八話 森の不可侵結界
――そして恭介がクライヴらに拾われてから、ちょうど一ヶ月の月日が経つ頃。
「ついに結界を前にしたな……」
クライヴは感慨深い声を出している。
「そうね。これでクライヴの妹を救えるわ……」
ミリアの目も、らんらんと輝いている。
「それというのもあなたのおかげです、恭介さん」
治癒師のガストンは、大きな手のひらでポン、と恭介の肩を叩いた。
「僕なんかに本当にそんなことができるのかな……」
「大丈夫だ、恭介。お前なら出来る! 自信を持て!」
「そうよ! 恭介、今日までの努力を無駄にしちゃいけないわ!」
「そ、そう、だよね……!」
クライヴとミリアに言葉で後押しされ、恭介もその気になってきた。
目の前に立ちはだかるのは、紫色に光る大きな魔法陣の形をした、魔力粒子。
これを今から恭介は打ち破らなくてはいけない。
『……恭介さま……』
不安そうな声を脳内で響かせるジェネに、小さな声で「大丈夫」と、返した。
恭介は今こそ、クライヴたちに救ってもらった恩を返す時が来たのだ、と張り切っている。
「……すまない、こんな役を押し付けてしまって。俺たちも目一杯、身体強化魔法をかける。メインはお前だ。俺たちの準備ができたら頼むぜ、恭介!」
●○●○●
不可侵の森の入り口には大きな結界がある。
それを非正規の方法で打ち破るにはおおまかに、二つの方法があった。
ひとつは膨大なマナを使って、結界よりも強力なアンチマジックを当てて打ち消すやり方。
しかしこれは現実的ではない。
何せ、この不可侵の森の結界は王都アドガルドの精鋭魔法師数百人分で練り上げたマナで構築された超級結界だ。これに相当するアンチマジックを生み出すことはまず不可能と言えた。
そうなると、もうひとつの方法しかない。
もうひとつの方法。それは――。
(それは、結界に無理やり入ろうとすることだ)
恭介が今まさに、クライヴにやらされようとしていることであった。
(結界は軽く触れる程度なら、侵入者に簡単な魔法傷を負わせてただ弾き出す。まぁその魔法傷が禁忌を犯した証拠になって、普通の場合、その者は処罰されるがな……)
そしてこれから恭介がやることは、弾き出されるその力に耐えて、結界に触れ続けることだ。
(結界はある程度のプログラムがある。もし、結界に触れて、すぐに弾かれないものが現れた時、そこを異常事態、つまり侵入者と判断し、その場所に魔力を集中させる。実はそこに穴がある……)
魔力を一部分に集中させた結界は、その部分の数メートルほど外側の結界部が極端に脆弱になる。
そうなってしまった時、実は緊急アラートがアドガルドに通達され、衛兵がすぐに大勢収集される。
しかし今日のこの日、恭介と出会ってちょうど一ヶ月経ったこの日だけ、そのシステムが遅延することをクライヴは知っていた。
今日は数年に一度の四カ国大会議の日。アドガルド含む大国の四国が、聖地サンクツアリに集まっている。王都にいる衛兵の多くは、その大会議場へと出払ってしまっているからだ。
(そして、脆弱になったそこにコイツだ……)
クライヴが手に持っている、黒い輝石。
それはブラックダイヤモンドと呼ばれる超希少な輝石であり、実はこの輝石には魔力を吸い込んで溜め込む性質がある。
(脆弱になった結界部にコイツを放り込む。すると、その部分の魔力をギュッと吸い込み、わずか数秒だが、結界に穴が開く。そこに俺たちは入り込む!)
