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八十四話 レオンハートの屈辱

 ぐらり、と景色が揺らいだ。


 そんな状態に陥ったことなど、過去に一度もなかったので、レオンハートにはこれが一体どういう状況なのか、さっぱり理解が出来ていなかった。


 ただ、わかるのは、今、自分は鉄くさいものを口の中で味わっているということだ。


「……うげ、ペッ! な、なん……ら……?」


 鉄くさいものは地面の土だ、ということをやっと理解し、そして自分は地べたに這いつくばっていることにようやく気づく。


「さすがは勇者だな、僕のパンチを喰らってよく生きてるよ」


 頭上でそう呟くのは、さきほど殺したと思った仮面をつけた少年。


「な、なん……れ……おれは……どうなっへ……?」


 レオンハートの小綺麗な顔立ちに整っていた歯並びは、情けないほどに見る影もない。


 頬は腫れ上がり、前歯はいくつも折れて口から多量に出血している。


 そんなレオンハートの髪の毛を右手でぐいっと持ち上げ、


「さて、二択だ。このまま僕に殺されるか、今後僕の忠実なしもべになるか、選ばせてやるよ」


 魔王の少年である恭介は、勇者へそう告げた――。




        ●○●○●




「そう、死ねばいいんだよ」


 アナザースペースを解除させて、レオンハートを殴り倒す前――。


 恭介が導き出した単純な答えはそれだった。


「倒す必要なんてない。むしろ何もしなければいいんだ」


 レオンハートを倒してしまうと結果はどうなるかわからないが、反対に恭介が負ければその結果は決まっているという勝負なら負ければ良い、という結論である。


「このヴァニシングレイ、だっけ? この魔法って光属性だって言ってたよな。だったら僕の耐性にはないはずだから、受け切れば死ねると思うんだ」


 だが、しかしこの恭介の提案は失敗に終わった。


 何故なら、マインドブーストを解いたのちヴァニシングレイを全弾受け切ったにも関わらず、恭介は死ぬことができなかったからだ。


 死ぬどころか、肌が少しチクチクするなぁ、程度のダメージしか負うことはなかったのだ。


 それは、恭介のディバインドデスによる新たな究極強化(アルティメットバフ)が、すでにその程度の魔法など、もはや耐性が無くてもダメージをほとんど受け付けないほどに、身体能力が上がっているからである。


 仕方なく、次の手を考えるために急遽マインドブーストを再び発動。


 ジェネと相談した結果、恭介を仮死状態にしてみるという結論になる。


 恭介の強化された肉体と精神は、意のままに自身の身体を操れるレベルだ。


 そこで恭介はマインドブーストを解除すると、自ら己の心臓を停止させ、呼吸も止めた。


 そしてそれによって、脳が『酸欠』となり本当に死亡。


 のちに『無限転生』による再生で意識を取り戻し、レオンハートの顎に軽くパンチを食らわせた、という流れだ。

 

(ただ、これももう二度と出来ないな。まさか酸欠にも耐性が出来るなんてね。自殺する方法もほとんど尽きたな……) 


「あが……ぐ……」


 苦痛に顔を歪めて地べたに這いつくばるレオンハートは、何が何やら全く理解出来ていなかった。


 目の前の少年は確かに死んでいたはず。


「……お、おまへは……いっはい……」


 たった一度のパンチを顎に受けただけで、レオンハートは重傷だった。


 だがこれは、本来なら彼の強さを讃えるところでもある。


 恭介の軽く当てたパンチを受けた者がもし、このレオンハート以外の者であったなら、間違いなく肉は弾け飛び、骨はバラバラに砕かれ、顔の半分は確実に無くなっていたのだから。


