には、誇らしげに言うロングバージョンがあった。このビルをよおく見てみんせえ。どうです?わかりますか?うちらにはわからないんでさあ。ビルを見ようとしても見えないんでさあ。世界中から流れてくる、ものすごい大量の札束が邪魔をして、どんなビルだったかなんて、もううちらにはわからないんでさあ。

 ガムをクチャクチャ嚙みながら、バラの花束を胸に抱えて歩いてくる一人の男がいた。男はタキシード姿だ。マッドシティっ子には人気の、シス料理店の中に入っていく。既に高級シス料理店の窓際の広いテーブル席の一つには、巨大金融機関シルバーマン・フルート社の社員と、その向かい側には青い髪の女が座っている。ふたりは傍から見ても楽しそうに食事をしている旧知の仲といった感じだ。シルバーマン・フルートの社員は洗練されたビジネススーツに身を纏い、まだ若い、青い髪の女は青いワンピース姿だ。青いワンピースから露出した白い肌が、落ち着いた店内の照明の下でシックに、そして艶っぽく光沢を放っていた。席はほぼ満席だったが、花束を持ったタキシード姿の男は、予約客であるらしく、離れた窓際のテーブル席に案内されていった。もしふたりのそばの席に居たなら、他では聞けない面白い話しが聞けたかも知れない。

 「ハルコ、今日は君に面白い話しがあるんだ」

 シルバーマン・フルート社の一流社員が楽しそうに言い出した。今朝獲れたばかりの大トロを10皿ほど食べた後だったから、そろそろ何か話す気にでもなったのだろう。

 「なあに?新しい契約のこと?」

 ハルコと呼ばれた青い髪の女は楽しそうに相手を促した。

 「まあね。大した話しじゃないかも知れないけれどね」

 「聞きたいわ。聞かせて!」

 「わかったよ。君がそこまで言うんなら」

 男の話しはこうだ。レッドサークルという島国の話しだ。その国では今国民から支持されている政治家がいて、首相になった。国民から人気があったのには、彼が口癖のように言っているスローガンが受けていたからだ。それは、ぶっ壊す!というものだった。彼は何かとぶっ壊すを合言葉に、既成の政治を変えていった。ふたりは笑った。ポスト銀行には当時レッドサークル国民の預金350兆円という莫大なカネがあった。男は先を続けた。我々は前から虎視眈々とこれに狙いを付けていたんだよ。ぶっ壊すの右腕になったミスターヒラゾウ氏と仲良くなって、これを我々シルバーマン・フルート社のカネに出来ないものかと考えていたところに、丁度良いタイミングで、ぶっ壊すが現れてきたんだよ。だからミスターヒラゾウを通じてまずはじめに、当時国営だったポストを彼にぶっ壊して貰ったんだ。これは見事に成功した。つい最近ポスト銀行は民営化され、この350兆円のカネは、前々からヒラゾウと約束していた通りに我々シルバーマン・フルート社が管理するようになった。つもり今では全額我々のカネということになった。当時このプロジェクトに関わっていた責任者は出世し、いま頂点に近いポジションにいる。

 「素敵ね」

 青い髪の女は目を輝かせて言った。

 「でももっと素敵なことがあるんだ」

 巨大金融機関シルバーマン・フルート社の男は、焼き肉シスを口いっぱい頬ばってから、女に言った。

 「奴らの年金だよ」

 「年金?」

 「そう、年金」

 その後男が大笑いしたので、女も釣られて笑った。

 「130兆円あった年金のうち、毎年1億円の手数料を我々が頂いている。まあ彼らが委託している業者は14社、そのうち10社はこのマッドシティに本社を置く壁通りの業者だから、首相がミスターべべになってから、株式に投資する比率を跳ね上げてくれたおかげで、我々壁通りの金融機関は笑いが止まらない状況なんだよ」

