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八十六話 恭介さまにはちゃんと『恭介さま』って言わないと駄目ですっ! ってことを言いたいだけの話

「……う……ん……」


 小一時間ほど気を失っていたミリアが、ようやく目を覚ます。


「あれ、私は……ひぇ!?」


「ようやく目を覚ましましたか」


 薄らと瞳を開いたその視界には、見たことのない少女の顔が自分を覗き込んでいたことに驚き、ミリアは妙な声を上げる。 


「え……だ、誰?」


「……お前のようなヤツに名乗る名なんて、持ち合わせておりません、この腐れ痴女が」


「……」


 目の前の可愛らしい顔立ちをした少女は、その見た目とは裏腹に口が異様に悪い。


 そのギャップにミリアは思わず言葉を失った。


「まずは恭介さまに百回お礼を言いなさい。そして百回土下座しなさい。それからお前の持っている全財産を恭介さまに捧げたのち、恭介さまの目の届かないところで苦しんで死になさい、このクズ女!!」


 少女はミリアの目を見据えながら、ひたすらに暴言を吐き続けた。


「あ、あなたは誰なの……?」


「だからお前なんかに名乗る名はないって言ってます。だいたいお前とこうやって話すのも、私は最低最悪に気分が悪いですし、なんなら今すぐ殺したいところなんです。それを我慢して生かしてやってることを、まず私に感謝しなさい」


 がるるるる、とまるで獣が唸るようにその少女は敵意を表情へ剥き出しにして、ミリアに睨みを効かせている。


「あ、えっと……」


 何故この目の前の少女がこんなにも自分に怒りをあらわにしているのか、よくわからないミリアだったが、この様子ではまともに会話にはならなそうだ、と思い周囲を見渡す。


 すると、その少女の後ろの方に、誰か倒れているのが見える。


 よく見るとその誰かは、


「レ、レオンハート……も、いるのね……」


 自分を捉えて城へ連行しようとしていた冷血の勇者、レオンハートもそこに倒れていた。


「アイツもじきに目を覚ますでしょう。お前共々殺してしまいたいところですが、恭介さまが慈悲深いから生かしておいてやってます。本当に感謝しなさい、このクズ! クズクズクズ! クズ女!!」


「ね、ねぇ。あなた、さっきから恭介の名前を何度も出してるわよね。恭介とはどんな関係なの? そもそも恭介はどこに……」


 ミリアが率直な疑問を目の前の少女にぶつけた途端。


「おい、てめぇ。恭介さまの名前をお呼びするときは、必ず敬称に『さま』をつけろ。次、付けないで呼び捨てなんかにしやがったら、マジで殺すゾ? あ? わかってんのか? このクソビッチがッ!」