この不可侵の森は数十年、何者の侵入も許していない。
ここには危険度未知数の何かが封印されている、ということはクライヴも知っていたが、それ以外に古代の聖魔遺物も封印されていることも知っていた。
(なんでも百年前の、夢幻大戦の時にまとめて封印された、とまでは聞いたが、それ以上のことの詳細はわからん。だが――)
ここにはその時に封印された、伝説の杖、デッドリースタッフもある。クライヴたちの狙いはそれだった。
(そいつを手に入れて、隣国のサンスルード王国に売る。更には、この奴隷の死体もクラグスルア卿に売る。俺の予測なら、三人で分け合っても一生遊んで暮らせる金が手に入るはずだ……くっくっく、内心笑いが止まらないぜ)
森の周辺の調査の前に、まずは恭介の身体能力を鍛えよう、というクライヴらの提案で、少しの間、四人で修行をした。
そして恭介がクライヴらと馴染み始めた頃、クライヴは内緒の話があると言って恭介を呼び出した。
内容は、不可侵の森の結界を破るのに協力してくれ、というものだった。
恭介がなぜそんなことを? と尋ねると、クライヴはこう言った。
「結界の中に財宝がある。それを四人で分けようぜ」
と。
嘘ではなかった。
しかし結界を破るなんてことをしても良いのか、と恭介が尋ねると「破るのは一時的だから結界はすぐに修復されるため問題はないが、破るのに三人の支援と一人の特攻者が必要だ」と言われた。
クライヴによると、この結界の内部に一人でも仲間が居れば、パーティ用転移魔法で結界を潜り抜けて全員が通れるらしい。
つまり、クライヴ、ミリア、ガストンの三人が恭介に大量の強化魔法をかけるから、恭介が特攻役となって先に結界の中に入ってくれ、というものだった。
しかしどうしても犯罪的な匂いがしたので、なぜそんなことを? とクライヴに問い質したところ、重い病に伏せっている妹を救うために金がいる、とのことだった。
妹……と聞いてしまった瞬間、恭介はどうあってもクライヴの助けになりたい。そして、死にかけの野良犬だった自分を助けてもらった恩も今こそ返したいと思い、これを快く承諾した。
クライヴは泣いて恭介に感謝してみせた。
その後も時が満ちるまで、恭介が変にヘソを曲げてしまわないよう、クライヴらは慎重に恭介と仲間ごっこを演じた。
辛さは四人で分かち合い。
喜びも四人で噛み締め合い。
そして時には四人で笑い合った。
全ては恭介に自分を信じ込ませる為だけに。
本当の仲間というものだと思わせる為だけに。
妙な疑いを持たれないが為だけに。
(クックック。そんなクソ茶番劇もこれまでだ)
●○●○●
クライヴの黒い目論見など、つゆ知らず、恭介はこの一ヶ月、ただ騙され続けていた。
『恭介さま……本当に……よろしいのですか? ……この結界は……とても危険……かと』
「クライヴさんには世話になった。この世界の常識や、文化、知識を教わっただけでなく、僕の居場所もくれた。そんな彼の妹さんのためにも助けになりたいんだ」
『ですが……私の見立てだと……彼ら程度の支援魔力では……この強固な結界は破れないかと……。下手をすると……恭介さまのお体が……』
「クライヴさんは大丈夫だって言ってたんだ。僕は彼らを信じてる」
『私には……クライヴという者めら……信用なりませぬ』
「クライヴさんたちは凄く良い人だよ。何も知らない僕にこの一か月間、色々と教えてくれた。まあ、仮になにかあっても、僕なら大丈夫なの、ジェネならわかるだろ?」
この一ヶ月は、恭介にとったら宝物であった。
生まれ変わる前の現実世界で、味わった絶望を、新しい世界で希望に変えてくれた。仲間というぬくもりを与えてくれた。
『そう……ですが……。……かしこまり……ました』
クライヴらと過ごしていた期間、ジェネはずっとクライヴらのことを疑っていた。
というよりジェネは基本、恭介以外の人間はエサだとしか考えていないので、それも仕方がないか、と恭介は思っている。
「……よし、俺たちはオーケーだ。恭介も準備はいいか?」
クライヴらの用意は整った。
恭介の体を守るための、身体強化魔法を与えるための準備詠唱が整ったのだ。
「……いつでも行けます!」
恭介はクライヴらの支援魔法を信じて、覚悟を決める。
「よし、俺の合図で結界に飛び込め、いいな!?」
「はい!」
目の前の強固な結界は、普通の状態で触れれば途端に触れた部位が焼けただれ、そして弾かれる。
それをクライヴらの身体強化魔法を受け、なんとか耐え抜き無理やり中に入る予定だ。
彼らの役に立ちたいが一心で。
「よし、いいぞ恭介飛び込めッ!」
歯を食いしばって、恭介は結界へと飛び込んだ――。