 「まあすごおい」

 青い髪の女は言った。

 「そうなんだ。それとね―――」

 男は話しを続けた。

 「ぶっ壊すの息子が環境大臣になっているから、そのうちレッドサークル国にある農業及び漁業組合銀行も親父みたいにぶっ壊してくれて、民営化にしてくれたら、また我々の出番というわけだ。何しろ農業及び漁業組合銀行には、ポスト銀行を上回る600兆円もの預金が眠っているからね。はっはっはっはっはっ!!」










 その時、青い髪の女が突然席を立つと、出口へ向かって歩き出した。サインを確認したからだ。男は何が起こったのかわからずに、そのまま座ったままだったが、やがて目の前の、先ほどまで女が座っていた席に、花束を持ったタキシードの男が座るのをぼんやりと見ていた。

 「へい、外を見てみな。ビッグブラザー」

 シルバーマン・フルートの男が窓の外を見てみると、町のネオンの底から、何か舞っているものを無数に確認出来た。だがそれは、まだ暗闇に吞み込まれたままの超高層ビルの底=先端付近を舞っているだけで、なかなか地上には落ちてこなかった。大気圏を突き破りそうなほどのネギホールの巨大な超高層ビルからは人々が路上に出てきて溢れ出し、壁通りは忽ち群衆の波でいっぱいになった。

 呆気に取られて外を見ているシルバーマン・フルートの社員の前で、タキシードの男が持っていた花束の中から、とても小さな人間が現れた。金融機関の男は目の端で何か得体の知れない異変に気付きタキシードの男の方へ恐る恐る振り返る。するととっても小さいが、確かに人間の姿かたちをしたその生き物が、金融マフィアと化したその男に向かって挨拶をした。

 「はじめまして、ベイビー!わたしはレッドサークル国の神のひとりだ。きみに、というよりきみらに見せたいものがあってね、遠路はるばる駆けつけてきたという次第なんだよ」

 だがとても小さい生き物=自称神のひとりは、男にそう告げただけで、ジャンプし、また花束の中に姿を消してしまった。するとタキシードの男は立ち上がり、シルバーマン・フルートの男にあばよ、と言って、高級シス店を後にした。シス店の中に残っているのは客の金融マフィアひとりのみだった。

 外ではもの凄い数の群衆が犇めいていた。一体どこからこれほどの人間が出て来たのかというほどに、通りは身動きが取れず、町はその機能性を群衆によって奪われていた。やがて天高く舞っていた紙が地上に落ちて来ると、人々はそれを集めた。だが銀行や店には行かず、町の端にあるカプコン川へと向かった。川に着くと、人々は気が遠くなるほどある大量の札束で船を作り出した。札束の船はすぐに浸水し川の底に沈んだが、人々は諦めなかった。何故なら、ここには、ありとあらゆる、世界中の人々がいたからだ。様々な国籍や人種、宗教、国家や政治、団体、職業などの枠組みを超えた一つの塊となって何度も船を作ろうとし、沈んでもまた作り続けたからだ。やがて札束の船が完成した。何故なら、この世の中には、もうすでに札束しか残されていなかったからだ。だから彼らは粗悪な紙幣のみで船を作るしか選択肢が残されていない状況に自らを追い込まれながらも、何とか完成させることが出来たのだった。だが札束の船は一隻しかなく、決して大きなものではなかった。そこには限界があった。やがて一隻の船に人々が犇めき合い、その船もカプコン川を渡ることが出来ず重さに耐えられずに沈んでしまった。町にあったすべてのものが消失していた。あるのはただ、降り止みそうにない無限に舞い落ちてくる札束と、それを呑み込み、見ることのできない川底へと吸い込んでいく底無しの川とその流れがあるだけだった。














 フライパンで目玉焼きを二つ焼いていると、スマートホンが物静かな振動を震わせていることに気付いた。それを置いている机に行って確かめると、以前、ゴッサムシティに行って逮捕されたことのある、クニゲーダー夏子からだった。Cメールで、簡潔に送られて来ていた。

 「君に仕事が出来た。今からそっちに行く。行ってもいいな?」



































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