 先程からずっと怒っている少女は、更に口調を悪くし、眉間に超絶のシワを寄せて、ミリアの顔に思いっきりメンチを切る。


「だいたい私が恭介さまとどんな関係だろーと、テメーになんか関係あんのか? あ? 殺すぞマジで? クソ女が、ぁあ!?」


「……ジェーネー」


 憤りの止まらない少女、ジェネがひたすらにミリアにブチ切れしていると、彼女を嗜めるようにその名を呼ぶ声がする。


「はぁう!? きききき、きょきょ、恭介さま!?」


 口調が恐ろしく悪い少女は、名前を呼ばれ、慌てて背後を振り向くと、そこには仮面を付けた少年が立っていた。


「僕は言ったはずだ。口が悪いのは好きじゃない、って。忘れたのか?」


「ご、ごごごごご、ごめんなさいごめんなさいッ! 申し訳ございません恭介さまぁ!! うう……ぐす……ずずッ! ず、ずびばぜぇん……」


「……ジェネー。泣いてもちゃんと直してくれないなら、僕は本当に嫌いになっちゃうからなー?」


「い、い、いやァァァァァァァァッーー! すみません、恭介さまぁ! き、き、嫌いにならないでください!! もうしません! 恭介さまぁーーうぇえええええんッ!!」


「じゃあ僕じゃなくて、ミリアさんにごめんなさい、するんだ」


「ぅうう、こ、この女にですかぁ……?」


「……別にできないならいいよ」


 恭介はぷいっと、そっぽ向くような態度を取る。


「し、しし、しますします! ごめんなさい! 口悪く脅してすみませんでした! 許してくださいぃぃぃ」


 ジェネはミリアに土下座した。


「恭介さま! 謝りました! ちゃんと土下座しましたぁー……だから、許してください……ぐす、うぇ……うぇええぇええぇぇぇん……」


 ジェネは号泣しながら恭介にすがる。


 そんな彼女を見ながら、はぁーっと大きなため息をついて恭介は振り返った。


「……わかった、許してやるよ。それと、見張りご苦労さん」


 そう言いながら恭介はジェネの頭を撫でるような仕草を、その具現化された身体にあてがってやった。


「あ、あう、ありがとうございます……ふへ、ふへへ……」


 この仕草は恭介なりの飴だ。


 こうしてやるとジェネはわかりやすいぐらいに喜ぶので、お説教をした後は必ずこれもやってやるようにしてやった。


 ペットを調教するには、やはり飴とムチのバランスだと、最近になってよくわかるようになった恭介なのだ。


「……そ、その、改めて聞くけど……ほ、本当に恭介、よね?」


 そんな恭介らのやりとりを呆気に取られながら、ミリアはようやく口を開く。


 恭介は仮面を少しずらし、


「……そうです。ミリアさん、元気そうでよかった」


 真紅の瞳で恭介はミリアを見る。


「……聞きたいことたくさんあるけど、とりあえず私を助けてくれたこと、ありがとう。恭介に助けられたのは二度目だね……」


「ああ、アンフィスバエナの時、以来ですね」


「私が気を失ってからどれくらい経ってるの?」


「一時間くらいですよ」


 恭介は仮面を被り直し、また周囲を見渡す。


「……そこに倒れてるレオンハートは死んでるの?」


「いや、気絶しているだけです。手加減しましたから」


「……手加減で冷血の勇者を気絶、ね。恭介、あなたは本当に物凄く強くなっちゃったね」


 ミリアはくすっと小さく笑う。


「おい、恭介『さま』だ。このメス豚やろう。殺されてーのか?」


 ジェネが不意にミリアの眼前に再びあらわれ、小声で睨みを効かす。


「ジェネー。聞こえてんぞー……」


「ひゃう!? ちち、違います違います! 今のはこの女があまりに恭介さまに無礼な物言いをしたので少しお説教をというか……」


「……お説教で、殺されてーのか、なんて言葉を使うなよ」


「はぅあぅ……ご、ごめんなさいぃぃぃ……」


 ジェネはまた小さく縮こまって涙目になった。


 はあぁぁぁー、っと再び恭介は深くため息を吐く。


「ね、ねぇ恭介……」


 じろり、とすかさずジェネがまたミリアを睨む。


「……恭介……さま。このアンデッドの女の子は誰なの?」

 

 敬称についてはめんどくさくなってきたので、恭介はもうそのことについては触れないことにした。


「……この子はジェネ。ミリアさんやクライヴさんも一度あの墓地で見たことのある、あの六頭獣のジェネラルリッチだよ」


「え? え? 嘘でしょ?」


「本当だよ。今の姿は僕の精神が強く左右されてそういう姿形になっちゃったけど、本質はジェネラルリッチのままだよ」


「う、嘘……あの六頭獣なの……!? こんな子が!? し、信じられない……」


 ミリアは目を見開いて、ジェネを見る。


 ジェネはスーッとミリアの耳元まで近づき、


「あ? なんだてめー? 恭介さまが嘘ついてるってんのか? 殺すぞ?」


 と、超笑顔のまま囁いた。


「ジェーネ」


「はい! そうです! 私は六頭獣のジェネラルリッチで、今は恭介さまの従順なるしもべですッ!」


 ピシっと背筋を伸ばして良い声でジェネはそう言った。


「……なんだかよくわからないけど凄いことになってるのね……」


 ミリアが呆気に取られながら呟く。


「すまないね、ミリアさん。この子はちょっと口が悪くて。でも悪い子じゃないんだ。気を悪くしないでほしい」


 ジェネは恭介の横にすがりついて、まるで小動物のようにスリスリとしている。


「それはいいけど……あ! そ、それより恭介、大変なの! クライヴやガストンたちが捕まっちゃって、それでクライヴがお城で拷問されてて……! こんなこと頼むの、本当に厚かましいのはわかってる。だけど頼れるのはあなたしかいないの! クライヴたちを助けてほしいの!」


 クライヴの名が出たことにより、彼女の本来の目的を思い出し、これまでのことや何故自分が追われていたのかの事情を恭介に説明する。

 

「……そんなことが。すっかり僕は有名人だな」


「私やクライヴがあなたに酷い仕打ちをしたのはわかってるし、それは許されるものじゃないと思う。だけど、そんな恥を忍んでも彼らを助けてあげたいの!」


 ミリアの必死なその表情には、一片の嘘もないことを恭介にはわかっていた。


 しかし。


「……また僕を騙そうってことはないですか?」


「信じてもらえないかもしれないけど……ないわ。私が今頼れるのは恭介ぐらいしかいないもの……」


「……あんな冷たい言葉を突きつけて、勝手に追放しておいて、都合が悪くなったら助けを乞う、か」


「……う」


 ミリアは二の句を飲んだ。


「……なんてね。冗談ですよ。わかりました、クライヴさんたちを助けにいきましょう」


「え……い、いいの?」


「ふふ。ちょっとイジワルしただけですよ。僕は救えるものは救うって決めてます。その代わり邪魔をするものは容赦なく殺します。それが人であろうとなんであろうと。その僕のやり方に異論がないなら、ミリアさんのお願いをお聞きしましょう」


「……」


 ミリアは恭介の顔を仮面越しにじっと見据えて、


「……ないわ。私は恭介を信じる!」


 そのミリアの決意が本物だったので、恭介は今一度、彼女を信じることにした。


「ありがとう、恭介。私、あなたには感謝してもしきれない……奴隷だったからって馬鹿にして、ごめんなさい……」


「……謝ってもらえれば、それで充分です」


 恭介はそれだけを答えて、あとは何も言わなかった。


「……『さま』をつけろ」


 ジェネは最後まで、それしか言っていなかった。





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