「やっぱり勇者ってのは本当に凄いね。僕の攻撃を受けて耐えていられるんだからさ」


「あ……う……」


 しかしそれまでの余裕さを出せるほど軽傷ではない。


「で、どうする? このまま死ぬか、僕につくか、さっさと選んでくれ。早くしないとどんどんギャラリーが増えそうだからね」


 アナザースペースが解けるとその周囲には、貧民街の住人たちが恭介たちを物陰に隠れながら見物しているのが窺えた。


「お、おへに……なにほひろっへ……いうんは……」


 冷血の勇者、とまで讃えられた者とは到底思えないほど、ボロボロになったその身体でレオンハートは答える。


「……めんどくさいな。はいかいいえで答えろ。僕につくなら『はい』。殺されたいなら『いいえ』だ。五秒以内に答えろ」


「ほ、ほんな……こと……」


 恭介はレオンハートの髪を掴み上げ、その身体を持ち上げて、顔面に握り拳を軽く当て、


「殺すときは、今度はちゃんと顔面を吹き飛ばしてやる。安心しろ。さあ、五秒以内だ」


 レオンハートは今の自分の状況を冷静に理解出来ていない。さまざまな感情が入り乱れ、それでもまだ残るプライドが彼の口から『はい』の一言を出すことを躊躇わせた。


 恭介もレオンハートがボロボロの表情になりながらも、自分に屈するつもりはないんだな、と彼のその目から感じ取る。


「……安心しろ。せめて痛みはないように、一瞬で頭を吹き飛ばしてやる」

 

 そう言って右手の拳に力を込めた瞬間。


「……っ!」


 背後から大量の殺気を感知し、振り返る。


 と、同時にいくつもの魔法が恭介を襲った。


 電撃、炎、氷結、毒、水、土、風……ありとあらゆる攻撃魔法が無数に恭介を討ち滅ぼさんと穿(うが)たれた。

 

 もちろんそのどれもが恭介にとってはまるで脅威になどならないのは当然であったが、今、手元にいる瀕死のレオンハートにはわからない。


 もちろん彼を助けてやるつもりなど毛頭なかったのだが、なんとなく彼を庇うような格好を思わず反射的にとってしまう。


 そして激しく大量の攻撃魔法は数分間にも渡って恭介に向かって放たれた。


「……打ち方、やめッ!」


 ひとりの女がそう、声をあげた。


 多くの魔法によって、舞い上がった土埃で恭介らの姿は隠される。


 この魔法を放つよう命令した女指揮官は、この集中砲火で確実に命を奪っただろうとほくそ笑んだ。


「……くくく、思い知ったか、魔王の出来損ないめ。我がアドガルド魔法師団精鋭陣による最高峰魔法の集中攻撃。これで息絶えない生物など、いない!」


 白と赤を基調とした、上下スーツタイプの服装をキチっと着こなし、しなやかで豊満な肢体の輪郭線をくっきりと見せて凛々しく佇む彼女は、自分の魔法師団の圧倒的な強さに酔いしれた。


「セシリア隊長、よかったのですか? ターゲットの近くには冷血の勇者殿も居たようでしたが……」


 セシリア、と呼ばれた彼女の近くにいる魔法師団の女兵士のひとりがそう問い掛ける。


「構わん。王は元々魔王の少年は抹殺せよとのご命令だった。レオンハートに意識が集中していたチャンスを逃す手はあるまい」


「……それほどまでに魔王の少年とやらは危険な人物だと?」


「ストレイテナー殿もやられたのだぞ。油断はできまい。ついでに厄介者の馬鹿な勇者共々(ほふ)れて一石二鳥と言うものよ」


「ふふ、隊長の仰る通りです」


 セシリアはその返しに満足そうに頷く。


 冷血の勇者レオンハートは、アドガルドでは当然人気者だ。


 だが、彼の存在を疎ましく思う者らもいる。


 アドガルド王直属の、セシリアが率いる女魔法師団『ミラージュキャスター』も、どちらかというとレオンハートとはソリが合わない派閥であった。


 それというのも、レオンハートはアドガルド王立ギルドナンバーワンの実力者というだけではなく、上流貴族でもあり、アドガルド政界にも顔が効きやすい。


 それゆえにレオンハートは自分勝手なルールなどを無理やり国の法に取り込んだりと、その身勝手さに、一部から反感を買っているからであった。


「まぁレオンハートのしぶとさは尋常ではないから、どのみちあの程度では死んでおらぬだろうがな。多少痛い目に合えば良い気味というものだ」


 セシリアはレオンハートを嫌ってはいるが、彼の実力は理解している。


 自分の魔法師団の力を持ってしても、彼を倒すことは不可能だろうと思っていた。


「さて、無駄話は終わりにして、さっさと死体を回収するぞッ!」


「ッは!!」


 セシリアにそう命じられた女魔法兵士たちが、恭介らのもとへ歩み寄ったのだった。







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